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マリカの休日

 柊 みかんの正体は悪の魔法使いである『鏡の魔法使いマリカ』である。


 強大な力を持つ彼女は悪の帝国の最高幹部の地位である魔の四天王の一角を占めている。彼女の力の前には正義のヒーローといえどもまともに戦うことが「仮」にあればただでは済まないだろう。


 その悪の少女はベッドの上で頭を抱えて苦悩していた。


「お金がない……」


 どうしてこんなことと言いながらみかんはうなっていた。彼女のかわいらしい財布の中にはポイントカードや定期などが入っている以外は数枚のコインが入っている。お札は一枚もなかった。


「ううう」


 ベッドでごろんごろんとするみかん。最近無駄遣いをしていたわけではない。たまたま同僚の魔の四天王に襲撃されて鏡の世界に閉じ込めたことにより養うことになった。三食コンビニ飯を放り込んでいるとあっという間にお金は無くなった。


 彼女のスマートフォンにSNSからのメッセージが表示される。


 ――レオ:そろそろ、覚悟は決まったかにゃ~(猫の肉球スタンプ)


「うっさい!」


 スマートフォンの画面を手でたたいてから慌てて、割れてない確認するみかん。少し前にアルバイトで買ったゲーム機を勢い余ってたたき割ったことから少しだけ学習していた。


「お金……うう、アルバイト増やすとしても、お給料日までもう少しあるし」


 頭を抱えて真剣に苦悩する。彼女は気が付いていなかった。


 そもそも、悪だ悪だといっているのなら銀行強盗なりなんなりすればお金など手に入るだろう。


「どうしよう~」


 だが、涙目で悩む悪の少女の頭の中にはそんな選択肢そのものがなかった。行うかどうかではなく発想がなかった。以前の銀行襲撃はテレビの影響である。


「私がなんでこんな目に……ぃ……うあああ~」


 それが彼女の悪の資質の現実だった。


☆


 家にいてもやることはないので外に出たみかんは悪の皇帝の宮殿に行こうと考えたが、バス代がないので途中で公園に入った。


 公園のベンチで項垂れながら頭の中ではレオのことを思い出していた。


『でも給料でないにゃ』

『でも給料でないにゃ』

『でも給料でないにゃ』


 頭の中にいるレオは執拗にそれを繰り返している。猫のような少女が飛び回る幻想を想像してしまうみかんは頭を振った。しかし交通費も出ないことに思い至り、悩みを深くしていく。


