9、大事な話
「さあ、もう、安心して!
マリアちゃんは、もう、寝ましょうね!
お姉ちゃんは、王子様と大事なお話があるから…」
マリアはベッドに上がり毛布にくるまった。
「はい!おやすみなさい!
王子さま…姫お姉ちゃん!」
「ふふふっ!
おやすみなさい!」
「あっ、そうだ!
森に、帰る時は、起こしてね!
姫お姉ちゃんのこと、お見送りしたいの!」
「うん!ありがとう!
絶対、起こすよ!
だから、もう、寝ましょうね!」
姫は毛布を軽くトントンしてあげた。
「はい!おやすみなさい!」
「おやすみ」
ロメヲとジュリエッタは床に座り対峙していた。
「姫…大事な…」
「ジュリエッタと呼んで下さい!」
「わかりました。
では、私の事も、ロメヲとお呼び下さい!」
「はい!」
「…で、その話なのですが…
実は、ここに
役人の使いが参る事になりそうなのです。」
「えっ!なぜ⁈ 」
「昨日の午後、この付近で、少女が
輩に絡まれていたと言う情報が
城の関係者から伝わって来たのです。
他方からの祭りの見物客は、皆
関門を通らねばなりません。
そこでは
住所や名前や、特徴が細かく書類に書かれるのです。
しかし、その少女に該当する書類は
なかったとの事なのです。
その情報は私にも、すぐ伝わってきました、
その話から、その少女の特徴を聞いた時に
私は、ハッとなったのです。
ジュリエッタ!あなたに間違いないと…
銀の長いゆる髪に、つぶらな瞳、杏のような唇
そして、仕立ての良い馬乗衣。
全てが、あなたの姿を、思い起こさせた。
しかし、それが、大変な事なのです。
関門の書類にない者が侵入していれば
捜索され捕えられ尋問をうけます。
ただの尋問では、ありません!
時には、拷問さへやりかねぬのです!
もし、そのような事になって
あなたが、森の民…しかも、そこの姫とわかれば…
生きて、森へ帰る事は、叶わぬでしょう…」
「ど、どうすればよいのでしょう!
わたくしは…」
「だから、私が、こうして、来たのです!
今すぐ、ここを出て、森へ、帰りましょう!
城まで送ります!」
「いえ!まだ、それは、できません!」
「なぜに⁈ 」
「夜の森は魔物や餓鬼が徘徊しておるのです!
ロメヲ様の乗馬の腕をしても
駆け抜ける事は困難かと…
申し訳ありません!失礼な事を申して…」
「いえそれは…
しかし、魔物ですか…
そのような者が、森に…」
「はい…それで
私達は、夜は出歩くことはないのです。
祭りも、昼間しか、できないのです…」
「それは…なんと、申し訳なき事を…」
王子は突然、床に両手を付き、姫に謝罪した。
この生涯で。初めての土下座だった。
「な、なんと言う事をなされます!
王子様たる者が…
そのような事をなされては、なりませぬ!」
「いえ、謝らせてください!
ご先祖様の罪を!
森の民にしでかした悪行を!蛮行を…
先祖のかわりにぃ!
申し訳ありませんでしたぁ!
闇討ちなどと言う、卑劣な真似をしまして…
申し訳……ありません……でした…」
王子は床に伏して泣いていた。
姫は、その背中に縋り付いて泣いた。
マリアは、毛布にくるまり泣いていた。
パン屋のオヤジは寝付けず
パン粉をこねながら泣いていた。
二人で、散々泣きはらし、泣き疲れて
最後は、姫が王子を膝枕して
その髪を優しく撫でた。
「明日の朝、夜明け前に、ここを出よう…
境界線で待機して、夜明けとともに森へ入る。
そして、一気に、城まで送り届けるから…」
「いえ!それでは、ロメヲ様の身が危ういのでは…」
「心配なさるな!
私の事は、どうとでもなる!
だから、送らせて下さい!
私に、その役目を仰せつけ下さい!」
「仰せつけるなどと、もったいない言葉!
わたくしの方が、お願いします!
どうぞ、お送りくださいませ!」
「承知しました。」
「そこは、了解!
…で、よろしいのでは…」
「では、了解!」
「フフフッ!」
「ハハハッ!」
「今から、もう寝る時間はさほどありませんけど
少し、冷えてまいりました。
ここに毛布がありますので
どうぞ、くるまって下さい。」
姫は膝枕をしたまま王子の体に毛布を掛けてあげた。
すると…
「姫も、ご一緒に…」
王子が、姫を抱き寄せた。
「えっ…」
王子に抱きしめられ毛布にくるまった。
目の前に瞳が…唇があった。
お互いの吐息を、吸い合う距離だ。
「温かいね!」
「いえ、熱いです!
