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『鏡の魔法使いマリカ』

 彼女は語る。


 ――柊 みかんがその力に目覚めたのは小学生の時だった。


 そのころのみかんはどこにでもいるありふれた小学生だった。そこまで目立つわけでもなく、それでも生来の人の好さで友達を惹きつけるところがあった。


 ありふれた日々の中で、彼女の時は穏やかに流れていった。


 みかんは日曜日の朝には正義のヒロインの活躍するアニメが楽しみにしている女の子だった。いつもこの世界には正しいことがあって、それが太陽のように当たり前にあるのだと思っていた。


 結論から言えば、最初はみかんは起こった事件の当事者ではなかった。みかんの記憶に刻まれたそれは、何歳のころか思い出せないがまだまだ子供だったことだけが心に残っている。


 みかんの記憶の中の人物たちの顔は自分も含めて真っ黒になっている。その理由は彼女にもわからない。


 みかんが学年が上がった時にたまたま同じクラスになった数人のグループが、やはりたまたま同じクラスになった一人の少女をいじめていた。


 一人の少女の机を囲んでそのグループが何かをしているのをみかんは遠くから見ていた。何をしているのかはわからないがひどく聞くだけで気持ち悪くなるような声で笑っていたことを覚えていた。みかんはそれアニメの正義のヒロインを想像しながらも一歩前に出ることができなかった。


 スカートのすそを抑えて、遠くから見ている彼女はとある期待をした。


 別のクラスメイトでもいい、あるいは学校の先生でもよかった。いじめている人たちを止めてほしかった。


 だけど、時はそのまま流れていった。特に何かが起こるわけでもなく当たり前の風景のようにクラスの中で一人の少女が傷ついていった。みかんは思った、ひどいことをしているとは誰でもわかるのに誰も――自分を含めて――動くことがない。


 担任の先生も何度か「その場面」を見ていたはずなのに何もしなかった。


 みかんはだんだんと当たり前に信じていた正義という太陽が暗い雲に隠れていくように感じてしまった。彼女は一人になると全員がおかしいような気がして、でもどうしようもない中で静かに傷ついていった。


 とある日にみかんはふと家に帰る足が止まった。彼女は公園に入ってベンチに座るとそのまま動けなくなった。ただただ動けないのに時間が過ぎていく。夕日が沈んでいくのが彼女の影を長くしていく。


 夜が来て三日月が出た。闇の中に浮かぶ月を見上げた時にみかんは声がした。


『芳醇な魔力にひかれて来てみれば、子供ではないか』


 みかんが立ち上がってあってあたりを見回すと黒い影が目の前に現れた。彼女は怖くなったが足が震えてしまった。


『我が名は悪の皇帝ザングルゴール……いずれこの世界を統べる存在よ……。貴様のような子供に大いなる魔力が眠っているようだな、貴様の名前はなんだ』

「ひ、ひいらぎ みかん」

『甘ったるい名前をしているな。だが、みかんよ。もしもこのザングルゴールに手を貸すというならば貴様の持つ願いをかなえてやろうぞ』

「えっ?」


 恐怖の中でみかんは『願い』という言葉が頭に響いた。闇の向こうに何かがいることはわかった。ザングルゴールと名乗るその存在にみかんは心底震えていた。だが、一瞬だけ彼女の脳裏にあの光景が流れた。


 無関心なクラスメイト


 見て見ぬふりをする大人


 平気で人を傷つける人たち


 ……何もできない自分


「願い……。私の願いをかなえて……くれるの?」

『我に忠誠を誓えばな』

「ちゅうせい……?」

『言うことをを聞けということだ』

「……わかった」


 噛んで含めるような言葉に、みかんはうなづいた。


「私の願いは……私の願いはね」


 彼女は自分の願いを闇の向こうにささやく。それはたどたどしい言葉で、ただただ自分の感情を形にしたようなものだった。だがザングルゴールは笑った。


『ぐははは、下らぬ。しかし、善いだろう……力をくれてやろう』

「……えっ!? 私の周りになにかが……!?」

 

