第7話:地面陥没と偶然の勝利。誰も信じない『運が良かっただけ』の弁解
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鬱蒼と茂る「嘆きの森」の奥深く、ついに目の前に姿を現した凶悪な暴れ魔獣。
逃げ場なし、絶体絶命のピンチの中で、ザックの「3回目」の指パッチンが炸裂する――!
第7話「地面陥没と偶然の勝利。誰も信じない『運が良かっただけ』の弁解」、どうぞお楽しみください!
「ブゴアアアアアアアアアアッ――!!!」
耳をつんざくような狂乱の咆哮とともに、鬱蒼とした木々の合間から姿を現したのは、噂に違わぬ巨大な魔獣だった。
二足歩行の巨体は優に三メートルを超え、全身を覆う漆黒の甲殻はまるで鋼鉄のように鈍い光を放っている。その口元からは鋭く曲がった巨大な牙が剥き出しになり、地面を踏み鳴らすたびに、ガタガタと周囲の木々が揺れるほどの凄まじい衝撃波が巻き起こった。
「ひっ……! で、でかい……! あんなの、絶対に関節をへし折っても生き返るタイプの怪物だろ!」
ジャックは腰を抜かしそうになりながら、大剣を地面に突き立ててかろうじてその場で踏みとどまっていた。恐怖のあまり顔面は蒼白を通り越して真っ青である。しかし、なぜか魔獣が突進してくる軌道だけは、奇跡的なまでのステップ(ただのビビりによる足の痙攣とも言う)で完璧にひらりと躱し続けていた。
「おい、ジャック! 意味不明なステップで避けてないで、なんかこう、威厳のある言葉で威圧しろよ!」
「無理だ! 相手は税金も払わない野生の肉塊だぞ! 話し合いが通じる相手じゃない!」
ミランが冷や汗を拭いながら絶叫する。その手には、道端で拾ったただの硬い枝が握りしめられている。武器としての役目は絶望的に果たせそうもない。
「――二人とも、うるさいぞ!」
その混乱の中心で、ザックだけはなぜか妙に落ち着いていた。もっとも、彼の頭の中も大パニックを起こしていたのだが、極限状態を通り越して変なハイテンションに突入していたのだ。
ザックは震える両手を魔獣の巨体にまっすぐ向けた。
「ええと! さっきのが1回目で、その次の空振りが2回目……ってことは、今度こそ、今度こそ頼むからまともに出てくれよ俺の魔力……っ!」
ザックがヤケクソの気合を込め、渾身の力を振り絞って指を鳴らした。
――パチンッ!!
その瞬間。
世界の音が、一瞬だけスローモーションになった。
ザックの指先から放たれたのは、これまでのどんな魔法よりも眩い、青白く鋭利な光の奔流だった。だが、その魔法は魔獣の硬い甲殻を直撃したわけではない。なんと、魔獣がまさに踏み込もうとしたその足元の地面に、吸い込まれるように着弾したのだ。
ズズズズズ……ッ!!
「「「……え?」」」
次の瞬間、音にならないほどの重低音が響き渡り、魔獣の足元を中心に、直径十メートルにも及ぶ円形の地面が、まるで底の抜けたタライのように真下にゴッソリと陥没した。
地盤自体が丸ごと崩れ落ちたのである。
「ブゴッ……!? グエッ……!?」
巨体を誇っていた暴れ魔獣は、突然の足場の消失にまったく対応できず、目を見開いたままマヌケな声を上げてそのまま奈落の底――巨大な落とし穴の底へと真っ逆様に墜落していった。
ドスン!!! という地響きとともに、深い穴の底から聞こえてきたのは、魔獣の悲痛な「キュウ……」という情けない鳴き声だった。
完全に身動きが取れなくなり、ただ手足をバタバタさせるだけで、自慢の突進も鋼鉄の甲殻も全く意味をなさなくなっている。
「「「…………」」」
あたりに、深い、それはもう底知れない沈黙が訪れた。
木々のざわめきすら止まったかのような静寂の中、三人はポカンと口を開けたまま、目の前の巨大な大穴と、その底でピクピクと痙攣している魔獣を見下ろしていた。
しばらくの空白の後、ミランがカクカクとロボットのような動きで首を回し、隣のザックを見た。
「……なぁ、ザック」
「うん?」
「お前のいまの魔法、魔獣に当てる気あったか?」