恥ずかしく、燃えて消えてなくなりそうです…」
「じゃあ、そうならないように
しっかりつかまって…」
そう言われて、姫は王子の、胸に添えていた腕を
背中に回してギュッと抱きついた。
その瞬間、唇が重なった。
窓際のキスよりも、熱く濃厚なキッスだった。
姫から寄せた唇だった。
自然にそうなった。
しかし、それは、どちらからでも、よかった。
どうせ、そうなる運命だったのだから…
そうならなければ、終わらなかったのだ。
この二人の戯れは…
衣を脱ぐ音がした。
声を殺して、愛しあった。
すぐ、そばに、幼き子が、いたのだ。
しかし、それも、日常か…
狭い住処なら…
それが、当たり前なのだ。
人とひとが…
男とおんなが、愛し合うことは
当たり前で、普通のことなのだ。
夜が少しばかり白み始めた。
小窓からは、三日月が、まだ、見えている。
しかし、朝焼けが水平線を染める前に
ここを発たねば!
朝一、役人の使いの警護隊が数人程、訪れるだろう。
彼らは、まだ
少女が森の民の姫と言う事実は知らないのだから
それほど緊急性を感じてはいまい。
その、ギリギリの夜のしじまを掻い潜り
見事、脱出するのだ。
「ジュリエッタ…
そろそろ、参りましょうか!」
「はい!では、マリアちゃんを起こします!
お別れを…」
姫が、ベッドに向かうと
背中を向けていたマリアが
寝返りを打ったかと思うと、いきなり起きあがった。
「お姉ちゃん!
姫お姉ちゃん…」
「あらっ…起きてたの…」
「うん!少し寝たけど…
あまり、眠れなかった。」
「そうごめんね!
お話、うるさくて、寝られなかったね!」
「ううん!違うの…
姫お姉ちゃんと、お別れするのが寂しったの!
だから…」
「そっか!ありがとう!
マリア…来て…」
姫が床に座ったまま、両手を広げた。
その胸にマリアが飛び込んだ。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!
姫お姉ちゃーん!
大好き!お姉ちゃん!大好きーっ!」
エーーーンッ!」
「ありがとう!ありがとう!マリア!
私も大好きだよ!
また、会おうね!
いつか、会おうね!
うううっ…」
抱き合って泣く二人を王子はニッコリ見ていた。
マリアが先にハシゴを降りた。
次に姫が続き、店主にお礼を言い事情を説明してから
王子が最後に降りてくる。段取りだ。
厨房に向かうと
店主は、寝ずにパンを焼いていた。
「お父ちゃん!お姉ちゃん…帰るって!」
「姫お姉ちゃんだろ!」
「まっ!聞こえていましたか?」
「ああ、こんな、荒屋ですよ!
隙間風も入れば、物音も筒抜けですよ!」
「えっ!そ…それでは、あの声も…」
姫は、頬が真っ赤になり、顔を手の平でかくし
マリアの方を見たのだが、なぜか…
マリアも真っ赤な顔をしてモジモジしている。
「えっ!マリアちゃんも聞こえてたの!」
「ううん!全然!何も!何も、聞こえてないよ!」
マリアは、あわてて、両手を振って否定したが
さっき、眠れなかったと、言っていたばかりだ。
「ハァ…今さら、しょうがありませんわ!
もう、嵐は、通り過ぎたのですから…」
「嵐か…」
「はい!嵐です!お騒がせしました!」
「では、王子の事も、もう、ご存知ですわね!」
「はい!驚きましたよ!
でも、色々、訳ありのようなんで
余計な詮索はしませんし…
勿論、他言などしませんよ!
その点は、ご安心ください!」
「ロメヲ様!…と、言う事です。
全部、聞こえてらしたでしょ!」
姫は天井裏の王子に声を掛けた。
「ああ、筒抜けだった!」
王子が四角穴から顔を出してそう言ったが
姫は、筒抜けと言う言葉に過剰に反応した。
「もーっ!ロメヲ様が、あんな事をなさるから
こんな、恥ずかしい目に!」
「姫が、先にキッスをされたのでしょう!」
「だから、私は、キッスがしたかっただけです!
それなのに、ロメヲ様ったら
あんな事をなさって!」
「でも、姫も喜んでおいでだったじゃないですか!」
「えーっ!わたくしが、いつ、喜びましたか!
嘘をおっしゃらないでください!
決して、喜んでなどいませんっ!」
「まぁ、まぁ、そのくらいで…
要するに、お二人は、契りを結んだ訳ですな!」
「契り?」
姫の知らない言葉が、また出てきた。
「そうです!
