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策略

「由々しきことである」


 怒りをにじませた表情で言い放ったのは青い髪の男だった。片目には一筋の刀傷が刻まれ、閉じられている。彼こそ魔の四天王が一人である『閃光のバオウ』である。彼の手には妖力をまとった刀が握られていた。


 ここは悪の皇帝ザングルゴールの宮殿だった。長い廊下が続く回廊でバオウは吐き捨てるように言った。


「四天王ともあろうものが、ゴウライはスーパー・ジャスティス・ファイブに敗北し動けぬ。シャドウに至っては『しばらく探さないで』などと書置きを残してどこに行ったのかわからぬ」


 彼の会話の相手は美しい少女だった。紫の髪にほんのりと魔力の光を帯び、黒と紫のドレスを身にまとう『鏡の魔法使いマリカ』。彼女もバオウと同じく魔の四天王の一人だ。


「そうね」


 目を伏せて静かにそういう彼女の声は静かだった。


 実際バオウの言う通り、ここ数日ですでに四天王の2人が行動不能に追い込まれている。残っているのはバオウとマリカの二人だけだった。バオウは言った。


「貴殿と私だけがスーパー・ジャスティス・ファイブを倒すことができる。……皇帝陛下の『黒の太陽』はすでに崩壊しているうえは、一層我らの役割が重要になってくるだろう」

「そうね」


 マリカは短く答えた、バオウは彼女の横を通って歩いていく。


「私はこれからスーパー・ジャスティス・ファイブを倒す策を考える。考えがまとまればまた話をしよう」


 かつかつと音をたてて彼は去っていった。


 一人残ったマリカはふっと笑った。


(や~ば~い~!!)


 ここ数日の騒動で彼女は悪の銀行員を更生させ、ザングルゴールの野望を破壊し、その余波でゴウライは負傷、その上この前の事件でシャドウはモナ・リザ強奪事件失敗の恥ずかしさのあまりどこかに逐電した(マリカからRhineはつながる)


「ふふ、ふふふ」


 歩きながら静かに笑うマリカははたから見れば不敵に笑う悪の少女だった。ただ内心はまずいのではないかと思っている。彼女は物陰に隠れて壁に手をついてはあとため息をついた。


「す、スーパー・ジャスティス・ファイブめ」


 結構無理があるなと思いながらもマリカ言った。しかし彼女は顔を上げる。


「ふっ、バオウの言う通り私がもっと頑張ればいいんだ」


 組織を半壊させた程度でくよくよしても仕方がないと思った。彼女は誰もいないところでガッツポーズをして気合を入れた。クールな自分がそんなことをしているとは誰にも見せることはできない。


☆☆


「よし、まずは情報収集ね」


 人間世界に戻ったマリカは変身を解いて『柊 みかん』になった。彼女は学校指定の制服のままの駅前を歩きながらスマートフォンを手に持った。そして宿敵の『スーパー・ジャスティス・ファイブ』の記事を検索する。


 各地で怪人を倒して活躍をしているらしい。おそらく科学者セレニコの作った怪人たちだろう。彼女はマウスをクリックしながらその記事をスクロールしていく。


「そういえばセレニコが悔しがっていたな」


 地団駄を踏む小柄な悪の科学者を思い出しながらみかんは記事を読んでいた。ニュース記事を見ているとSNSのRhineからメッセージが入る、相手はレオと出ていた。


 ――レオ 『皇帝陛下なんか言ってた?』


 ――みかん『ずる休みすんな 仕事しろ』


 そしてメッセージの中にスタンプと言われる簡易的な絵を送る。デフォルメされたウサギがびしっと指をさすようなコミカルなものだった。それに対して相手のレオは『ZZZ……』とだけ送ってきた。


「寝んなっ! ……まったくザングルゴール皇帝陛下は学校の先生じゃないんだからね……」


 気を取りなおしてみかんはスーパー・ジャスティス・ファイブの記事を読もうとして、あっと立ち止まった。駅前のパン屋があった、彼女もたまに行く小さなパン屋だった。


『アルバイト募集 学生可 時給1226円~』


 パンのいい匂いがする。小さなパン屋はガラス張りで外から見れば様々なパンが並んでいるのが見えた。マリカはスーパー・ジャスティス・ファイブのことを忘れてアルバイト募集のチラシを見た。そしてスマートフォンをしまい込んで財布を取り出す。


 千円札が2枚。小銭が少し。もちろんスマートフォンには電子マネーもあるが残高は『864円』だった。あとは電車の定期くらいしかなかった。彼女はむむむと眉間にしわを寄せた。最近カフェに行き過ぎたり妙な無駄遣いも多かった。


 ほしいものは結構ある。服も靴もほしい。ソシャゲにちょっとだけ課金したい。 

 

 彼女は財布をしまって顎に手を当てて深く考えた。時給1226円は首都圏ではそもそも最低賃金すれすれである。彼女の脳はここ数日では考えられないほどに迅速に回転し結論に至った。スーパー・ジャスティス・ファイブのことはすっかり忘れていた。


