11、悪夢を超えたこの世の地獄夢
「ああ、暗い…暗い…ここはどこだ…
ジュリエッタ…ジュリエッタ姫!
そなたは、何処へ…
何処へ、行かれたのだ…
「あっ!ジュリエッタ!
こんなところに…このような場所に…」
しかし、何と惨たらしい。
何故に鎖など…
両手、両足、全てに…
壁のクイに繋がった鎖が首にまで…
その先の全てを鉄の輪っかが締め付けている。
「姫っ!今、私がっ!」
ガシャッ!
何だ!息が止まりそうだった。
私まで…⁈
向かい合って牢獄の壁に、鎖で繋がれていた。
二人とも、ひざまづいていたが
姫の首は、垂れ、生きているのかさへ
定かでなかった。
「姫っ!姫っ!ジュリエーッタ!
ジュリエッタァ!ジュリエッタッ!」
何度、叫び、呼んでも、返事はなかった。
ピクリとも、動かなかった。
カチャ!
物音がした。鍵が開いた音だ。
牢獄の扉が開いたのだ。
牢番が無言で、鉄格子の向こうに立っている。
背中が、やけに曲がった小男だ。
豚っ鼻で、出っ歯、目玉をギョロリとさせて
開け放った鉄扉を括った。
腰のベルトに掛けた鍵の束が
ジャラジャラと、揺れている。
「おっ!良かった!牢番!
すぐに、この鎖を外すのだ。
この方は森国の姫なるぞ!
こんな、無礼は通らんぞ!
今なら、許してつかわす。
故に、すぐ、二人の鎖を外すのだ。
今、直ぐにだ!」
牢番はニヤリと笑ったが、王子を無視して
姫の方へ歩み寄った。
「こら!牢番!やめろ!
無礼な事をするな!許さんぞ!」
王子はそう、叫びながら鎖を解こうと
ガシャッ!ガシャッ!と、激しく暴れたが
鎖はビクとも、しなかった。
代わりに王子の手首、足首から血が滲んでいた。
牢番は、ゆっくり姫に近づいた。
一歩、一歩と…
「ワーッ!
やめろーっ!やめろーっ!
あああっ……お願いだぁ…
やめて…やめて…くだ…さい…
おおお…」
牢番が、姫の目の前に来ると
姫の髪の毛をガッシッ!‥と、掴んだ。
そして、おもむろに、引き上げた。
姫の美しい顔が、露わになった。
しかし、瞳は硬く閉じたままだ。
そこに、たたえた長いまつ毛をつたって
涙が、いく筋も頬を流れていた。
牢番が、その頬をベロリと舐めた。
「うわーーっ!
何をする!ただでは、済まさんぞ!」
ガシャッ!ガシャッ!
王子は、体を弓なりにして牢番に向かおうとしたが
無駄な事だった。
そして、牢番の無骨な指が
姫の白いドレスの胸元に掛かった。
「やめろーっ!やめろーっ!」
虚しい叫びだった。
バリッ!
一気にドレスが破られ剥ぎ取られた。
その途端、姫の
可憐で形の良い乳房が上下左右に揺れた。
「うわーーーーっ!」
もう、言葉には、ならなかった。
ただ、泣き叫んだだけだった。
「ギヒヒヒッ!」
牢番が王子の方に振り向きながら
気味の悪い声で、笑いだした。
どうだ…と、言わんばかりの形相だ。
その、歪んだ口元が、おかしく揺れ出し
耳元まで裂けた。
そして、黄ばんだ歯が、みるみる牙のように伸びた。
全ての歯が、ずらりと獣の牙となっていた。
それだけではなかった。
顔も、腕も、剛毛が生え出した。
服の下も、全身、毛だらけなのだろう。
鼻が突き出し、耳も伸び
瞳はギョロリとした金色だ。
完全に異形の者と化していた。
これが、餓鬼か?魔物なのか?
