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ワールド・エンド『イリュソリー・フィクション』①

 シャドウは恭しく頭を下げたまま、その口元だけが不敵に笑っていた。


「本日のお相手は魔の四天王『鏡の魔法使いマリカ』様……。僕も全力でお相手をさせてもらうにゃ」


 彼女は名乗る。自身が栗原 玲央ではなく『幻惑のシャドウ』であるといった。


 夕日に伸びた彼女の影が広がっていく。マリカはそれを睨みながら何も言わない。シャドウは顔を上げる。そして笑った。


「ようこそ僕のテーマパークへ……ワールド・エンド『イリュソリー・フィクション』


 その瞬間にシャドウを中心に闇が世界を覆い始めた。バオウと同じく彼女の使用したのは魔の四天王の奥義である『ワールドエンド』だった。


 世界はシャドウの魔力をもとに再構築される。


 闇の中に閉じられた空間は彼女の世界に成り果てる。



 マリカは不意に落ちていくような感覚を覚えた。足もとの地面がなくなり、落下していくことを感じる。


「くっ!」


 数秒間その感覚に身を任せる。魔の四天王同士といえども絶技である『ワールドエンド』については互いに知らない。自らの全ての魔力を使用するからこそ誰にも見せないことが原則になる。


 ゆえに『ワールドエンド』を見せた相手は必ず始末する。それが鉄則だった。


 ――空にいた。


 月の浮かぶ星の夜空。それが彼女の見たものだった。


「ここは……」


 

 マリカはいつの間にか夜空の中心にいた。落下する先に光り輝く夜の街があった。いやそれは街というには正確ではない。


 多くのライトが煌々と世界を照らす。


 巨大なジェットコースターの線路が縦横無尽に走り。コーヒーカップやメリーゴーランドがくるくると回っている。そして多くの遊具とまるで童話のお菓子の家のような家が軒を連ねているその「街」をマリカは表現した。


「なるほど……あいつの言った通りテーマパークね」


 巨大な観覧車を見ながら彼女は落下する。それは七色に光り。さらには空に花火が上がっている。地面に落ちる前にマリカは魔法の杖をかざして魔力で体を浮かべると、ゆっくりと足から優雅に着地した。


「ここで私と遊ぼうというかしら? シャドウ」


 楽し気なBGMのなり響く中でただずむ彼女はそういった。冷たい声だった。だがマリカは油断していない。ふざけた世界に見えてシャドウの世界である、油断すればどこから攻撃が来るかわからない。


 そもそもシャドウの姿が見えない。マリカは周辺に魔力を展開する。この世界は魔力で作られた紛い物でしかない。足元は黒いコンクリートの地面に見えるが、ただそう見えて感じるだけで実際には違うだろう。



「そうにゃ!」


 声がした、マリカはその方向を見る。空の上には月があった。


 その月の上にシャドウ座っていた。にこにことして笑っている。


「ここは僕のテーマパークだにゃ。存分に遊んでいってほしいにゃ」

「……月の上に乗るなんて随分とロマンチックな技ね」


 満月に座るシャドウは足をバタバタさせる。空に浮かんでいる偽物の月はキラキラと光っている。彼女はその上に立ち上がった。


「ねえねえ、マリカ。これ食べられるにゃ」



 シャドウは手を伸ばして近くの「星」を手づかみしてむしゃりと食べた。もぐもぐと食べると「クッキーになっているんだにゃ」とおいしそうに食べる。


 

