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闇に落ちる心

 悪の皇帝ザングルゴールの率いる帝国の戦力は日に日に衰えていた。それは正義を愛する人々の心から生まれる光の力が増しているということでもあり、スーパー・ジャスティス・ファイブといわれる正義のヒーローたちの尽力でもあった……。


 平和が近づく世界。


 その中で女子高生柊 みかんは自宅の机に座って新しく買ったゲーム機であるスイッチ・ツヴァイを手にしていた。携帯ゲーム機にしては大型の8インチモニタを採用している最新式のゲームである。彼女は最近頑張ったアルバイト代でそれを購入した。


 やっているのは世界的人気なゲームである『集え! どうぶつの街』というゆるふわなゲームであった。箱庭の中で動物のアバターを操作して釣りをしたり家を建てたりする平和なゲームを彼女はちょっと興奮した顔で動かしている。


 実はアルバイト代だけでは足りなかったが、部屋中をひっくり返して出てきたお金と貯金箱の中身を合計して何とか足りた。彼女はある種の達成感もっていた。


 そう、これが人の心を映す『鏡の魔法使いマリカ』の現状であった。魔の四天王として恐れられるはずの彼女は今は部屋でゲームをしている。時折ベッドに寝そべりながらゲームをやめなかった。


「ふぅ」


 窓の外が暗くなったことに気が付いて彼女は「あっ」と声を出した。部屋の明かりはつけていなかったから暗い。彼女は枕元にゲーム機をポンと投げて立ち上がった。


 彼女は窓の冷たいガラスに手を触れる。


「もうこんなに暗い。夜はいつでも訪れるのね」


 ガラスに映る彼女の姿は美しい。整った顔立ちに淡い紫の髪。美少女と言っていいだろう。だが、彼女の頭の中はゲームの次の展開だけだった。


 みかんは机の上のノートPCに電源を入れた。彼女のPCも挙動がすこし遅いから、アルバイト代を稼いで買い換えてやろうかと思ったりする。アルバイト代を稼げるようになって気が大きくなっていた。


 PCの画面が映ってからSNSアプリををクリックする。完全にルーティーンになっていた。


 最近のネットニュースを見ながらみかんはたまに流れてくる『# 魔法天使マリカ』をつけているアカウントは画面に映らない設定、つまりミュートしていく。それも手馴れていた。人は慣れるものだった。


 とある投稿が目に入った。


『スーパー・ジャスティス・ファイブとの動画見たけど鏡の魔法使いマリカって人の心の悪を映すって言っているけど意味わかんないよね 本人もよくわかってないんじゃないの?』

 

「なっ!?」


 みかんは立ち上がった。SNSの向こうにいる誰かもわからない相手に対して彼女は怒ったのだ。彼女はふふふと不敵に笑う。そして左手を動かして魔力を纏う。彼女の体が美しく光り、その衣服がフリルのついた黒と紫のドレスに変わっていく。


 髪が魔力の粒子に彩られ、その手には大きな宝石をはめ込んだ杖が現れた。


 彼女は『鏡の魔法使いマリカ』に変身した。


「人間たちは私のことが分かっていないようね……。そろそろ私が人の心を映す悪だということを思い出させないといけないわね……」


 くくくと彼女は笑う。彼女は杖を構えて魔法の言葉を紡ぐ、部屋の中心に魔法陣が浮かび上がる。青い光が部屋を満たそうとしていた。


「みかん~ごはんよ~」


 家の1階から親が呼ぶ声がした。マリカは魔法を中断して「は、はーい」とだけ返事をした。変身してしまったからには今部屋にだれか入ってこられるとまずい。慌てて着替えようとして杖を手放した。


 杖が宝石の重さでぐぐっと傾いてベッドに倒れこむ。ばきっと音を音がした。


「えっ?」


 マリカは倒れた杖を見て「うそ、でしょ」と絶望の声を出した。杖の下に下敷きになったスイッチ・ツヴァイの液晶モニターが杖が倒れた直撃を受けて蜘蛛の巣のような放射線状にひび割れていた。


 膝から崩れ落ちた。


「うそよ」


 現実が信じられなかった。


 泣いた。


 マリカは本気で泣いた。床に突っ伏して声を押し殺して泣いた。


「うええええん」


 彼女の武器である杖を無造作に放り投げたことが問題だった。ここ最近ほとんどの失敗には杖が関係していた。おそらく彼女の体に大きさと重さがあっていないのだろう。


 それでもマリカは顔を上げた「じんるいめ……」と憎しみの言葉を口にしながら。SNSの闇が彼女を取り込もうとしていた。


☆




 悪の皇帝であるザングルゴールが彼女を呼び出したのは数日後であった。

 

