観星卿団
ゼルは、約束通り、金を取らずに来た。
半年ぶりだった。
少し痩せていた。
「北へ行ってきました」
彼は、座るなり言った。
「――半年もか」
「時間がかかりました」
ゼルは椀を受け取った。
「カドリの店を焼いた連中を、追っていたので」
◇
「先に結論を申し上げます」
彼は言った。
「二組、います」
俺は頷いた。
「知ってます」
「ええ。ですが、私が知りたかったのは、そこじゃない」
ゼルは指を二本立てた。
「二組が、仲が悪いのか、良いのか」
「――どちらでした」
「悪い」
彼は言った。
「ひどく悪い」
◇
「まず、丁寧なほう」
ゼルは一本目を折った。
「あれは、組織の名前が分かりました」
俺は椀を置いた。
「――何と」
「観星卿団」
彼は言った。
「かんせいきょうだん、と読みます」
俺は、その音を頭の中で繰り返した。
観星。
星を観る。
「星ですか」
「星です」
ゼルは頷いた。
「元は、星を読む一族の集まりだったそうです。暦を作り、方位を出し、季節を告げる。……そういう仕事の家々が、集まってできた」
「いつの話です」
「三百年以上前」
彼は言った。
「今は、そんな仕事はしていません。……表向きは、古い遺物の調査です」
◇
「なぜ、名が分かったんです」
「口を割った男がいました」
ゼルは、そこで少し言葉を選んだ。
「――割らせた、と言うべきかもしれません」
俺は、それ以上訊かなかった。
「その男が言うには、目的は一つだけだそうです」
「なんです」
「王家が管理していた『何か』の回収」
ゼルは言った。
「血ではないんです」
「――血ではない」
「ええ。私も驚きました」
彼は身を乗り出した。
「あの連中は、王家の生き残りを探していた。ですが、殺すためでも、担ぐためでもない」
「では、何のために」
「鍵だからです」
◇
俺は、椀を握った。
「鍵」
「その男は、そう言いました」
ゼルは言った。
「『あの家の者でなければ、扉が開かない』と」
部屋が、静かになった。
マリが、俺のほうを見た。
俺は、顔に出さないようにした。
出さないようにしたが、たぶん出ていた。
「――ハルトさん」
ゼルが言った。
「心当たりが、おありのようだ」
「……ない」
「そうですか」
彼は追及しなかった。
追及せずに、続けた。
「もう一つ、その男が言いました」
「なんです」
「『我々は待った。三百年待った。あと二年だ』と」
◇
俺は、椀を落としかけた。
――二年。
「二年、と言ったのか」
「言いました」
ゼルは頷いた。
「意味は分かりません。私には、何のことやら」
彼は肩をすくめた。
「ですが、あんたには分かるようだ」
俺は答えなかった。
答えられなかった。
――二年二月。
三つの星が重なる日。
俺たちが、星表から計算して出した日。
あの連中は、それを知っている。
――当たり前だ。
俺は、そこで気づいた。
観星卿団。
星を観る一族の集まり。
――向こうは、星読みの本職だ。
俺が二日かけて間違えた計算を、あちらは何百年も前から続けている。
◇
「もう一組は」
俺は訊いた。
声が、少し掠れていた。
「そちらが厄介です」
ゼルは言った。
「名前がない。組織かどうかも分からない」
「――丁寧じゃないほうか」
「ええ」
彼は指を折った。
「カドリの店を焼いたのは、そちらです。……観星卿団ではない」
「確かなんですか」
「確かです」
ゼルは言った。
「観星卿団の男が、それを憎んでいました」
彼は、少し声を落とした。
「口を割らせた時、私はカドリの話を出しました。すると、その男が言ったんです」
ゼルは、言葉を選んだ。
「――『あれのせいで、我々の三百年が台無しになる』と」
◇
俺は、その言葉を飲み込んだ。
――同士討ちか。
いや、違う。
観星卿団は、集める。
もう一組は、集めたものを焼いて奪う。
「――横取りしてるのか」
「そう見えます」
ゼルは頷いた。
「観星卿団が三百年かけて探してきたものを、誰かが横から掠め取ってる」
彼は椀を置いた。
「そして、掠め取ってる側は、人を焼く」
◇
ゼルが帰った後、俺とマリは、しばらく黙っていた。
やがて、彼女が言った。
「ハルト」
「なんだ」
「にじゅうよねんまえ」
「――ああ」
「おとうさん、やいたの」
彼女は、はっきり言った。
「そっち、じゃない?」
俺は、頷いた。
頷くしかなかった。
――丁寧なほうは、遅れて来た。
あの男は、そう言った。
我々が村に着いた時には、家はもう焼けていた、と。
あれは、嘘ではなかったのかもしれない。
「マリ」
「うん」
「――俺は、今まで、追ってくる連中を一つだと思ってた」
俺は言った。
「一つなら、逃げるか、戦うかだ」
「ふたつ、なら」
「二つなら」
俺は、そこで言葉を切った。
切ってから、続けた。
「――片方と、話ができるかもしれん」
◇
言ってから、俺は自分の言葉を疑った。
――本当にそうか。
二つに割れているからといって、片方が味方とは限らない。
俺は野帳を開いて、分かっていることを書き出した。
丁寧なほう。名は観星卿団。三百年待っている。集める。焼かない。
丁寧でないほう。名は不明。焼く。奪う。
――どちらも、俺を欲しがっている。
欲しがる理由が、たぶん同じだ。
「マリ」
「うん」
「片方と話す、と言ったが」
「うん」
「――取り消す」
彼女が顔を上げた。
「まだ足りん」
俺は言った。
「話すかどうかを決めるには、あと二つ知らないといけない」
俺は指を折った。
「一つ。連中が開けようとしてる扉が、どこにあるか」
「うん」
「二つ。開けたら、何が起きるか」
俺は野帳を閉じた。
「それを知らずに話せば、こっちが使われるだけだ」
マリは、しばらく考えて、頷いた。
「はかってから、きめる」
「そうだ」
「ハルトの、しごと」
「――そうだな」
俺は、少し笑った。
「その台詞、気に入ってるな」
「きにいってる」
彼女はあっさり言った。
「わたし、いちばん、すきな、ことば」
◇
その夜、俺は狐を出して、もう一度腹を開けた。
――三百年、あの連中は待っている。
俺の家は、百年測っている。
どちらも、意味を知らない。
俺は、細い管の一本に指を当てた。
この管の中を、何かが通るはずだ。
通らないのは、通すものが足りないからだ。
――部品じゃないかもしれん。
ふと、そう思った。
足りないのは、物ではなく、力かもしれない。
カランの床の上で、板は光った。狐は光らなかった。
板は、中に力を溜められる作りだった。マリがそう言っていた。まんたん、から、へる、と。
狐は、溜められないのかもしれない。
――なら、床の上に置き続ければどうだ。
俺は、その思いつきを野帳に書いた。
書いて、日付を入れた。
試すには、カランまで三日かかる。
今は、行けない。




