第40話 学芸会
それは、初等部6年の、初等部としては最後となる学芸会での出し物を決めるクラスルームの少し前の時間。
昼休憩の時に、クラス委員の女生徒とその両脇を取り巻きのように固める女子に『相談がある』と呼び出された俺は、空き教室でひとり、3人の女子と対峙していた。
「今年の学芸会の出し物に関しまして、女生徒からの意見が多数集まりまして、ぜひ『いばら姫』をという提案がありましたの」
いばら姫……ってあれか。
眠れる森の美女の原作で、糸車の針をつかれたお姫様が眠りについてしまって、最後に王子様のキスで眠りから覚める的な、グリム童話だかアンデルセン童話だかの話だ。
この学苑の初等部での学芸会は、毎年11月中旬から下旬に行われる。
確か去年は、合唱か何かをやった記憶がある。
今年は劇をやるのかー、とそれくらいの軽い気持ちで聞いていたのだが、そこでふとなんで俺が呼び出されているのだろうという疑問が生じた。
「これは、このクラスの我々女生徒全員の総意での提案なのですが……。できましたら西園寺様に『いばら姫』を演じてはいただけないでしょうか――」
………………。
は??
「え……、いやあの僕男子ですけど……」
「もちろん存じております。ですが、何度も申し上げてくどいとは思いますが、これはクラスの女子の総意なのです」
「………………」
………………。
なんだか、何を言われているのかちょっとよくわからない。
いやわかるけど「なぜ俺?」という疑問符が拭えない。
「西園寺様の戸惑うお気持ちは重々承知しております。ですから、急にクラスルームで申し上げるよりも前に、こうして事前にお話をしておいた方が良いと思って、本日はお呼び出しをさせていただいた次第で」
ああ、なるほど……。
一応考える時間と心の準備をさせてくれるだけの配慮はあったと――、いやそれにしたってまだ何にも納得できる説明は受けていないんだけど!
「正直、わたくしどもたんび……、いえ、女子生徒の中でも、意見は分かれてはいるのです。同性同士故の尊さなのであるからして、女性の格好をさせることに意味があるのかと言う者と、それでも初等部最後の思い出にお二人の絡みを合法的に見たいと言う者と」
いまひとつ、まだ話の全容は見えないが、どうやら女子生徒の意見も一枚岩ではないと言うことだけはなんとなく理解した。
……絡みってなんだ?
「ただ、最終的に女生徒全員で合致した意見としてはこうです。――我々女生徒の中で、西園寺様よりも美しい『いばら姫』ができる者はいないと」
「いや、却下です」
どう考えてもおかしいでしょう! と思わずクラス委員に向かって即答する。
「僕にだってその――、家の、長子としての面子もありますし。女装をして学芸会で芝居するなんて無理です!」
「大丈夫ですわ! 西園寺様のセリフは全てカットして、語り部の女生徒に喋らせますから!」
黙って動きで演じていただくだけにしますので! 西園寺様だとわからないようにしますので! とクラス委員に力説される。
「それに――、王子役は、東條様にお願いするつもりでおりますの」
西園寺様以外で、あのお方の相手役をできる女性なんておりません――と、追い打ちをかけてくる。
「だったら、そもそもの演目を変えればいいじゃありませんか」
「それでは本末転倒ではありませんか! わたくしたちは、あくまでも初等部の最後の思い出にたんび……いえ、今わたくしたちが想像できうる、最高の演劇を目にしたいのです」
クラス委員の言葉に、両脇にいた女生徒がなぜか力強く深くうなづく。
「……とにかく、僕としてはお受けできない、としか」
「……そうですわよね……。いえ、わたくしどもも、西園寺様に無理を申し上げていることは重々承知ではございますもの……」
ただ、わたくしも、あくまでもクラスの女生徒代表として申し上げておりますので。クラスルームの議題に上がった際にはそれを止める術はございませんことだけご承知ください、と言い置き。
せっかくの休憩時間にお時間を頂戴してありがとうございました、と淑女らしい丁寧な礼を告げて去っていった。
◇
「ただいま」
「おう」
女生徒から解放され、残り少なくなった昼休憩の時間をいつもの中庭で過ごすべく戻ってきた俺だったが。
「なんの話だったんだ? また告白か?」
「いや……」
先に中庭に来てひとりでくつろいでいた蒼梧に尋ねられた俺は、ことの顛末を特に隠し立てすることもなく正直に話すと。
「……女子ってのは、面白いことを考えるもんだな」
「他人事だから面白いと思えるんだろうけどさあ。実際に我が身に降りかかると笑えないよ」
確かに、発想の豊かさはすごいと思うけど、とため息をつきながら答える。
「まあでも、事前に言ってくれるだけ良心的だよ。おかげでクラスルームで度肝を抜かれずに済んだ」
「そうだな」
と。
そんな話をして、結局はその場でその話は終わったのだったが。
◇
「――では、クラス全員での多数決により、今年の我がクラスの学芸会での演目は『いばら姫』に決定しました」
翌日のクラスルームで行われた話し合いで、委員長がそう言い放ち。
俺は、少し離れた席で、『いばら姫』賛成側としてしれっと手を上げていた蒼梧を、射抜かんばかりに睨んでいた。
――こ、この……、裏切り者――――――!!!