 広い謁見の間に新しく作った玉座。そこに悪の皇帝ザングルゴールは座っていた。彼の前には片膝をついて首を垂れるマリカだけがいる。少し前には四天王の全員がそろっていたのだが、いろいろとあって壊滅した。


 唯一残っているマリカの表情は暗い。深い深い絶望を味わった彼女の心は闇に支配されつつあった。人々の心の悪を映す鏡である彼女は心の闇と向き合い続けてきた、その代償も少しはあるのかもしれない。


 ザングルゴールが言った。


「マリカよ。バオウはまだ何もしてない中逮捕されたことにより、不当逮捕を訴えて裁判をするといっておる」


 マリカは目を見開いて、唇をかみしめた。さっさと脱獄してくるだろうという彼女の目論見はここに潰えた。ザングルゴールは彼女に言う。


「魔の四天王も貴様だけが残っておる。スーパー・ジャスティス・ファイブによって余の求めていた『黒の太陽』も破壊された……だが余はまだ世界征服をあきらめてはおらぬ」


 ザングルゴールは指を鳴らした。


「きひひ」


 彼の謁見の間は暗い、その闇の中に潜んでいた少女が顔を出した。青い髪のポニーテールをした彼女はお菓子の粉をそでにつけた白衣をつけている。ドクター・セレニコ。組織の科学者であった。


 セレニコはザングルゴールの横に立つ。そして右手を振ったと同時に虚空に映像が映し出された。ホログラムである。


 そこに映し出されているのは大きな街を背景にした巨大ロボであった。マリカはそれを知っている。


 スーパー・ジャスティス・ゴッド。


 セレニコの作った怪人たちはすべてピンチになると巨大化する魔法が組み込まれていた。仮にやられても巨大化すれば街ごと破壊できるはずという思想から作られていたが、スーパー・ジャスティス・ファイブもそれに対抗する超兵器を保持している。


 スーパー・ジャスティス・ファイブの5人の戦士たちがそれぞれ虎・鷹・亀・サイ・猿に模した小型ロボを保有している。それららはピンチになれば合体して『スーパー・ジャスティス・ゴッド』という一体のロボになる。


 巨大なジャスティス・ソードを持ったそのロボに今まで多くの怪人たちが倒されてきた。


 セレニコは言った。


「私のかわいい怪人たちを葬ってきたスーパー・ジャスティス・ファイブを倒すにはこの馬鹿デカクソロボも倒さないといけないって事だネ」

「なぜ、いまさらそんなことを?」


 マリカが聞くとセレニコは短く答えた。


「皇帝陛下はスーパー・ジャスティス・ファイブと雌雄を決するための決戦をするつもりなんだ」

「!」

「そのためには彼らだけじゃなくこのスーパー・ジャスティス・ゴッドとかいうロボもまとめて倒さないといけない。それが私が呼ばれた理由さ」

「そういうことだ、マリカ、そしてセレニコよ」


 ザングルゴールは立ち上がった。巨大な体躯をした彼が立ち上がればその威圧感はすさまじい。彼の体からほとばしる魔力があたりを震わせた。マリカとセレニコはその力に圧倒される感覚を持った。


「余はスーパー・ジャスティス・ファイブを始末するために我が宮殿を改造する。スーパー・ジャスティス・ゴッドを踏みつぶせるほどの巨大な機械兵器にな、そして世界全てを焼き払ってやるのだ」


 ぐははははとザングルゴールは笑った。


「そして怪人どもをすべて投入してスーパー・ジャスティス・ファイブを血祭りにあげてやるわ」


 邪悪な計画であった。ザングルゴールの覇気はまだなお衰えていなかった。彼はさらに計画の詰めを宣言した。


「『鏡の魔法使いマリカ』よ、貴様に全軍の指揮権を預けよう。我らの総力を持って世界を混沌の闇に落とすのだ!」


 ザングルゴールは


 組織の全権を魔の四天王で唯一動くことのできるマリカに預けた。組織の命運を彼女に託したのだ。


 セレニコも一緒になって笑っている。


 マリカはふっと微笑んだ。彼女の心にはSNSで刻まれた屈辱の記憶が反芻する。


(人間どもに私が人々の悪を映す鏡の魔法使いということを思い出させてやるわ)


 マリカは胸に片手を当てて言った。


「ご期待に沿えるようにいたします」

「うむ」


 ザングルゴールは壮大な計画の成否を『鏡の魔法使いマリカ』に預ける形になった。人事の難しさだろう。


 3か月後。皇帝の宮殿は爆発する。


 そんなことを知らない三人はそれぞれが笑っている。


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