「いや、完全に狙いは外れて足元をかすめただけだよ。なんなら、『あ、やべ、外した』って思ったもん」
「だよな。なのに、なんでピンポイントで相手の足元の地面だけが綺麗に陥没して、綺麗に穴にハマるんだよ!」
「さあ……? 運が良かった……のかな?」
ザックは頭をポリポリとかきながら、呑気にヘラヘラと笑ってみせた。
「運が良かったとかいうレベルじゃねぇだろ! 地盤改良のプロでもそんなピンポイントな工事できねぇよ!」
ミランが頭を抱えて崩れ落ちる。
その隣で、ジャックはすっと立ち上がり、いつの間にかすっかり取り戻した「元貴族モード」の顔で、フンと鼻を鳴らした。
「ふっ……愚問だな、ミラン。これは我がパーティの高度な戦術だ。あえて直接攻撃せず、地形を利用して敵の戦闘意欲を削ぎ、無傷で無力化する……これぞ最高の戦術的勝利というやつさ」
「お前、さっきまでチビりそうになってただろ!」
「フッ、過去のことは忘れる主義でね」
そうこうしているうちに、嘆きの森の外れから、治安維持のために遠巻きに様子を伺っていたロンドールの衛兵たちや、心配で様子を見に来た村人たちがどやどやと駆けつけてきた。
彼らが目撃したのは、巨大な魔獣が深さ十メートルの穴の底で無様に気絶している姿と、その縁で何食わぬ顔で涼しい顔をしている三人の若者の姿だった。
「な……っ!? 信じられない……!」
先頭にいた衛兵隊長が、目玉が飛び出るほどの勢いで目を見開き、膝から崩れ落ちた。
「あの、ロンドール最強の厄災と呼ばれ、数多の歴戦の冒険者たちをも返り討ちにしてきた『嘆きの森の暴れ魔獣』が……一撃で、一滴の血も流すことなく、完璧な落とし穴の罠にハメられているだと……!?」
「え? いや、あの、これはですね……」
ミランが慌てて手をブンブンと振り、「たまたま地面が脆くてですね、運良く落ちたというか……」と言い訳を始めようとした。しかし、その必死な弁解は、興奮した衛兵隊長の耳にはまったく届かなかった。
「謙遜なさるな!!」
衛兵隊長は感極まった表情で、ミランの手を両手で力強く握りしめた。
「『直接刃を交えずとも、大自然の地形そのものを魔力で操り、一瞬にして敵を無力化する』……これほどまでの神技、我がロンドールの歴史において聞いたことがありません! あなた方は、ただの冒険者などではない……真の『英雄』だ!!」
周りに集まってきた街の住人たちや商人たちからも、割れんばかりの大歓声と拍手が沸き起こった。
「すげぇぞ! 魔獣を一歩も近づけずに穴に落としたぞ!」
「神業だ! あの化け物がまるで小動物のようだった!」
「万歳! 英雄様万歳!!」
「「「…………」」」
三人は、再び完全に言葉を失っていた。
何を言っても、どんなに「運が良かっただけです! 実力じゃないです!」と真実を叫んでも、周囲の人間は勝手に「謙虚で奥ゆかしい真の英雄たちの美談」に脳内変換してしまうのである。もはや誰も彼らの弁解を信じないどころか、聞こうともしなかった。
「……なぁ、ミラン」
ザックが小声で呟いた。
「俺たち、そろそろ詐欺罪で処刑されるどころか、別の意味で神様として祀り上げられそうなんだけど」
「もう諦めろ、ザック。こうなったら、俺たちは死ぬまで『圧倒的な知略と強運を持つ伝説の英雄』を演じ切るしかないんだよ……!」
ミランは遠い目をしながら、青空の彼方を見つめた。
ジャックはいつの間にか民衆の声援にこたえて優雅に手を振る練習を始めている。
こうして、魔獣討伐という名の「ただの運任せの落とし穴事件」は、彼らをさらに神格化させる結果となったのだった。
彼らの自覚のないままの快進撃(?)は、まだまだ止まらない。
第7話をお読みいただき、ありがとうございました!
嘆きの森の暴れ魔獣に対し、ザックの「3回目の暴走魔法」が見事に地面を陥没させ、まさかの落とし穴作戦で大勝利を収めてしまったミランたち。
本人たちの必死の弁解はすべて「謙虚な英雄の美談」として片付けられ、ますます神格化の階段を駆け上がっていきます。
次回、第8話「街の酒場でのひとコマ。じわじわと高まる周囲からの期待」へ続きます!




