10、幽閉された姫
「馬の音だ!」
王子は黒馬を木陰に停めた。
「確かに!聞こえます!」
「隊を編成しているな。
こちらに、真っ直ぐ、向かっている。
小隊では、ない!
全隊編成だ。大隊で捜索に当たっているのだな。
こちらは、大きく迂回するしか、なさそうだ。
さあ、急ごう!」
「待ってください!ロメヲ様!
わたくしは、ここで、馬を降ります。」
「えっ!どうなされた!
この馬なら、ひとっ飛び!
すぐに、城に送り届けられます!」
「いえ、大隊が、横に広がれば
さらに、迂回を余儀なくされます。
ロメヲ様の帰還も遅れます。
馬も疲労困憊と、なるでしよう。
そんな、不利な状態で、隊と、鉢合わせでもしたら
多勢に無勢です。
どうか、ここは、わたくしの為に
ここで…ここからご帰還下さい!
お願いします。
生きて帰って下さい!わたくしの為に…
何卒!お願いします…」
「ジュリエッタ…わかりました。
心残りですが…」
王子は先に馬を降りると姫の介添えをして
馬から降ろした。
そして王子は、胸に手を当て
誓いのポーズをとった。
「あなたの為に、帰ります。
あなたの為に、生きると誓います。」
そう言うと、おもむろに姫を抱きしめ口付けをした。
これが、最後と言わんばかりのキッスだった。
そして、ゆっくりと唇を離すと見つめ合った。
「ジュリエッタ…姫は、大丈夫ですか?
罰など、ございませぬか?」
「それは、ここを出る時から覚悟をしておりました。
それ相応の償いは、せねばなりません。
わたくしのお父様に、お母様、そして…
使いの者や捜索隊。
ロメヲ様のお父上、母上様。
そして、何より、お妃になられるお方への
不義理を王子にさせてしまった事。
わたくしは、その御令嬢から胸を串刺しにされても
あがなう事はできぬのです。
それほどの罪をわたくしは犯したのです。
心配と御迷惑をお掛けした全ての人達に
謝罪と償いをせねばなりません。
それは、当然の事です。
そもそも、戻らぬ覚悟で、街に向かったのですから
あなた様に…ロメヲ様、一目会いたさに犯した愚行…
誰に、なじられようと、咎められようと
耐えましょう。
私は、身勝手なわがままを通した身なのですから…
ただ、後悔は、しておりません!
あなたと、過ごした、ほんの数時間は
私の、今までの拙い生涯ですが
その何倍、何十倍、濃い時間でした。
ありがとうございました。
私は、あなたと、あなたと過ごした一瞬さへ
絶対忘れません!
忘れようがありません!
愛しています。
ロメヲ様!」
最後にもう一度キッスをして
王子は、黒馬に飛び乗ると一気に走り出した。
姫は、その後ろ姿をずっと見送ったが
王子は一度も振り向かず、走り去った。
振り向けば、また、戻りたくなる。
後ろ髪を引かれる!まさに、その心境だったのだ!
遠くから声がした。
姫は、その場にポツンと立ち尽くしていた。
「おっ!あれは!
姫だっ!姫様に、間違いない!急げ!」
姫さまーーーっ!」
「急げって、もう、着きますよ!」
「うるさい!キース!
1秒でも、早く、姫さまの、お声が聞きたいのだ!
おまえには、わからぬであろう!この気持ち!」
「わからん訳ないでしょ!
みんな、同じですよ!
ここに、おるみんな、その気持ちですよっ!」
すぐに、隊が、姫の元に着いた。
王子が立ち去った後…間一髪であった。
「姫ーーーっ!」
ダンロッドが、馬から転げ落ちるようにしながら
姫の元へ、駆け寄った。
「ようこそ…ようこそ…ご無事で…」
「ダンロッド…心配をかけました。
申し訳ありません…」
「いやいや、姫!
私は心配など、しておりませんでしたぞ!
必ず、姫は、帰って来ると確信しておりました故!」
「へへへっ!
そうですかね!
姫さまの部屋の前の廊下を夜なか中、歩き回って
一睡も、しとらんじゃないですか!」
「コラッ!キース!お前は、いらん事を!
黙っとれ!
お前こそ、馬車で、夜更かしだろうが!
出発は早朝とわかっておるクセに!
ネイラから、聞いとるワッ!」
「そんな事…うううっ…
みんな、気持ちは同じでしょ!
姫さまの事が…心配で…
いても、たっても、おれんかったですよ…」
「ごめんね…
キース!ネイラも…
兵隊長ギル殿、お手数おかけして
申し訳ありませんでした。
隊の皆さんも、捜索…ありがとうございました。
この、償いは、必ずするつもりです。
そして、どんな罰でも、受けます。
それだけの大罪を犯したのですから…」
「まぁ、姫さま!
お話しは、国王と王妃に…
我々は
姫さまの捜索と言う任務を遂行しただけです。
我々に姫さまをどうこうする
権限も権利もありません。
いや、今回は、それがなくて、心底良かったと
思うておりますよ!