王子はもう、言葉を無くしていた。
驚きと、諦めと、絶望に支配されていた。
その牙が姫の白く細い首に掛かった。
ガブリと一発だった。
血飛沫を上げて姫の首は宙を舞い。
ゴトッと頭蓋骨の音を立てて
王子の足元に転がっていた。
その顔が…瞳が…泣きながら王子を見つめていた。
「ぎゃああああああああっ!」
王子はこの生涯で
一度も、出した事のないであろう
血を吐くような叫び声を上げ意識を失った。
いや、意識が戻ったのだ。
眠りから覚めたのだ。
悪夢だった。
いや、そんなものでは、なかった。
地獄を見せられていた。
この生涯一の生き地獄を見せられたのだ。
「ハア、ハア、ハア、ハア…」
荒い息をした。冷たい汗が額をつたった。
「何をしていたのだ。
ぬくぬくと布団にくるまり
易々と眠っていた。
一刻の猶予もないのに…
最悪の事態を想定しなければならなかったのだ!
姫だから…そこまで、酷い目には、合わないだろう…
そんな、甘い邪推が
取り返しのつかない非常事態を招くのだ。
正夢にしては、ならない!
急がねば!後はない!
姫の元に向かうのだ。
ジュリエッタの元へ!
ベッドを飛び出すと、兵衣に着替えた。
たった、一人の戦さだ。
「ジュリエッタ姫奪回」…と、言う名の
お門違いで、滑稽な作戦だ。
元々、姫は、森国の姫。
掠奪、誘拐が正しい呼び名だろう!
しかし、今の王子に何を言っても通じないだろう。
その背中に呪い魔の影が密かに宿りかけていた…
剣を手に静かにドアノブを回した。
指一本分程開けて覗くと護衛が立っていた。
仕方なく、そのまま、ドアを閉めた。
「やむおえない!面倒だが、天井裏を行くか…」
書斎の机を部屋の隅に移動して、その上に立った。
いざと言う時の為に、留め具は以前、外しておいた
その、「いざ」が、今、訪れたのだ。
角部分の板を一枚外して、先に燭台を置いた。
そして、外枠に手を掛けると
懸垂とジャンプを同時にやって
何とか、一度で、屋根裏に上がれた。
外した板をもとに戻して、燭台で辺りを照らした。
大きな張りだ。これなら、落ちる事はない。
しかし、右手に燭台。左手で張りにつかまり
膝を曲げながら進むのは、かなり困難だ。
だから、面倒なのだ。
何ヶ所か、外しておいた板のうちの
物置の板を外し下に降りた。
ここが、一番人の出入りが少ない。
他の部屋は
明日の結婚式の準備で人の出入りは頻繁だろう。
厨房などは、おおわらわ、てんやわんやで
逆に気づく者も、いなかったかもしれない。
それほど、明日の結婚式は盛大に執り行われるのだ。
それを、今、ぶち壊そうと、しているのだ。
その結婚式の真中心、主役、要
張本人がだ…
数時間後には、始まるのだ。
婚姻式が…結婚式が…大披露宴が…大舞踏会が…
天下一の…王子の成人誕生祭が…
後は、一般の従者は、殆ど知らない…
抜け壁、隠し通路、迷わせ道の正解道。
地下道を経て、厩舎に着いた。
ここには、護衛はいない。
その代わり強固な鍵で施錠されていた。
しかし、それも、王子には、無意味だった。
王子には、自由に厩舎を開けられる権限が
与えられていた。
合鍵が、その手の内にあった。
鍵を開けると愛馬の元に向かった。
「シッ!ブラッド…声を上げるな…音を立てるな…
うん!お前は、賢いな…
私は、こんなに愚かものだと、言うのに…
姫が幽閉されている。
解放しに行くぞ…付いてきてくれるな!」
黒馬は優しい瞳で、王子に視線を向けた、
それが、返事だ。
「ヨシ!行こう…」
手綱を引き扉の影で、外の様子を伺った。
遠くに門番の灯りが見えるだけだ。
今の刻は、護衛の巡回もないはずだ。
ここから馬に乗り、鍛錬場で助走をつけ
塀を越えよう。
ブラッドならできる。
ブラッドしかできない荒技だ。
そのまま、森に一直線だ。
姫の元へ向かうのだ。
ガタン!ダダッ!
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ…
突然の物音に門番が驚いて、灯りを向けた。
その光を背に、黒い大きな影が宙を舞った。
そして、一気に…軽々と塀を越えた。
「ああ‥あれは、ブラッド…
すると…乗っていたのは……王子様…
…しか…乗れぬのだから…」
続く




