第38話 夢枕
「ほう――、最近の人界の菓子はハイカラになったものだのう」
片付けを終えて部屋に戻ると、いったいいつの間にくすねたのか、スイートポテトをもぐもぐと頬張る蒼龍が俺の部屋でくつろいでいた。
『おまえ……、いったいいつまで居座る気にゃ……』
俺と一緒に部屋に戻ってきた白が、蒼龍の姿を見るなりそう凄む。
――と言うかそれ、れっきとした盗み食いなんですけど……。
「仕方あるまい。どこかの誰かが全く我を呼び出すそぶりがないのだからの」
『そう言いにゃがら、単に色々時期を逸して結果困ってるのはそっちにゃ……』
「ゔ、ゔん……!」
どうやら、図星をつかれたためか、白の言葉に蒼龍が大きく咳払いする。
その拍子に口の中のスイートポテトでむせたのか、蒼龍がゲフンゲフンと咳をし出した。
……スイートポテトって、口の中の水分結構持っていかれるよね……。
「俺、とりあえずお茶とってくる」
そう言って俺が踵を返すと「む、苦しゅうない」と蒼龍に後ろから礼を言われた。
「はい」
「うむ、すまんの」
よっぽど口の中が乾いていたのであろう蒼龍は、俺の淹れたお茶を勢いよく飲み干す。
「……まあ、一応この間も、蒼梧に『一度ダメだったくらいで諦めるのはらしくない』とは言って置いたけど」
「で、あろう。我はそのような根性無しとつるむ気はない」
何事も諦めない気持ちで立ち向かうというのが人生において大切なのだ、と蒼龍が最もらしく言うが。
「とはいえ、こっちのしきたりでは神吉日に儀式をするって習わしがあるから、次の神吉日までは待つんじゃないかなあ……」
蒼梧の性格だと、次は失敗しないと意気込んで挑戦するのであれば、万全を期そうとするに違いない。
となると、おいそれと呼び出すというよりは、成功確率を上げるためによりよい条件を段取ろうとするはずで。
「……次の神吉日、とは?」
いつになるのだと言外に聞かれたのがわかって、机にあった手帳をペラペラとめくりながらメモしていたページを探す。
「半年後になるかな」
「は……?」
俺の答えに、蒼龍があんぐりと口を開けた。
「半年も我に待てと……?」
「根性出して万全を期そうとするとそうなりますね」
愕然とする蒼龍にしれっと答える。
「半年……」
ショックから抜けきらない状態のままぽつりとつぶやく蒼龍を横に、白が俺の肩に飛び乗り『あいつ……、そう遠くないうちに呼ばれる心づもりでいたから。その気になった後に待たされることに辛抱できない性分にゃ』とこっそり耳打ちしてきた。
うーん……。
これは、気が変わらないうちに何かこっちからもお膳立てした方がいいかもなあ、と思いながら、その日はそのまま勉強をして眠りについたのであった。
◇
――それから、週末が明けて月曜日のこと。
「蓮!」
朝、いつものように通学すると、校門近くで俺を待ち構えていた蒼梧に腕を取られ、ずるずると中庭まで引き摺られて行き。
「――夢を見たんだ」
と神妙に蒼梧が語り出すので。
「夢?」
「ああ。俺としてはもしかしたら――、夢枕じゃないかと思うんだが」
それでお前に相談したくて、いてもたってもいられず呼び出したんだ、と蒼梧が言う。
「――夢枕って、何の」
「……蒼龍だ」
ごくり――、と、蒼梧が喉を鳴らした。
「いや、俺も悩んだんだ。こんな馬鹿げたことをお前に話して、気を遣わせるんじゃないかと。だが――」
これを見ろ、と言って、蒼梧がすっと差し出したもの。
それは。
「朝起きたら、枕元にこれが置いてあった。家のものに聞いても、誰もこんなものを置いた心当たりなどないという。これは――どういうことだと思う?」
そう言って蒼梧が差し出したのは。
黄金色にキラキラと輝く――、スイートポテトだった。
「……これは」
「夢の中で、蒼龍が俺に差し出してきたんだ。俺は、どういう意味かはわからなかったが黙ってこれを受け取った」
何かの隠語だろうか――? と真剣に考える蒼梧を横に俺は、単純にウチにあったスイートポテトの残りを勝手にちょろまかして、それっぽくご利益でもありそうにみせて進呈しただけだよと心の中でひとりごちる。
「渡す時、特に何も言われなかったの?」
「……口は動いてはいなかったが、『時を逸してはならん』という言葉だけ、脳裏に響いてきた」
聞くと、蒼梧の夢に現れた蒼龍は、人の姿ではなく龍の姿で現れたのだという。
――なるほど。演出だな。
とは思ったが、そんな気持ちはおくびにも出さず、俺はスイートポテトを差し出していない方の蒼梧の手をグッと握りしめた。
「なるほどな。確かにそれは、俺もお前のいう通り――夢枕だと思う」
「な……! や、やっぱり、そうなのか!?」
「ああ。言われてみれば、俺も白が降るまえに、そんな夢を見たような気がする」
――それは全くの嘘であるが。
しかし嘘も方便という言葉があるように、些細な嘘で事が進むのであれば、それを厭わず行使しようと言葉を続ける。
「おそらく、時が来たんだ。蒼龍がお前を認めたんだよ」
「――でも」
この間呼んだばかりだし。
その時には来なかった。
それなのに、吉日を待たずに呼んでも大丈夫なのだろうか――?
そう、不安げに問いかけてくる蒼梧に俺は「大丈夫だ。白も、お前から蒼龍の気配を感じると言ってる」と、力強く口から出任せで言い含める。
そこに、白も相槌を打つように『にゃおん!』と俺の肩に飛び乗ったので、蒼梧は少し確信を得たような表情になって「そうか……」と短く返した。
「ありがとう蓮。お前のおかげで少し――、いや。だいぶ背中を押された。やっぱり、持つべきものは親友だな」
と。
さりげなく親友だと言われたことに俺が目を白黒させたのも目に留めず、蒼梧が「まずい。そろそろ授業が始まるから戻らないと」と言って、再び俺の腕を掴んで教室まで引っ張っていく。
――そうか、こいつのなかでは、俺はもう親友なのか――。
そう思って目線を上げた先で、ほんのりと蒼梧の耳が赤くなっているような気がしたが、もしかしたらそれは朝の太陽が強くて単に暑かったからなのかもしれない。
特に問いただすこともなかったから真相はわからないが。
◇
結果。
その二日後。
「蓮! ちょっと来てくれ!!」
と、蒼梧に再び朝から中庭に連れてこられた俺は、蒼梧から無事蒼龍召喚が成ったという話を聞いた。
そうして、蒼梧が誇らしげに肩に乗せていた蒼龍の幼体は、白が言った『トカゲのなり損ない』というほどひどいものではなかったが、しかし現実社会に存在する生物のどれにも当てはまらないその姿は、やはり幼体であっても日常での具現化は厳しいと思わざるを得ないのであった。