 マリカはいらいらした。そして彼女を指さした。


「さっきも言った通りザングルゴール皇帝を裏切るあんたをここで倒すわ、ワールドエンドを発動したからには私を倒す気なんでしょ……はひぃん」


 急にマリカは奇妙な声を出して体を震わせた。後ろから耳に息を吹きかけられたのだ。振り返ればけらけらと笑うシャドウがいた。


「あはは、ひっかかったひっかかったにゃ~」

「あ、あんた、あそこに」


 みれば月の上には誰もいなかった。シャドウは笑いながら言う。


「マリカ、ここは僕の世界。僕はどこにでもいるしどこにもいない。シュレーディンガーの猫って知っているかにゃ」

「……知っているわよ」

「へえ、物知りだにゃ~」

「……それで」

「…………」

「な、なんか言いなさいよ! わざわざシュレーディンガーとかいいだしたんだから。なんか解説とか……」

「いや、物知りだなぁって思って」

「お、おちょくってんの?」


 シャドウはにやりと笑う。彼女の手にはナイフがあった。銀色に光るその刃物にマリカはたじろいだ。


「気づいていないのにゃ。今僕にその気があったらそれなりのことができたにゃ」

「それをしなかったのは舐めている……ってこと?」

「ううん。いった通りこのテーマパークを楽しんでほしいのにゃ」


 シャドウはナイフを持ってなかった。


「!?」

「にゃはは。出し入れ自由。この世界は自由の世界」


 いつの間にかシャドウは手に大きなストロー付きの飲み物を持っていた。ちゅーとそれを吸って飲む。そしてぺろりと自分の唇をなめた。


「この世界は僕が遊ぶために作っただけの世界にゃ。……今日はここで遊ぶにゃ」

「だ、誰が遊んだりするもんか」

「ルールは簡単。私が逃げるから捕まえられたらマリカの勝ち。勝ったら魔の四天王にもどってもいいにゃ。負けたら……マリカが正義になるにゃ。それじゃよーい・どん!」

「えっ!? えっ?」


 シャドウは猫のように素早く走り去っていく。唐突なルール説明だった。


「にゃははは!」

「あ、こら! 待て! でも、さっきの話」


 ここはシャドウの作った魔力の世界。その主が『ルール」を説明したのだ。それに効力がある可能性がある。マリカは唇をかんだ。


「ふざけてる……私のことをあれだけ……」


 自らの胸を彼女はつかんだ。


「私の過去にあんなことを言ったこと……後悔させてやる」


 マリカは魔法で体を浮かした。先ほどまでの女子高生みかんとは違う。彼女は空を飛んだ。だがシャドウは素早い、テーマパーク内はかなり入り組んでいる。いろんな遊具の合間を縫って彼女は走っていく。


「くっ。こうなったら」


 マリカが魔法を展開しようとするとシャドウはとある施設に飛び込んだ。マリカは仕方なくその前に行く。


 ゴーストハウス!


「ぐっ」


 マリカは入場口に立ち止まる。「0分待ち」と書かれたその向こうは暗闇だった。マリカは思った幽霊なんていない。そもそもシャドウの作りだした偽物に過ぎない。そう思って彼女は中に入る。


 薄暗い屋内はよりによって高校の廊下を模したような作りになっていた。教室の並んでいる中。天井の明かりがぱちぱちと点滅している。


「…………しゃ、シャドウ。出てきなさい!」


 出てきてほしい。捕まえるためではなくなりそうな気持ちを奮い立たせる。マリカは「ふ、ふん」と鼻を鳴らして歩き出した。教室は曇りガラスで中は見えない。もしも教室に逃げ込まれていたらとマリカが考えた。