 数日後。


「いらっしゃいませー」


 にこにこ笑顔でレジに立つのは淡い紫の髪をポニーテールにしてエプロンをかけたみかんだった。面接はすんなり通った。通りそうになければ魔法を使うつもりだったが不要だった。


 焼きたてのパンを棚に並べたオープンディスプレイ。棚に並んだ小さなベーカリーバスケットごとに様々な種類のパンが並んでいる。色とりどりのパンが照明の下でキラキラ光って見える。


 よい匂いのする中でみかんはばりばり働いた。駅前だからか結構客は来る。パンを補充したり、牛乳を出したり、レジを打ったりして一日があっという間に過ぎていった。


「ふふふふん」


 ご機嫌で毎日家に帰るみかんの手には袋がある。


 帰りには余ったパンをもらえる。個人商店の強みと言っていいだろう。パン屋の経営しているのは夫婦でやっているオーナーだった。みかんはそのあたりはどうでもよかったが、パンはおいしかった。ただ夜に食べると太るかもしれないという葛藤と食べたいという欲望で苦しんだりはした。


 カレンダーの日付は進んでいく。


 みかんは学校の帰りと悪の皇帝の宮殿の帰りにあとは土日にバイトをいれた。初給料の日が近くなるにつれて彼女のスマートフォンでほしいものを検索してにやにやしたりした。スーパー・ジャスティス・ファイブのことは全然調べなかった。


 給料日の近い日のことだった。


 悪の皇帝ザングルゴールの宮殿でみかんこと『鏡の魔法使いマリカ』は同じく四天王の一人である『閃光のバオウ』に呼び止められた。彼は不敵な笑みを浮かべていた。


「くくく、マリカ。私はこの一か月ザングルゴール皇帝のために次なる作戦を考えていた」


 一か月間、私利私欲のためにバイトしてたマリカとは真逆であった。マリカは少し罪悪感を覚えたが涼し気な表情を作って答えた。


「どんな作戦?」

「くくく、街のダムを崩壊させて下流すべてを押し流す作戦だ」

「!」


 くくくと笑うバオウは残虐な笑みを浮かべた。


「これで人間どもの町は崩壊する。それを助けるためにスーパー・ジャスティス・ファイブどもは来るに違いない……。私はそこを多数の怪人たちと急襲する。マリカ。お前もそれに参加することで作戦は盤石になる––それに」


 バオウは自らの髪をかき上げた。そして閉じられていた眼を開く。そこには青色に光る魔力の瞳があった。


「本気を出した我が仕留められぬ者はおらぬ。……作戦決行は一週間後」


 バオウは邪悪に笑った。人々を濁流で押し流し、その混乱に乗じて正義の味方の首を取る。それも多数で襲撃する。冷徹であり、そして卑劣であった。


「私は準備のために駅前のホテルに人間に化けてもぐりこむ。マリカ。連絡は追ってする」

「……」


 マリカは思った。


 街が崩壊する。


 人々が押し流される。


 給 料 が 出 な い。


 一か月働いた結果、すべてが無に帰することになるだろう。マリカは「わかったわ」と答えたが、その表情にはある種の暗さがあった。彼女はすでに策略を胸の内に練っていた。


「くくく、それではな」


 バオウが去っていく。


 マリカも踵を返した。


 底知れぬバオウの策略。


 そしてそれを冷たく見つめるマリカが振り返る。


「……」


 バオウは強力な力を持つ怪人である。マリカは彼から離れながらスマートフォンを取り出して電話をした。すでにその声はバオウには届かない。彼女は冷静な顔で口を開いた。


「……もしもし、警察ですか?」


☆


 数日後。駅前のホテルでバオウが逮捕された。


 スーパー・ジャスティス・ファイブと警察の共同での捜査だったという。


「なんか大変なことになっているみたいだね」


 ぐるぐるメガネの悪の研究者セレニコの研究室の椅子で、マリカと彼女は向かい合っていた。マリカは紅茶を飲みながら涼しげな顔をしている。さすがに強力な力を持つバオウであれば警察に逮捕されてもすぐに逃げてくるだろう。マリカはそこまでを計算しきっている完璧な策略だった。


 全てを欺く恐ろしい少女は黙って紅茶を飲む。セレニコはお菓子を食べながら言った。


「しかし、これでダム爆破計画もなしか~。なんか最近事件を起こそうとしてもうまくいかないですよ~」


 彼女は温かいホットココアのはいったマグカップを両手で持って飲んでいる。


「あちち」


 舌をベッとだしてセレニコはうなった。それを見ながらマリカは紅茶のカップを置いた。そしてスマートフォンを取り出して銀行口座アプリを開いた。


 ――入金 56,780円


「…………」


 マリカはそれを見ながらふふふとわらった。


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