第39話 (番外編)風邪とお見舞い
これはまだ、菊華が西園寺の家にきて間もない頃で、ちょうど子供部屋を離れに移したばかりの頃の話だ。
「白百合が風邪?」
「はい……。お医者様にも見ていただきましたが、数日は安静が必要かと」
様子を見てくれたセツさんが、白百合の部屋から出てくるなり俺にそう教えてくれた。
「にいたま……。おねえたまだいじょおぶ?」
「うん。でも姉様はお熱であちちだから、今日は菊華は兄様と一緒に遊ぼうね」
今日から連休だというタイミングで春風邪を引いてしまったらしい。
入学したばかりの学苑生活で気を遣っていたのが、ここにきて疲労で出てしまったのだろう。
朝食の席に来られなかった白百合を心配して様子を見に行こうとした俺に、菊華が「きっかちゃんも!」と自分も連れて行ってと俺に手を伸ばしてきたので。
菊華と手を繋いで白百合の部屋の前まできたところで、こうしてセツさんから熱で伏せっているという話を聞かされたのだ。
「ねえたま、いたいたい?」
「うーん、どうかな……。痛い痛いかもしれないし、おからだはちょっと辛いだろうね」
「…………」
俺がそう言うと、菊華がててててっ! といずこかに向かって少し駆け出し、ぴたりと止まって振り向いたかと思うと「にいたま、こっち」と俺を呼ぶ。
「え、なに?」
なんだろうと思いながらも、菊華が行くのに任せてついてゆき、やがて屋敷内の庭の片隅まで連れて行かれると。
「にいたま、こえ」
と、庭に咲いている花を指差し、追いついた俺の手を握ってくいくいと引っ張る。
「これ、どうするの?」
「おみまぃ」
…………。
なるほど。
どうやら白百合へのお見舞いにお花をあげようと思ったらしい。
「うーん……。その発想と気持ちはものすごく褒めてあげたいけど、流石にこれを勝手に取ると庭師のおじさんに怒られちゃうかな……」
まあ、頼んだらくれるかもしれないけど。頼んでみるか……? と思ったところで、ふと投げかけた目線の先で、庭先で咲いている白い花が目に止まった。
「あ、菊華。あれならいいよ」
そう言うと俺は菊華と手を繋いだまま、その花が群生する場所まで、とことこと歩いていく。
「にいたま。こえ、なあに?」
「これはね、シロツメクサ、って言うんだ」
「しろちゅめ、くさ?」
舌足らずなしゃべりで俺の真似をしようとする菊華が、隣に屈んで首を傾げながらまじまじとシロツメクサを見つめる。
「ちょっと待ってて」
そう言って、あたりに咲いているシロツメクサをぷちぷちと摘むと、そのまま摘んだシロツメクサを重ねては巻き重ねては巻きを繰り返し、だんだんと束にしていく。
俺が何を作っているのかがさっぱりわからない菊華は、興味深そうに俺の手元をずっと見ていたが、やがてそれがある程度形になった時「ふぁ……」と小さく声を上げた。
うんうん。暫くぶりだから作り方を忘れているかと思ったけど、まだ全然大丈夫だったな。
束ね合わせたシロツメクサの、輪の継ぎ目の部分を綺麗に見えなくなるように始末すると、綺麗な花冠が出来上がった。
「菊華」
出来上がった花冠に目を輝かせる菊華を、ちょいちょいと手招きする。
そうして、近づいたところで花冠をポンと頭に乗せてやると、菊華は自分の小さな両手を頭に向かって伸ばして、そこに花冠が存在することを何度も触れて確認しようとする。
そうして、庭にある池で水面に移った花冠をしている自分の姿を確認すると、驚きと喜びの混じったような表情でこちらをくるりと振り返った。
「可愛い。よく似合ってるよ、菊華」
こっちを振り向いた菊華に俺がそういうと、言われた方の菊華はぱあっと花が咲いたみたいに笑った。
再び、ててててっ! と俺に向かってかけてきては、ぴとっと俺にくっつき「にいたま」と言って俺を見上げてくる。
