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悪とはなにか

「は?」


 みかんは目の前のオッドアイの少女の言ったことがすぐには頭に入ってこなかった。今、レオはみかんに明確に裏切りの意思を伝えたのだ。周りの喧騒が遠くに感じる不思議な感覚にみかんは陥った。


「な、何を言っているの?」


 なにかの感情よりも先に疑問が口を突いて出た。レオはカフェラテをゆっくりと口に含んで、とても悪い顔で笑った。


「言葉の通りにゃ。みかんもザングルゴール皇帝よりも正義に……いや、スーパー・ジャスティス・ファイブと一緒になるのにゃ」


 ネコ科のような鋭い目つき、小さく開けた赤い口。レオの愛らしい姿は向かい合うみかんには不気味にすら映った。彼女ははっとする。


「そ、そんなことできるわけない。私は『悪』なのよ」

「いまさらにゃ気もするけど」

「なんで……私、善いことしたことない」


 自身を悪として主張するみかんにレオは言った。


「くくく」

「何がおかしいの?」

「いやー。自分の立場が分かってないなって」

「なんの……話よ」

「僕はスーパー・ジャスティス・レッドに告白するって……いったよね?」

「それが……どうしたのよ」


 にやぁとレオは笑って片手を口元に添えてこそこそと話す。


「く」

「ろ」

「の」

「た」

「い」

「よ」

「う」


 一文字ずつ吐息の漏れるような甘い声音で語るレオにみかんははっとした。


 スーパー・ジャスティス・レッドとの好意とみかんがぶち壊したザングルゴールの『黒の太陽』はお互いになし崩し的に秘密協定になっていた。しかし、レオが好意に目覚めて向き合った今はその効力がなくなっていた。


 そして善いことをしたことがないといったみかんだが世界を救ったことがあった。それこそ『黒の太陽』をうっかり壊したことだ。


 それでも、みかんは努めて冷静に言った。


「……私を脅してただで済むと思っているの?」

「おもうにゃ~。だからこんなに人の多い場所にきたから」


 大型ショッピングモールのカフェ。そこには大勢の客がいた。


「ここで変身して『魔法天使マリカ』になれるかにゃ?」

「て、天使じゃないし!」

「いや、まあそこはどうでもいいだけど」


 キョトンとした顔をしてからけらけら笑うレオ。裏切りを告白したところで人の多い中ではみかんは変身をしないという冷静な計算が合った。魔の四天王『幻惑のシャドウ』はすべてを計算していた。


「要するに、みかんはもう詰んでるにゃ。さ? 正義に堕ちるにゃ」


 両手を広げてレオは足を組んだ。ぺろりと唇をなめて笑った。


「く……ううう」

「そもそももう一つ重大な話があるにゃ」

「これ以上に何があるのよ」

「話というか、ザングルゴール皇帝には付き従う理由はないってことにゃ」

「何を、あの人は私に全権を与えてくれたのよ」


 そのためにいろいろと彼女なりに努力をしてきた。


「でも、給料出ないにゃ」


 みかんは立ち上がって、レオを指さして口を開けて何かを言おうとした。


「………………! ………っ……!」


 何かを言おうとした、みかんの眼が泳いでいる。


「……! ………っ……………!」


 必死だった。何か言いたい。だがレオの完璧な論理に穴はなかった。


 給料が出ない。


 ザングルゴールよりもパン屋のバイトのほうがお金くれる。非常な現実だった。みかんは椅子に座って掌を組んで弱弱しく言った。


「で、でも、宮殿の紅茶とかは飲み放題だし……お菓子もあるし……」


 必死に探した言葉を紡ぐ。みかんの様子にレオは言った。


「もう、あきらめるにゃ。そもそもの話……。みかんは悪に向いてないよ」

「そんな……馬鹿な……」


 みかんは首を振った。彼女は胸に手を当てて反論する。


「私は……『鏡の魔法使いマリカ』は。悪なのよ。人々の悪を映す鏡なの」

「……」


 哀れなものを見るような眼を一瞬レオはした。だがすぐに優しい顔つきになった。


「…………魔法天使は悪を映せないにゃ」

「……ま、魔法天使じゃ……ないもん……」


 自分はかっこいい悪のクールな魔法使いなのだという自認。それをことごとく裏切る世界。みかんは悔しさと給料の出ない現実のはざまで揺れ動ていた。しかし、魔法天使として活動するのは嫌だった。


 みかんはうううと唇をかんでから立ち上がった。レオを涙目で睨みつけた。だが何も言えず、そして逃げるように背を向けた。


「待つにゃ、みかん……!」


 声が遠くなっていく。カフェを出てショッピングモールの中を走って外に出るために走った。


☆


 夕方の帰り道。みかんはとぼとぼと家路についた。


「私は……悪の魔法使い」


 寂しく言う。彼女からすればいまさら悪の帝国から鞍替えをしたくはなかった。ただ、実際に給料が出ないということだけが頭に残っていた。


「おかねの、ために、やっているんじゃないもん」


 そう言って顔を上げる。


「そうよ。私、別にお金のためにやっているわけじゃない。人々の悪の心を映す。悪の魔法使いが私。私は……正義になれない」


 ここ数か月の間に彼女に救われた人間はおそらく数千万人は超えるだろう。


 ただ、本人の自認はこの形だった。見方を変えれば彼女は知らず知らずのうちにスーパー・ジャスティス・ファイブよりも数百倍の正義の行為をほとんど誰も傷つけずに行っていた。


 ただ生きているだけで人々を救う存在であることに本人は全然気が付いてなかった。


 ――だが。例外は存在する。


 スマートフォンが鳴った。電話だった。みかんは「ん?」とスマートフォンを取り出す。Rhine電話ですらない。女子高生のみかんは電話をそのまま使うことは少ないので慣れてなくて慌てた。


「もしかしてレオ?」


 そう思ったが電話番号だけが画面に映っている。彼女は電話を取る。


「はい?」

『……マリカか』


 男の声だった。みかんは自分のことを『マリカ』といった相手を警戒した。


「誰?」

『私は……バオウだ』

「バオウ……!」


 魔の四天王が一人『閃光のバオウ』。かつてダムを崩壊させて街をつぶす作戦を立てたところ私利私欲によってみかんに通報された男だった。


『今、私はゴミ捨て場の前にいる、貴様が私を捨てた警察署の前にな』

「……! なななななんのこと?」

『今からいく……』


 そして電話が切れた。


 みかんは冷や汗が噴き出てきた。通報したことがばれた可能性がある。


「釈放されたの?!」


 夕日が世界をオレンジに染めていく。みかんがしばらくそこにいるとまた電話がかかってきた。


『私だ……バオウだ。今貴様の家の近くにいる』

「わ、私は今家にいないよ!?」


 それだけで切れた。


 怖い。


 電話とかかけてくる男の人とか怖いし、なぜか近づいてくるバオウ自体も怖かった。みかんは走って近くの公園に逃げ込んだ。少し広い公園の中で彼女はほっと一息ついた。さすがにここにいることはばれないだろう。


 携帯が鳴った。


 どくんと胸が音を鳴らした。


 みかんは画面を見るとさっきと同じ番号が表示されていた。彼女ははあはあといつの間にか荒くなった息のまま電話に出た。


『私だ、バオウだ』


『今』


『お前の後ろにいる』


 みかんは背筋が冷えた。ゆっくりと振り返る。


 空は暗くなってく。


 闇の中にたたずむ一人の男は刀を持っている。


 目から血涙を流す、男が立っていた。


「み……つ……けたぞ……」

「ひ、ひえっ」


 素で悲鳴が出た。

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