第46話 ひとりで寝れるかな?
さて。
毎年我が家では、年末年始は和装でいるという華族らしいといえば華族らしい決まりことがあり。
三が日は家族はみんな、晴れ着で過ごすと決まっているのであった。
見栄えはいいけど、動きにくいんだよね……。
まあ、それはそれとして。
家族内で新年の挨拶をし、また年始の挨拶に訪れる親族や関係者たちに挨拶を返しながら、今年の俺にはひとつ、新年のうちにやらなければと思っていることがあった。
それは――。
妹たちとの添い寝との卒業である――。
いや正確には「一緒に寝てもいいですか」と聞いてくるのは向こうなんだけどね!?
文字にすると犯罪感が増すからちょっとびっくりしたよね!?
それはさておき。
白百合はともかく、菊華は昔から、怖い夢を見たり精神的にショックなことがあると、割とすぐに俺の部屋に「一緒に寝てもいい……?」と飛び込んでくる傾向があるのだが。
流石にそろそろ、限界かなと思っています!
菊華ちゃん……!
お兄様だって男の子なんだよ……! (涙)
もうね、ちょっとね、いろいろ心配なんだお兄様も。
外聞的にも良くないし。
お兄様だって男の子なんだよ!!!! (涙)
「一人で寝るのが怖い」という妹を思って優しさで目を瞑ってきたけど、そろそろ周りが優しさで目を瞑ってくれなくなるよ!!
お兄様の外聞的にも良くないんだよ……。
と。
そんな思いが募りに募ったお正月のある日。
俺は、新品の畳が敷かれた和室に白百合と菊華を呼び出して、おもむろに話を切り出した。
「――男女7歳にして席をおなじゅうせず、という言葉があります」
和装姿の俺の前に、晴れ着の白百合と菊華が姿勢を正して正座する。
和服というのはこうなんというか、この時代においても、身に纏うとぴしりと背筋が伸びる思いがする。
それも利用し、ここでぴしりとふたりに言い含めておこうと思ったのだ。
お兄様はもう大人の一歩を踏み出しているのだと。
いつまでも、妹たちと共寝はできないのだと。
「どういう意味かと言うと、男の人も女の人も、7歳になったらもう男性と女性は違うのだということを理解して正しく距離を取るべき、という意味です」
「はい! お兄様!」
「はい、菊華」
「だんせいとじょせいは何が違うんですか」
「…………」
はい、出たあ!
天然令嬢でましたー!
まさかそう切り返しが来ると思っていなかったので、どこからどう説明したものかとぐむむと頭を悩ませる。
これが、冗談やふざけて言ってるんだったら「ちゃんと聞きなさい」とお説教して終わりなのだが、菊華の場合は真剣に聞いてきているだのとわかるから逆に難しい……。
……いや、でもそうか。
この子たち、普通の一般家庭の子供と違って小さい頃から父親と一緒にお風呂に入ったりすることもないだろうし、銭湯とかももちろん行くこともないだろうから、明確な男女の体の違いを知らない……?
その可能性は十分あり得るな、と思った。
「菊華は、兄様は男の子と女の子どっちだと思う?」
「……男の子です」
「そうだね、男性だね。じゃあ白百合は?」
「女の子です」
「うん、正解」
表層的には分かってはいるんだな、ということは確認できた。
「幼稚舎の先生や学苑の先生は、男の子は女の子に優しくしてあげなさいとか言ったりすることはないの?」
「あるけどでも、男の子でも女の子でもひとにやさしくするのは普通のことなのにってずっと思ってました……」
俺の質問に菊華がおずおずとそう返してくる。
……あれ、うちの子めっちゃいい子に育ってない?