「だめだ……このままじゃ」


 正義側に堕ちてしまうと思った時みかんは立ち上がった。


「い、いやいやいや、私は悪の魔法使い……」


 と思わず言った時に近くを親御連れが通りそうになって語尾が小さくなって、ちょこんと座った。顔を赤らめて太ももをもじもじしながら唇をかむ。


「…………」


 彼女は無言で親御連れが通り過ぎるのを待った。少しして、ちらっと視線を動かして誰もいないことを確認した。ほっと胸をなでおろした。


「あ、あやうく私が悪の魔法使いなのがばれるところだった」


 わざとらしい言い訳の言葉を口にしながら彼女はスマートフォンを取り出した。レオからのメッセージは未読無視してしまっていることが少し心苦しい。


「レオも私が悪に向いてないなんてなんの根拠もない話をして……、はあ。ザングルゴール皇帝に報告するべきかな。でもなぁ」


 みかんは「黒の太陽のことばらされたら困るなぁ」と私情を思った。


 ただ、みかんはスマートフォンを見ながら冷たい表情をした。


「それにしても私が悪に向いてないなんて言われるのは……。少し世界にわからせてやる必要があるわね」


 そう思って彼女は立ち上がった。その瞬間、遠くで爆発音が聞こえた。


 彼女は振り向いた。


☆


 近くのマンションで火災が発生した。原因はとある部屋のガスの元栓の閉め忘れ空の引火だった。


 黒煙が立ち上る中、迅速に到着した消防車からの放水が始まる。


 5階建てのマンションはあっという間に火が広がったが、奇跡的に昼時ということもあり住民のほとんどは避難することができた。


「なんだって、まだ子供が残っているのか!?」


 消防士たちは懸命の消火活動の中で絶望的な情報に接してしまう。見上げればマンションの火は強くなっていく。現状は突入は難しい状況だった。


 周りの住民たちも集まり、彼らは口々に言いあった。


「こ、こんな時に正義の味方が来てくれたら」

「スーパー・ジャスティス・ファイブは来ないのかよ!」

「でも、怪人が来たわけじゃないわ」

「どうにかできないのか、誰か」


 人々は口々に正義の味方にわずかな希望を願った。だが突発的な事故に彼らが来るかはわからない。


 そしてマンションの中では逃げ遅れた小さな女子が廊下の隅に縮こまっていた。


 黒い煙がだんだんとあたりを包む中。彼女は小さなぬいぐるみを抱きしめて「おかぁさん」と弱々しく泣いていた。


 爆発音がする。


「ひっ」


 あまりに恐怖に目を閉じてしまう。彼女はあまりの恐怖にどうすればいいかわからなかった。だが、その時声がした。


『大丈夫?』


 優しい声だった。やわらかいその声に女の子はゆっくりと顔を上げた。


 足が見えた、黒の宝石のついたハイヒール。そして顔を上げれば黒と紫のフリルのついたドレス。そして手には魔法の杖。


 そして……頭に紙袋をかぶった怪しげな人物が立っていた。


「……えっ?」


 女の子は一瞬だけ戸惑いから素になった。


 火事の中で頭から紙袋をかぶったおそらく女性が目の前に立っている。紙袋の目元は穴が開いて、そこからきらきらとした瞳が見える。彼女の背の向こうには火が迫っている。


「もう大丈夫よ」


 不審者に大丈夫よと言われても女の子は呆けた顔をしていた。


 この人物はもちろん『鏡の魔法使いマリカ』だった。顔の紙袋は良いことをしそうになっている自分を見られないようにという苦肉の策というよりも苦悩の後だった。近くで女の子の窮地を聞いてしまったマリカは凄まじい葛藤の末このような行動に出たのだった。


「お姉ちゃん……もしかして魔法天使……マリカ?」

「なんでわかっ……ち、違うけど!?」


 衣装そのままに出てきたマリカは慌てた。SNSでキャラクター化した彼女は顔を隠した程度では変装にはならない。


 女の子は眼を輝かせて言う。


「正義の味方マリカだ!」

「ち、ちがっ」

「助けに来てくれたんだ」


 抱き着いてくる女の子にマリカは突き放すわけも行かず。「ううう」と言いながら、でも頭をなでて「大丈夫、大丈夫」という。


「魔法、魔法使うの?」


 期待に輝く瞳にマリカは「あう」と言ってから、紙袋をとる。ぱさっときれいな紫の髪が魔力で輝く。彼女は女の子の手を引きながら、魔法の杖を振るう。


「クリスタル・ミラー」


 彼女の魔法の杖に魔力がのって、きらきらと光る。その瞬間に周りの火が伸びあがって赤い結晶になって雪のように降っていく。マリカの魔法で小さな鏡の結晶に変えてしまったのだ。


 マンションを焼いていた炎が一瞬の光とともに消えていく。


 赤い粒子が煌めく中でマリカは女の子を振りむいた。人差し指で彼女は唇に当てる。


「私が来たことは秘密にしてね」

「……」


 女の子はこくこくと頷いた。


☆


『魔法使いのお姉ちゃんが助けてくれたの!』


 笑顔の少女が映るテレビの前でみかんは顔を抑えていた。


「秘密って言ったじゃん……」


 夜に家に帰って炊飯器からこっそりおにぎりを作った後にバオウの入った鏡に放り投げて、お風呂に入って、部屋のテレビをつけたらいきなり今日の火事のニュースをやっていた。


 レポーターが聞いている。


『魔法使いのお姉ちゃんって誰なの?』

『それはね、秘密』


 みかんの真似をして女の子が人差し指を唇に当てる。それを見てみかんはふっと微笑む。


『魔法天使のおねえちゃんとの約束』

「…………」


 みかんは口を開けて何か言いたそうにしたあと、肩を落とした。


 彼女はすでに様々な経験をしている。


 SNSで何が起こるのか、開くまでもない。

 

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