 ザングルゴールの言葉とともにみかんを闇が包んでいく。それだけではない、彼女の体から紫色の魔力がほのかにあふれていく。それは胸元に集まっていった。


 みかんが手をかざすと光は形を帯びていく。それは一つの杖。宝石のついた魔法杖だった。


 綺麗にしかし冷たく光る宝石にみかんは目を奪われてしまう。


『……それが貴様の力だ。人間の心を暴く魔法を使う……あるいは鏡のようなものよ……そうだな。みかんではあまりに弱い……貴様の名は『鏡の魔法使いマリカ』だ」

「まり……か?」


 手に持った魔法の杖の重みを闇の中で感じて『マリカ』は一度だけうなづく。


『そうだ、貴様は悪の魔法使いよ、その力で存分に願いをかなえるがいい。時期が来れば我が戦列に加えてやろう』


 ――翌日に『鏡の魔法使いマリカ』は学校に現れた。


 教室の真ん中で魔法の杖を使った彼女はそこにいるいじめられている少女を除いた全員の前に『魔法の鏡』を出現させた。


 その鏡は心の中の悪も醜さも映し出す。


 鏡の中にある『醜い自分』を見るだけで子供も大人も泣き出してしまう。


 その苦しみの声と泣き声の響く中心にマリカはただずんでいた。


 マリカの記憶の中の彼女はどういう顔をしていたか覚えていない。


☆☆


 夕焼けの中、レオに語るみかんは彼女を睨みつけた。


「私がザングルゴール皇帝の魔の四天王の一人になったのはそのあと……。レオ……私は、正義なんて信じてない。どんなに望んでも誰も助けてくれない……。悪がすべてを……私が人の悪意を鏡に映すまで何も変わらなかった……」


 レオは話を聞き終わって、無言のまま立っていた。ただ彼女の思っていることはみかんの思っていることとは違うことだった。


(……やっぱりみかんは悪になんて向いてないにゃ。本人は気づいてないと思うけど)


 レオはほんのりと笑う。


(僕にはどうでもいいけど、そもそもいじめだろうと何だろうとそれをやってた連中をやっつけてざまーってなればいいだけのことにゃ。悪というか正義といっても誰も文句はいわないだろうにゃ、それは)



 金髪の少女の髪が風に揺れる。


(みかん本人を除いて)


 レオは両手を組んで目を閉じる。


「みかんの悪のこだわりはわかったにゃ。でもね」


 彼女の口調は変わっていた。ゆっくりと明けた、オッドアイの瞳が光った。


「これはただの想像だけどね」


 レオは言った。みかんはなぜか一歩引きそうになった。


「みかんは……悪い奴らも何もしない連中も全部を痛めつけてそれをわざわざ悪なんて言うくらいだから、初めての魔法を使ったときの表情もだいたい想像がつくにゃ」

「私の……表情……?」


 レオはこれを言ったらまずいかもしれないと思いながら言った。


「……どうせ魔法で痛めつけたやつらのことも本当は傷つけたくなくて泣きそうな顔でもしてたんじゃないかにゃ?」


 みかんは


 一歩下がって


「ちがう」


 首を振る。


「ちがうもん」



 そして叫んだ。


「ちがうもん! ちがう、違う」


 みかんの体が光る。そのまま紫の粒子が形になりその手に魔法の杖が現れる。そしてその体を黒と紫のドレスが包んだ。


 『鏡の魔法使いマリカ』がそこにいた。


 その表情は多くの感情が複雑に、歪めていた。



「幻惑のシャドウ……ザングルゴール皇帝を裏切るなら私は今ここであなたを倒す」

「やれやれにゃ」


 いつの間にかレオの手にはシルクハットがあった。それを空に投げる。


 光があたりを包む。


 金髪の少女はタキシードに身を包み。空から降りてきたシルクハットをつかむと胸に当ててお辞儀をする。



「魔の四天王『鏡の魔法使いマリカ』……この『幻惑のシャドウ』がおもてなしをしてあげる……にゃ」


 

 

 

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