愛の誓いですよ!約束!
二人の愛する思いを確認し合ったのですよ!
相手の事を想う気持ちが本物なら
それは、契りと、なるのです。
そんな風に、思えなかったのならば…
それは、ただの肉欲と、呼ばれるもの。
欲望の代償でしかありません。
お二人は…」
「契りよ!契りに違いないわ!
それ以外の、何ものでもないわ!
ねっ!そうでしょ!
ロメヲ様!」
「ああ、もちろん!
あれこそが、契りだ!
姫の歓喜の声が今も耳に残っている!」
王子の、その言葉を聞いて治りかけていた機嫌が…
姫の怒りが、とうとう爆発した。
「もう、よろしいです!
王子は、そこから、降りてこないで!
わたくし一人で帰りますから…」
「いや…ジュリエッタ!少し、ふざけただけだ!
申し訳ない!許してくれ!」
「この非常事態におふざけですって…
そのようなものは、無用です!」
「あ、ああ…そうだな!どうか、許しておくれ!
ジュリエッタ!」
「いやはや…姫さま!
もう、その辺で、許してやりなされ
私は、何も、聞こえてませんでしたしな!」
店主が苦笑いしながら言った。
「気休めは、いりません!
今、お二人とも、筒抜けとおっしゃったばかりです!
もーっ!いいです!許します!
とにかく、ロメヲ様、早く降りてらして!」
「ああ!良かった!」
そう言いながら、王子がハシゴを降りてきた。
「店主!突然、忍び込んで、申し訳なかった。
緊急を要する事態だったのだ。
本当に申し訳なかった。
それに、私の愛しい人を守ってくれて
ありがとうございました。
感謝します。」
「いえ!とんでもありません!
頭を上げてくだされ!
こちらが、困ります!
どうして、いいのやら…とにかく…
人として、当たり前の事をしただけです。
それだけです。
しかし、それにしても、堂々と、店先から
入られたらよろしかったのに
玄関ドアを私どもが起きるまで
叩いてくれてよろしかったのですよ!」
「いや、まだ、カーニバルに浮かれた酔っ払い共が
徘徊していたのですよ!
そのもの共が物音を聞いて何事かと集まってきたら
厄介だと、そのように思ったのです。」
「そうでしたか…
それなら、その方が、よろしかったですな
こうして、お二人がお会いできたし
こちらも、嬉しいですよ!」
「でも、店主さん!私は森の民なのですよ!
それなのに…なぜっ!
そのように優しくしてくださるのですか?
気にかけて下さるのですか?」
「ワシらには、森も街もありませんよ!
できたら、森に行きたいくらいです。
まぁ、それは、叶いませんけど…
お上が始めた戦争でワシらは、森も街も
行き来ができなくなった。
離れ離れになった家族、親類もいるのですよ!
それなのに、戦をせねばならない時もあった。
親しい者同士が…
なぜ、殺し合いをせねばならぬのですか?
ワシとて、こうしてパン屋のオヤジをやっとりますが
いざとなったら、戦さに、駆り出されるのですよ!
この、幼子をおいて、前線に向かわなくては
ならないのですよ!
それも、これも、この子の為…
愛するものを守る為…
その為に、敵の中にいる….
愛する人とも、戦わねばならぬのです。
こんな、矛盾がありますか?
私が戦死したら、マリアは、どうなるのですか?
こんな、不条理が、無慈悲が‥
まかり通っているのです…
うううっ…
ハッ!これは、とんだご無礼を!
申し訳ございません!
王子様!どうか!どうか!お許しを…」
店主は床にひれ伏し、許しを乞うた。
「店主、お立ちくだされ…
謝るのは、こちらの方です。
私も、ほとほと、嫌気がさして、おるのですよ!
あの、戦さも、その戦法も、森の民に対する仕打ちも
そして、我が、この街国の民衆に対する仕打ちも…
戦さが、何も生まぬのは、誰もが、知っている
周知の事実。
人も物も、そして、命を、その根源を
全て奪い去るのが、戦さなのです!
その事が、わかっていながら…
うううっ…」
王子は泣きながら、店主の腕を引き立ち上がらせた。
そして、その手の平を強く握った。
「いや、これは、いけません!
こんな事は…」
店主が手を引こうとしたが
王子は、それを、許さなかった。
「ああ…王子…
あなたなら、きっと、どうにかしてくれる…
この街を…街国を…この世を…
きっと、良くしてくれると信じております!」
王子はその手握ったまま、無言で大きくうなずいた。
続く