「なに? 菊華」
「あのね、こえね。にいたまの分とねえたまの分もつくって」
――あ、俺、自分の分も作るのね。
そう思って、苦笑しながらいいよ、と答えたあとに「……こういうときはなんて言うんだっけ?」と菊華に尋ねる。
「ありがとごじゃましゅ」
「ん。よく言えました」
ちゃんと正解を言えた菊華を俺が褒めると「えへー」と菊華が嬉しそうに笑う。
それから、俺がシロツメクサの花冠を作っている間に、菊華には四葉のクローバーを探させた。
四葉のクローバーを見つけるといいことがあるんだよ。菊華が見つけて、「姉様が元気になりますように」ってお願いすると願いが叶うかもね、と教えると、ものすごく真剣に四葉のクローバーを探し始めたので、可愛いなあと微笑ましく思いながら花冠を作った。
◇
◇
「――白百合、調子はどう?」
セツさんが、白百合のための昼食と薬を持って入るタイミングを見計らって、一緒に白百合の部屋に入れてもらった。
「……お、にいさま……」
俺の声を聞いた白百合が、目を開けて隣に俺が座っているのを確認するように見つめてくる。
「休ませてもらったおかげで……、少しだけ楽になりました……」
「無理しなくていいから。体調が悪いときはゆっくり休んでね」
「……はい」
ありがとうございます、と答える白百合に「あとこれは、僕と菊華からのお見舞い」と言って、白百合の眠る布団の横に、さっきつくったシロツメクサの花冠と、菊華が作った四葉のクローバーを置いた。
「菊華がね、早く姉様が元気になりますように、って」
「菊華ちゃんが……」
そう言って、白百合は枕元に置かれたシロツメクサの花冠と四葉のクローバーを目に留めた後、部屋の入り口の陰で、心配そうにこっそりと白百合を見つめる菊華の姿を目に留めた。
「……お兄様。私のわがままを一つ聞いてくださいませんか?」
「なに?」
「お部屋の外からでいいので、私と菊華ちゃんに、ご本を読んでもらえませんか?」
眠りにつく間に、お兄様が読むお話を聞きたいのです、と。
「わかった。いいよ」
「……ありがとうございます……」
そう言って、熱に浮かされながらもにっこりと笑う白百合に。
「蓮様。白百合様にそろそろお食事を召し上がっていただきたいので」
そろそろよろしいですかとセツさんが促してきたので、ありがとうと礼を言い、しらゆりの頭をひとなでしてから部屋を出た。
◇
「むかーしむかし、とても美しくてやさしい娘がいました。でも悲しい事に、娘のお母さんは早くになくなってしまいました。そこで、お父さんが二度目の結婚をして……」
「にいたま。なんでこのおねえたまはいじわうなの?」
白百合の部屋の前でシンデレラの読み聞かせをしていたら、俺の太ももを枕がわりに頬杖をつく菊華が純粋に不思議そうに尋ねてくる。
「……そうだね。仲良くすればいいのにね」
「きっかちゃんのおねえたまは、やしゃしくてよかったねえ」
にこにことそう言いながら、「にいたま、つづき」と先を読めと促してくる。
こいつ、ほんとにマイペースだな……。
こちらのやりとりが聞こえたのか、マイペースすぎる妹に部屋の中からくすくすと笑い声を漏らした白百合の、笑ったと同時に咳き込んだ声が聞こえてくる。
「ええと、ある日のこと、お城の王子様が……」
結局その後、しばらくして菊華は俺の太ももを枕に眠ってしまい。
室内の白百合の気配も静かになったのを察した俺は、そのまま自分用に持ってきていた本を読んでその日を過ごした。
最終的に、気づいたら俺もうとうとしてしまい、目が覚めた時にはおそらくセツさんがかけてくれた毛布にくるまってうたた寝をしていたのだが。
――これは、そんな普通の平和な、ある日の我が家の話だ。




