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ワールド・エンド

 陽は沈み、夜の闇が広がる中。


 バオウは静かに立っていた。怒りに満ちた顔と血涙を流しながら彼は一歩一歩近づいてくる。青い髪は少し伸びて肩まであり、なぜかスーツを着ている。


「マ……リ……カ……」

「ひっ」


 みかんは近づいてくる同僚が普通に怖かった。そして恨まれていることに心当たりがありすぎている。


「バオウ……あなたは警察につかまっていたはず……!」

「貴様が通報したんだろうが……」

「な、なにをこんきょに」


 とっさに普通に嘘をついたみかん。バオウは刀に手をかけている。答えを間違ったら危ないと本能的に察知していた。


「私はホテルに泊まることをお前にしか言ってないんだよ……」


 みかんはぽんと手をたたいて「なるほどそこから推理したのか」とみかんは逆に冷静になった。一種の現実逃避だろう。しかし、現実というものは目の前に刀を持ってたたずんでいる。


「小娘ぇ~」

「ま、待ちなさい。私たちは魔の四天王……お互いに戦えばスーパー・ジャスティス・ファイブの思うつぼよ」

「なら、なぜ貴様は通報した。納得のいく説明があれば退いてやる……」


 瞬間。みかんの頭の中に浮かんだのは「スイッチ・ツヴァイ」。


 なぜと言われればそれだった。しかしそのままいえば間違いなく火に油どころの騒ぎではないだろう。取り返しのつかないことという表現であればみかんを『黒の太陽』の前に置くくらい危険だった。


 みかんは頭の中で言い訳を考えた。


(今日はレオに裏切りを求められるし、バオウもこんなことになるし……うう、ううう、ど、どうしてこんなことに)


 バオウは黙り込んだみかんの前ですさまじい魔力を放出する。


 それは青と黒の混じったまがまがしい魔力だった。魔の四天王の放つその力で空間がゆがんでいく。みかんは「くっ」と手で自分とスカートをかばい片膝をついた。


 バオウの体が変形していく、体が膨れ上がり、皮膚が青くなる。筋骨がまがまがしく隆起し、背中からさらに2つの腕が生えた。


 そして牙が伸びる。その口元から吐く息にすら魔力が帯びていた。


「許さんぞぉ、鏡の魔法使いマリカ……! 貴様と貴様の関係するものすべてを処断した後にこの街の全てを破壊してくれるっ!!!」


 おおぉおと咆哮が夜空に響く。空気を震わせるそれに対峙するみかんは、


「は?」


 魔力の暴風の中で立ち上がった顔は怒っていた。


「私の家族に手を出すってこと? バオウ」

「そういっただろうが……」


 みかんはうっすらと笑う。冷たい表情を浮かべ、魔力でその瞳が煌めく。


「へぇ」


 彼女は右手をゆっくりと上げる。それはバオウをいざなうかのように掌を返し、おいでと指を曲げる。彼女の体を魔力が包み、その髪が伸びる。美しい魔力が粒子になり、体を包む。


 黒と紫のドレス。そして伸ばした手に宝石の輝く魔法の杖。


「私は小娘じゃない。鏡の魔法使いマリカ……バオウそれを思い出させてあげる」

「貴様こそ私に勝てる思っているのか」


 青と黒紫の魔力がぶつかり合う。


 住宅地の公園で『魔の四天王』の二人は対峙する。


☆


「なめるなよ……小娘」


 まがまがしくその姿を変えたバオウの周りには冷気が漂う。青白い肌の彼は口を開けると巨大な牙の並んだ獣のようだった。だがマリカの表情は変わらない、冷静な、あるいは冷淡な表情まま口を閉じていた。