さあ、馬車へ……お疲れでしょう。
布団と毛布も、用意してあります。
少し、お休みになって下さい。
目覚めた頃には、城に着いていおる事でしょう!」
ダンロッドは、そう言いながら
姫の手を取り馬車へエスコートした。
姫は深々と椅子に座り込み、毛布にくるまった。
突然、眠くなってきた。
睡魔が、襲いかかった。
この一夜の事が、全て夢のような気さへ、してきた。
無理もなかった。
一睡も、していなかったのだ。
走り出した馬車の揺れが、まるで、ゆりかごの様に
姫を包み込み、眠りの奥底へと誘った。
姫は、城の最上階のとんがり屋根のテッペンの部屋で
幽閉生活に、入った。
既に、姫への罰は、姫が帰る前から決まっていた。
無期限の、城での、幽閉だ。
それも、最上階の限られた、範囲だけだ。
それは、一週間かも、しれないし
一年かも、しれない。
もしかすれば、一生かもしれない。
まだ、それを、決定するには至っていなかった。
ただ、国王が、民への、示しをつける為
事を急いだのだ。
もちろん、姫は、おとなしくしたがった。
…と、言うより、自ら罰を受ける事を切望した。
明日は、王子の結婚式だ。
その事が、胸を締め付け、切り裂いた。
また、王子の元に行きたい。
その胸に、飛び込みたい。
たった今、帰って来たばかりなのに…
誰かを、殺めてでも、会いに行きたい!
そんな、悪魔のような欲望が湧いてくるのだ。
だから、幽閉と聞いて喜んだのだ。
誰かに閉じ込めて貰わないと…
いつ、また、城を飛び出すか、わからなかった。
それ程までに、姫自身の事態は切迫していた。
「ロメヲ様どうかしら?
この白薔薇をあしらったドレス!
婚姻の後のダンスの際に披露しようと思ってるの?」
「ああ…中々、良いですね…」
王子の許嫁。クレサンド公爵家御令嬢シレーネ嬢。
明日は、王子のお妃となる御令嬢だ。
「ロメヲ様!
全然、見てらっしゃらないじゃないですか?
本当に、いつもつれないのだから…
でも、そんなクールなところが
乙女心をくすぐるのですよね!」
「ハハハハッ…そうですか…」
ロメヲ王子は、上の空だった。
なにせ、一睡も、していないのだ。
ボーッ…と、していた。
森の中まで、姫を送り、途中とは言え
とんぼ返りをして来たのだ。
城に着いてからは王子が、極秘で作っていた扉に
抜け道、隠し通路を経て
何とか、部屋までたどり着いた。
しかし、部屋に入ると既に、爺がいた。
「はっ!王子!どこへ行かれておったのですか?
こんな、早くから、珍しい!」
「トイレだよ!
私だって、たまには早く起きるさ!
それに、トイレに行くのまで
いちいち報告せんでも良いであろう!」
「通常時なら、よろしいのですが…
明日は婚礼ですぞ!
今日も、色々予定が、目白押しなのです。
午後からは奥方と、
結婚式のプログラムの確認なども兼ねて
お食事の予定が、ございます。
朝から準備をしておかねば…」
「爺!まだ、結婚しては、おらんのだ!
奥方では、ないぞ!
それに、明日も会うのに
今日も会わねばならんのか!」
「もう、奥方も同じでしよ!
それから、明日だけでは、ございませんぞ!
これから、ずーっと、ご一緒です!」
「そんな事は、わかっておる!
だから…今日、一日くらい、一人にしてくれと
申しておるのだ!」
「そんな、わがままは、通りませんぞ!
これからは、国王の跡取りとして
国を納める政も、学んでいかねばなりませんのじゃ!
いつまでも、青年気分では、困りますぞ!」
「もう、わかったから、朝食にしてくれ!
腹が、減ってたまらん!」
夜なか中、起きていたのだ。
腹が、減って当然だ。
パン屋の店主が焼きたてのパンを
別れ間際に持たせてくれた。
大層、美味かったが、あんなものは空気と同じだ。
ほんの少しの練り粉を焼き膨らませただけだ。
すぐに腹が減る。
部屋に朝食を運ばせた。
「朝から、よくそんなに、食べれますな!」
「しょうがないだろ!
一睡もしてないんだから…腹も減るさ!
あっ、いや…緊張して、寝つけなかったんだ。」
いかん!頭が、ボーッとして
いらん事を口走ってしまう。
今日一日、気をつけねば…
そんなこんなで、シレーネ嬢との昼の会食となった。
城の大食堂の大テーブルに、両家が顔を揃えた。
「ああ、この、牡蠣、美味しいですわ!
身が、大きくてプリプリして…
あっ、そうだ!ロメヲ様!
昨日、銀髪の少女が
カーニバルで、揉め事を起こしたらしいですね!
しかも、記録帳にも、載っていなかったし
本人は、今、行方知れずだとか…」
「ブッ!
