第47話 恋、とは
3学期が始まると、初等部での生活ももう残りわずかだ。
まあ、特に中学受験とかがあるわけじゃない俺たちは、そのまま中等部に内部進学するだけなのだが。
前にも言った通り、この学苑は異能者を育成するという名目上、内部進学できる人間とできない人間にふるい分けられてしまうので、そういう意味ではクラスではなんとなく【卒業】モードが流れてはいるのであったが。
「……お兄様。卒業を前に、また恋文とかが増えてはいないですよね?」
通学時、同乗する車の中でそう言って菊華がするどく聞いてくる。
「大丈夫だよ。前に菊華がみんなにちゃんと言ってくれたからね」
――嘘だった。
にっこり笑って、悟られないようにしれっと誤魔化したが、前ほどではないけれども『卒業を前に想いをしたためさせてください』的な手紙をもらうことはまたちらほらと起こっていた。
まあ、ほとんどの手紙の文末に『お返事は不要です』と書かれていたので、その一文に甘えて今回は特にこちらから何かリアクションすることもなくいるんだけど。
しかし。
恋かあ。
……前世でも特に彼女とかいなかったからなあ。
いいなと思う子はいなくはなかったけど、付き合うまでには至らなかった。
学生デートとかいいなと思って羨ましく眺めていたりしたこともあったけど。
……あれ?
俺、今確実にモテ期が来てると思うのに、なんだろ……?
【西園寺蓮】の顔と地位だと入れ食いなはず(というか実際にそう)なのに、俺はなぜ拒み続けている……?
いやまあ、地位とか名前が売れてるから、下手こかないために慎重になってるだけなんだけどさ!
……俺にも、心から好きな子ができたら、何を置いても渇望するとかってことがあるのかな?
そういう想いを抱ける相手が現れるということは、きっとなにより尊いことなのだろう。でも。
「菊華ちゃん。お兄様のためとはいえ、ひとりで上級生の教室に啖呵切りに行くのはやめてくださいね……」
「え〜……、じゃあ、次からは行く前にお姉さまに相談します」
「………………」
――今はまず、目の前の妹たちを幸せにしてあげることが一番かなあ。
白百合が蒼梧と本当にくっつくのか、菊華がどんな男の人と幸せになるのか、まだわからないけど。
もともとの目的は『悪役令嬢ルートの破滅回避』だったが、今のところはそんな兆しもなさそうだし。
であれば俺としては、ここまで大事に見守って可愛がってきた妹たちが、幸せなお嫁さんになるところまで見届けてあげたいと思う。
いつか。
もう少しこの子たちが大きくなって「お兄様、私、好きな人ができました!」とか言われたら、動揺して泣いちゃうかもだけど……。
それでも、安心して妹を託すことができる相手が現れてくれることを願っている。
これからもこの、可愛い妹たちの笑顔が咲き続けることを、願ってやまないのだった。
◇
その日の帰り。
今日は先に帰ると言って教室を出ていった蒼梧と別れて、紫雲亭に行くと。
「! 西園寺様……」
「……綾小路先輩」
うす暗い夕闇の部屋の中、いつも北大路先輩が座っている執務机に、悲しげな表情でそっと触れている綾小路先輩がいた。
「どうして……」
俺の呼びかけに、慌てて目元を抑える綾小路先輩だったが、机に落ちた涙までは拭い切れておらず。
「……北大路先輩にお借りしていた本を、返しにきたのですが」
すみません、お邪魔をしてしまいましたか? と。
俺はなにも気づいていませんよ? という空気をそれとなく醸し出しながら、綾小路先輩ににこりと笑いかける。
「…………」
「とりあえず、本はこちらに置いておきますね。綾小路先輩からもお伝えいただければ――」
「西園寺様」
言いながら、本を置こうと机に歩み寄ったところで、綾小路先輩から遮られた。
「……今見たことは、絶対に誰にも口にしないと、お約束いただけないでしょうか……」
普段の凜とした佇まいとは違う弱々しさを見せながら、綾小路先輩が俺にそう言う。
「……お気持ちは、お伝えにはならないんですか」
誰に、とは言わなかった。
聞かずともわかったからだ。
「……卒業後も、お仕えさせてくださいとはお願いしました」
「それは……」
「女だてらにいばらの道を進むんじゃない、と一蹴されました」
そこで綾小路先輩が、ふふっ、と初めて微笑をもらした。
「西園寺様……、わたくしは、殿方が羨ましいです」
わたくしも男性に生まれていたら。
ずっとおそばで支えることが叶ったでしょうに――、と。
「……別の形で、寄り添い支えていくことはお考えにはならなかったのですか?」
「そんなこと――、考えなかったとお思いですか?」
――その時の笑顔が。
それまで俺が見てきた綾小路先輩の笑顔の中で、一番綺麗だと思った。
「ただ隣にいたいというだけの願いさえ叶わないなんて。世の中はなんて不自由なのでしょうね。――それでも『この想いを知らなければよかった』とは思えないのです。それだけの素晴らしい感情を、わたくしはあの方からいただいたのですから。でも――」
届けられなかったわたくしの想いが。
ただ悲しく――、時の流れと共になかったかのように消えて行ってしまうのではないかということがただ悲しいのだと。
再び、音もなく涙を流す綾小路先輩に、俺はかける言葉もなく、ただ見つめることしかできなかった。
北大路先輩に、幼い頃から親同士が決めた婚約者がいる、と言う話を聞いたのは、それから少し後のことだった。