「まさかスーパー・ジャスティス・ファイブを葬る前に貴様にこの力を使うことになるとはな」


 青い冷気が広がっていく。魔法陣が構築され、バオウを中心に光が収束していく。彼の血走った目に六芒星が浮かび上がった。


「貴様は我が世界で滅びを迎える……すべての時を我が力が凍てつかせよう。眼前の愚者を永遠の終わらぬ悪夢に誘え」


 バオウは笑いながら言う。


「ワールド・エンド『氷城の門』」


 バオウの魔力がはじけ、巨大に膨れ上がっていく。


 公園全てを包み込むその中にバオウとマリカは取り込まれていく。魔力が形を作り、一気に世界の温度が下がる。マリカは魔力で体を覆い自分の身を守った。


 闇の中でマリカの杖が光を放つ。


 雪が降っている。それは氷の結晶のようにきらきらとマリカの光を反射して落ちていく。そして彼女の見上げた先に巨大な氷の門があった。


 この世界はバオウの魔力により生み出された世界。


 魔の四天王が切り札である魔力により世界の構築『ワールド・エンド』。持てる殆どの魔力を使う真の力。


 バオウは氷の門の前にたたずむ。薄暗い氷雪の世界に浮かぶ獣の頭部と4つの腕を持つ化け物のシルエット。ただどこまでも静かだった。音すらも動きを鈍らせている。


 バオウが前に出る。その時彼の真後ろにある門がごごごと開き始める。


「マリカ。私の世界は時間が経つほどにこの門の向こうにすべての熱を奪っていく。門が開ききった世界では音すらも残らぬ完全な静寂の世界……。その世界で貴様を氷像にして飾ってやるわ」

「……なめられたものね」


 マリカの息は白くなっている。体を覆う魔力では防ぐことが難しくなっていくことを実感した。バオウは残忍に笑う。門はゆっくりと開き、その向こうに残った熱を導いていく。地面は氷、この世界に取り込まれた草木もあまりの寒さに粉々になっていく。

 

「…………」


 マリカの体はほのかに光っている。


 バオウが跳んだ。すさまじい跳躍力で天を駆け上がる。瞬間青い魔法陣が空に無数に展開される。それは瞬間的に先端の尖った氷の塊になりマリカに殺到した。


「!」


 マリカは魔法の杖を振るう。一瞬後に轟音とともに氷の槍が地面に突き刺さり、降り積もった降りた雪が煙となって舞い上がる。その煙の中からマリカは魔力で体を浮かして飛び出す。


 すさまじい速さでバオウは彼女の前をふさぐ。巨躯がマリカから見れば影となり、黒いそれが刀を振り上げた。


「ヴァリアブルミラー」

「氷刃!!」


 氷の魔力を纏った斬撃が打ち下ろされ、『マリカが二つに切られる』。バオウが仕留めたと思った刹那にその『マリカ』はがしゃんと割れて粉々になる。


 バオウの真後ろにとん、とハイヒールの音をたてて舞い降りるマリカ。


「それは鏡に映った幻影」


 魔力で煌めく瞳。そして流し目で冷たく視線を送る。


「小癪な」


 バオウは振り返らない。


「貴様のことは昔から魔の四天王にはふさわしくないと思っていた。私のダムの破壊作戦を邪魔したこといい、スーパー・ジャスティス・ファイブに寝返っているのでないかとすら思える」