なんか、思いがけない発言に、不覚にも胸を打たれてちょっとグッと来たんですけど……。
「……そうだね。男の子でも女の子でも人に優しくするのは大事なことだね。でも先生が仰ってるのはね、一般的に、男の子――男性の方が、やがて女性よりも力が強くなるからなんだ」
男と女の一番の大きな違いは体の作りであると。
一般的に、男性の方が身体も大きくなるし、筋肉がつきやすくて体が硬く角ばってくる。
逆に、女性は胸やお尻に肉がついたり、男の人よりも体が小さくて丸みを帯びることが多いよね、と。
「男女のからだの詳しい違いは初等部の4年生くらいになったら先生が教えてくださるからここではいったん省くけど、女の人はやがて、男の人と結婚してお嫁さんになります。その時に、兄妹とはいっても、いつまでも女の人が男の人と一緒に寝ていたというのは、相手の男の人にとってあまりいい話ではないのです」
おしべとめしべが、的な話は学校教育に任せようとさりげなく逃げて、本来話すべきだった最重要事項にしれっと流れを戻す。
菊華が、理解できているのかいないのかいまいち読み取れない「ぬ……?」とでも聞こえてきそうな表情で眉間に皺を寄せて話を聞いているが、いったんそこにツッコミは入れずに話を続ける。
「白百合。たとえば、将来白百合が誰か素敵な人と結婚するとして。相手の男の人が、いい大人なのにいつまでも妹やお母様と一緒に寝ていると知ったらどう思う?」
「……うまく言葉にできないですけど、なんだかモヤモヤします」
「そうだね。たとえば、父様がいまでも、桜子叔母様とおんなじお布団で寝ていたら、それはおかしいと思わない?」
「……はい」
桜子叔母様というのは、父の妹だ。
早苗さんがいた頃は、早苗さんも桜子叔母様もお互いをあまり好いていなかったこともあり疎遠になっていたが、早苗さんが鎌倉に静養に行ってからは、時々俺たちの様子を見に来てくれるようになった。
結婚はしているが子供はおらず、その分というのは失礼なのかもしれないが、俺たちのことも自分の子供のように可愛がってくれている。
ふたりは、桜子叔母様が父の妹だということをもうちゃんと分かっているから、引き合いに出すにはちょうどいいかと思って話題に上げたが、どうやら理解してもらえたらしい。
「ね? だから、いままでは毎週ふたりにご本を読んで、そのまま一緒に寝るのを許していたけど、そろそろそれも終わりにしなきゃ」
「じゃあもう、ご本の時間は無くなってしまうのですか?」
その言葉に、顕著に悲しそうな反応を見せたのは菊華ではなく白百合だった。
どちらかというと、今回の話で嫌だとごねる様子を見せるのは白百合よりも菊華だと思っていたので、意外なところで反応が返ってきて少し驚く。
「白百合は、続けてほしいの?」
「……お兄様に、ご本を読んでいただくのが好きだったので……」
お兄様の言うことに反論するのは良くない、でも……と、もじもじと遠慮がちに白百合が言葉を返してくる。
え……?
かっ……わぁ……!!
普段あまり我儘を言わないから、たまにこうやってもじもじといじらしくされると余計かわぁ! なんですけど!
何を言われても強い心で! と決心して向き合おうとした気持ちが鈍っちゃうよ!
とはいえしかし。
そうは言っても最初に言った通り、俺ももう13歳になるし、白百合も菊華も8歳と7歳になるんだよ。
ここは初心貫徹し、と言いたいところだけど、本を読む習慣自体はいいことだと思っているから、ふと思いついた代替案を提案した。
「ご本を読むのは続けたいなら、僕の部屋じゃなくて白百合か菊華の部屋でならいいよ」
読み終わったら、僕はそのまま自分の部屋に戻る、という条件でよければ続けてもよいと。
「……! お兄様がそれでよいのでしたら、私はそれでお願いしたいです」
ね、菊華ちゃん、と白百合が菊華に同意を求めると、菊華も「……はい」と素直にうなづく。
「まあ、女の子同士だったら別に、一緒のベッドで寝ても構わないし……。菊華も、もし今度から夜中に怖い夢を見たりしたら、白百合に一緒に寝てもらうこと」
「ふぁい……」
なんとはなく、歯切れが悪くはあるが、ちゃんと返事を返してくれた菊華だったが。
結局――、それからしばらくは、なんのかんの言いながら俺の部屋に来る癖が抜けない菊華を、白百合の部屋に送り届ける日が続いたのであった。
それにより、その後、朝は寝ぼけたままの菊華が白百合にくっついたまま起きてくる習慣がついたのだったが、それはそれで可愛いかとまあ思っている。