 ばんっ!! 赤い掌がその曇りガラスを教室の内側から叩いた。


「!!!!????!?!?!?」


 両手で口を押えてマリカはびくびくーんとなったが悲鳴は上げなかった。


「く、く。くだらないわね。所詮作り物よ」


 震え声で何か言いながらマリカは速足で廊下を進む。曇りガラスの向こうに人影が見えたが作り物なので無視した。足が震えている。


「まりか」


 声がした。マリカはシャドウかと思い振り返る。自分の歩いてきた方向から声がしたのだ、きっと教室にいたのだろう。しかし誰もいなかった。廊下の向こうは暗い闇だった。


「だれもいない?」

「……まりか……おねえちゃん」

「……?」


 マリカは気が付いた。


 天井から声がする。


 ぽたりと赤い何かが彼女の肩に落ちてくる。彼女はゆっくりと顔を上げる。


 天井にへばりついた女の子の顔が笑っていた。黒い目に口から赤い何かを垂らしている。


「ぎゃひいいいいいぃい!」


 逃げた。


 普通にマリカは逃げた。廊下を全力疾走をして出口から飛び出た。入口でへたり込んで涙目ではあはあと息を切らした。バオウのワールドエンドの数十倍怖かった。


「にゃははははは!」


 声がした。見ればシャドウがおなかを抑えて笑っている。


「く、くっ。このく、くそねこ!」

「こっちだにゃ~べろべろば~」


 完全におちょくりながら軽やかにシャドウは走っていく。マリカは立ち上がった。



「ふ、ふふふ。こ、この『鏡の魔法使いマリカ』をこ、ここまでこけにしてただで済むと思わないことね。まてぇ!」


 すぐに見失った。


「ど、どこに行った」


 わずか数十秒でマリカはシャドウを見失ったのだ。その時がたがたと音がした。顔を上げればジェットコースターが奔っている。そこにシャドウも乗って手を振っていた。


「ここだよぉ」

「…………!


 マリカは怒り顔でジェットコースターのステーションを探した。最終的に戻ってくるはずだ。彼女はジェットコースターの線路をたどってステーションの建物にやってくる。そこには小さな建物があった。遠くからジェットコースターが戻ってくる。


「墓穴を掘ったわね」


 魔法の杖を彼女は振るう。周りに浮かんだのは魔力で作られたガラスの刃。狙い撃ちをすることができる。


「さあ! シャドウ……私の攻撃をさばけるのならやってみなさい」


 マリカはジェットコースターに乗っていた。


「え? あれ?? あれ??」


 一瞬のことで彼女は心底困惑していた。肩から降りた安全バーで体が拘束されている。魔法の杖は横にあった。そして彼女が見ればステーションに停まっている。そしてそのステーションにはシャドウが経って、メガホンを持っていた。


「え~ご乗車の皆様は安全バーを下ろしてくださいにゃ~」

「ちょ、ちょっとシャドウ!」

「このジェットコースターは260キロでるからにゃ~」

「に、にひゃくろくじゅう!?」


 速すぎる。そうマリカは思った。そもそもいつの間にここにいるのかわからない。シャドウはにやっと笑った。


「ここは僕の世界だにゃ。魔力でちゃーんと体を守ることに気を付けてないと位置を入れ替えるくらいは普通にできるのにゃ。それじゃあ~、いってらっしゃーい。一周12分にゃ~」

「ちょっと! まって! わたし、絶叫系、むり!」


 がたんごとんとジェットコースターが進む中で片言になりながら講義するマリカをシャドウは手を振って見送る。そしてジェットコースターが加速していく。


 すさまじい勢いで加速しはじめた車両は上下にぐるぐると回る線路の構造で回転しながら進んでいく。


「ぎゃあああああ!!」


 マジ泣きしているマリカは天に向かって回転していく。上下さかさまになり頭の上に地面が見えた。最高速度で世界が回っていく。


 少女の悲鳴を肴にシャドウはベンチに座ってふわふわバニラアイスクリームをなめていた。


「たいへんだにゃ~」

「ひえええええええ!!」


 園内に響き渡る声で叫ぶマリカは時速260キロで高速移動をしている。そもそも一周12分というロングランである。回転するし蛇行するし動き回る。設計がシャドウという時点で安全性が確保されているのかも分からない。


「お、おかぁおかあさ」


 それを言ったらダメな気がして必死に口を紡ぐマリカ。


 そしてメインに突入した。減速して緩やかに坂を上っていく。遠くまでよく見えるくらいに高い。


「う、うそでしょ」


 地面が遠い。おそらく100メートルは上っていく。そして頂上から突然道が消えている。要するに線路は直角に近い形で落ちるのだ。


「うそでしょ。やめ、やめ、いやあああああああああ!」



 ごおおおおおおおお!! という音と共にジェットコースターは落下するかのように最高速で下っていく。


 ……ステーションにたどり着いて安全バーが外れたとき、よろよろとマリカは車両から降りた。魔法の杖を文字通り杖代わりにしていた。


「ゆ、許さない」


 ある意味すさまじい攻撃だった。彼女は改めて魔法の杖を構える。





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