「そんなわけないじゃない」


 マリカが魔法の杖をかざすと彼女の周りに浮かび上がるのは無数の炎の矢。


「舐めているのか貴様、貴様も自らの魔力で世界を構築するのが礼儀であろう」


 微笑んだ。『鏡の魔法使いマリカ』はくすくすと笑う。彼女の周りに光が集まって、片目が髪に隠れている。冷たい笑みを浮かべて彼女は言う。


「我が鏡はすべてを映し出す……ワールドエンド……『クローズド・ミラー・ワールド』」


 何も、変わらない。マリカの言葉の後に何も起こらない。


 だが、マリカは言った。


「これで、私の勝ちは揺らがない」

「余迷いごとを!」


 バオウはその刀を振るう。後ろにいた『マリカ』は真っ二つに切れてがしゃんとガラスが割れる。


「これも……幻影か、だが我が世界では時間が経てばたつほどに冷気は増す。私を倒す以外に道はないぞ」


 すっと雪の中に降りるマリカ。バオウは攻撃しないのは彼女が『本物』かはわからない。


「すでにあなたの世界は私の『鏡』が支配している。私はどこにでもいて、どこにもいない」

「ぬう!」


 バオウの斬撃。またマリカの映った鏡が割れた。


「卑怯だぞ」


 くすくす


 声だけが闇に響く。


 バオウの作った氷の世界の中、闇の向こうにマリカは溶け込んでいた。


 マリカは現れる。


「私は」


 マリカは現れる。


「ここにいる」


 マリカは現れる。


「私の鏡はすべてを映す」


 マリカは現れる。


「だけど、鏡に映るのは虚像」


 マリカは現れる。


「本当の真実がどこにあるのかは示さない」


 バオウは目には何人もの『マリカ』が映っていた。彼は獣の牙を見せてにやりと笑った。


「だからどうした。貴様が小細工をしたところで私を倒せないのであれば、薄汚れた鏡など何枚あったところで意味はない。それに」


 冷気が増していく。何人かのマリカにヒビが入った。


「絶対零度の世界で鏡など意味を為さぬ。私が貴様をしとめるか、貴様が冷気に凍り付くか試して見るとよい」


 バオウが咆哮する。圧倒的魔力を放出してもともとの刀とは別に3つの手に氷の刃を作る。4つの手に4本の刀を手にした巨大な化け物。それがバオウの姿だった。


 四刀を持って彼は躍動した。


「がぁあああ!!!」


 暴風のように刀を振り回す。それは一撃一撃が必殺。その余波で氷の斬撃が四方に飛ぶ。マリカたちは次々に形を壊されて鏡は崩れていく。その間にも温度は下がっていく。


 雪が降り積もる。冷えた空気が音を奪っていく。


「どうした!」


 斬られた『マリカ』は笑っていた。


「鏡はすべてを映し出す」

「意味の分からぬことをっ!!!」


 『マリカ』を切り飛ばす。鏡が割れる。


「あなたの作った世界すら、私は映すことができる」

「な、に」


 バオウは止まった。雪が降り注ぐ無音の世界。すでに極限まで冷えた世界。彼以外に動くものがいるはずがないはずだった。見れば門は限界まで開きつつある。


 バオウは雪の中を歩く。


「ここは……どこだ?」


☆☆


 公園の中の闇が晴れていく。


 月夜の中、紫の髪を夜風になびかせる少女が一人たたずんでいる。その手には小さな鏡が指に挟まれていた。その鏡の向こうに映るのは氷の世界。バオウの作った魔力の世界を映していた。


「私の鏡はすべてを映す。空間を鏡の中に閉じ込めるのが私の力……」


 ふふとマリカは笑う。この鏡を割れば中の世界も壊れる。


「…………」


 マリカは笑みを浮かべたまま、ハンカチを出して鏡を丁寧に包んだ。割ったら大変である。


「これ、どうしよ」


 ハンカチを持ってマリカは途方に暮れた。解放したらまずいのはわかる。バオウも自分の世界で死ぬことはないだろう。今解放したらさすがに大技を使った後だから戦うのはきつい。


 マリカはしばらく考えた。


 とりあえず帰り道にコンビニでおにぎりやお茶を買って鏡の中に放り込んだ。


 これが地獄の始まりだった。


 人間は3食食べる。


 怪人も3食食べる。


 マリカは毎日3食を買って鏡の中に放り込んだ。その出費はかなり大きい。瞬く間にアルバイト代と小遣いは消えていく。たまに話し合いを試してみようとすると鏡の底から『ゆ……るさぬ』という声がしたのでやめた。


 妙に人のいいマリカは暇にならないように漫画やら雑誌やらを部屋から鏡の中へ放り投げた。


「ぐ、ぐ、ど、どうしてこんなごとに」


 からっぽの財布と部屋からかなりのものが消えている中でマリカは机に突っ伏して泣いたりした。


 これが『鏡の魔法使いマリカ』の奥義であるワールドエンド『クローズド・ミラー・ワールド』だった。この技で倒された正義のヒーローはいないが、今ここに魔の四天王の一人を打倒した。


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