ケホッ!ケホッ!」
王子はシレーネ嬢の話しの途中で
思わず吹き出してしまった。
まさか、ジュリエッタ姫の話題が出るとは
思わなかったのだ。
「まあ、ロメヲ様!大丈夫ですか!」
「ケホッ!何か、気管に入ったようです。
いや、もう、大丈夫です!ご心配なさらずに…
それと…揉め事を起こしたのは輩なのです。
札付きの男が、その少女を
無理矢理、連れ去ろうとしたようなのです。」
姫が問題を起こしたような言われ方は
きちんと修正しておきたかったのだ。
「まあ、そうでしたの!物騒ですわね!
でも、カーニバルの夜は
皆、血が騒ぐと申しますものね。」
この、御令嬢のおかげで
必死で忘れようとしている姫の笑顔が
あの悩ましい肢体が鮮やかに蘇った。
熱き血潮を激らせて
愛しあったあの瞬間を思い出させた。
「ロメヲ様、どうなされました。
頬が赤く熱ってますわよ!
お熱でも、お有りかしら…心配だわ!」
「あっ、いや!
少し、ワインを飲み過ぎたようです。
お恥ずかしい!ははははっ!」
「そうでしたか!
ほほほほっ!」
本当は、ワインなど、一口も口にしていなかった。
酒が入れば、いよいよ、眠くなってしまう。
その事を危惧して、控えていたのだ。
姫…ジュリエッタ姫…
どうしているだろうか…
辛い目に、あって、いないだろうか?
宴も終わり、シレーネ嬢と公爵一行は
明日の結婚式の最終準備などで屋敷に戻った。
ロメヲ王子は、自室のソファで物思いに耽っていた。
「どうなされました?王子…」
「ああ、爺…先程、シレーネが、申しておった
銀髪の少女の、その後の行方は
わかっておらぬのか?」
「それですが…
声を掛けた男から事情を聞いたようです。
その男の取り調べの供述から
その少女の詳しい容姿がわかりました。
ロメヲ様、実は…………………………………」
「なんだ、爺!
そんなに、ためて…もったいぶるな!
サッサと申せ!」
「聞いて、驚きなさるな!」
「それは、聞いてから決める!
早よ!申さぬか!」
「わかりました!あの少女の正体は…
なんとっ……………………………………」
「爺っ!いい加減にしろ!」
「ハハッ!申し訳ございません!
なんと…あの、森の民の姫!
ジュリエッタ姫だったのです!
どうですっ!
驚かれたでしょう!」
「ああ、ビックリした…
爺が、興奮しておるのに驚いたよ!」
「いや…森の民の姫さまですよ!
たいそう美しいと
お噂は漏れ伝わってきておったのですよ!」
フン!そんな事は私が一番知っておる事!
あんな美しい人が、この世にも、あの世にも
他におるものか!
「爺!いい歳して、騒ぎたてるな!
その方は、一国の姫さまだぞ!
失礼、極まる!」
「ハハァ!そうでした。ワシとした事が…
それにしても、落ち着いておられますな。
先日は色々、知りたがっておられたのに…」
「爺が、森の姫の事は二度と口にするなと
申したのだぞ!
その通りにしているまでだ!」
「そうでしたな!
しかし、もう、よろしいでしょう!
明日は祝言ですし
森の姫さまは、幽閉生活に入られたとか
もう、いよいよ、ご縁は無くなりました故…」
「何っ!爺!今、何と、申した⁈」
「ですから…明日は祝言………?」
「そんな事は、わかっとる!
森の姫がどうしたのだっ!」
「ひっ、姫は、幽閉生活に…
城の最上階で、無期限の幽閉生活と…」
「無期限っ!」
「はい…一生、幽閉かも、しれぬと…」
そ、そんなバカな…
私のせいだ…私の……
どうする…
いや……
とにかく事情を把握せねば!
「しかし、なぜ、姫と、わかったのだ?」
「男の話によると、声を掛けた際に
銀のカンザシを髪に刺していたので
取り上げてやろうとしたら
その銀のカンザシに森の民の王家の紋章が
刻印してあったと、そう、申したのです。
さすがに、それは、売り物にならぬし
気が引けたと…
それで、こちらからは
森の民…しかも、姫が無断で侵入したと
砲伝を送ったそうです。
すると弓伝が返って来たそうです。
そこには、姫を城に無期限幽霊したと
記されておったそうです。
お詫びの言葉が、添えられて…
それで、なんとか、手打ちとなったようです。
こちらも、明日は王子の祝言。
面倒な事には、したくなかったようです。」
「そうか…
片付いて…良かったな…」
王子は無表情で、そう言った。
平静を装っていた。
しかし、その内実は、魂は…
遥か境界線を突破し宙を舞い、森を越え
城の城壁にしがみつき
ジュリエッタ姫の幽閉された部屋の窓を
打ち鳴らしていた。
昨夜よりも…もっと、強く…
続く




