13.ロメヲ王子の真の覚醒
「姫さま!おやめ下さい!
そのような事はっ!」
「姫さま!お願いします!
王子は…王子は、もう…お亡くなりになりました!
ですから…もう!」
「キースッ!何を言ってるの!
許しませんよ!
王子は生きています!
生きているのです!」
「わかりました。
わかりましたから…
どうぞ、その手をお下げください!」
キースとネイラはダンロッドの指示で
いち早く、幽閉部屋に向かっていた。
しかし、ドア前で、立ち尽くしていた。
姫に近づけずにいた。
姫が銀のカンザシを
自身の瞳の真ん前にかざしているのだ。
近づけば、瞳を串刺しにすると脅した。
この状況だ。
ただの、脅しではないと、二人ともわかっていた。
この向こう水の姫さまは、やるといったらやるのだ。
その事が、二人を躊躇させていた。
そして、この叫びだ。
王子の名を永遠に繰り返す…この叫びを
二人は、我慢できず…居た堪れず…
部屋のドアの外に出て、泣き崩れていた。
そして、姫の悲しみを我が事のように嘆いた。
城の外では、異変が起きていた。
ハリネズミのようになった王子の体は
まだ城壁に張り付いたままだ。
その体が、小刻みに震えだした。
そして、矢羽から煙が、もうもうと上がり出した。
弓棒も炎を上げて燃えだした。
王子の衣も、燃えている。
完全に王子の体が、炎に包まれた。
その火が、枯れたツルに燃え移った。
「マズイ!屋根に上がれ!
為水で消火しろ!」
何とか、間に合い、火は消し止めたが
王子の衣は燃え尽き、自身の肌も燃えて
真っ黒に焦げついた塊が不安定にへばり付いていた。
やっと、ツルに絡まり、ぶら下がっている状態だ。
皆、その光景に息を呑み
身じろぎもできず立ち尽くしていた。
…と、その時だ。
バリッ!
突然、王子の真っ黒に焼け焦げた
背中の上部が割れた。
いつの間にか、その背後には
まん丸満月が浮かんでいた。
昨夜は三日月だった。
あり得ない事ばかりが起きていた。
満月の逆光を浴びたその姿は
まるで透き通っているかのようだ。
血管や内臓が、うっすらと透き通って見える。
バリッ、パリッと音を立てながら
さらに腰まで背中が割れた。
粘着質の粘液が
細く、その間を繋ぐように伸びて垂れた。
皮膚の色が、はっきりしてきた。
しかし、雪のような白さだ。
頭もズボッと、抜けた。
勢いで、後ろに大きく傾いた。
折れたか!‥と、思う程の角度で後ろにそり返り
また、戻ってきた。
頭が二つ、縦に並んでいる。
真っ黒と真っ白が…
その髪の毛も、真っ白だ。
ギョロリと目玉が回転した。
さらに肩から腕と…出てくる、出てくる。
それは、まるで、昆虫…蝉(蝉)の、脱皮のようだ。
透き通るような肌をした裸の王子が
背中をあらぬ角度に逸らしながら
焦げた皮から、抜け出そうと、もがいている。
腕が指先まで抜けるとツルに掴まり
屈伸の要領で腕を引きつけると
ズルズルと下半身が少しずつ抜けてきた。
粘液質の分泌物が、それを可能にしてくれた。
兵士達は呆気に取られて矢を打つ事さへ忘れていた。
しかし…
そもそも、それは、ダンロッドが許さなかった。
今や…街の民の王子に矢を放ったのだ。
全面戦争を免れる事は不可能であろう。
この局面をどう乗り切れば良いのか…
彼は何も思い浮かばなかった。
覚醒していた。
そして、さらに、変身し、進化した。
血の底に沈んでいた…魔導の血が…
呼び起こされたのだ。
その命の尽きる…寸での、間際で…
解放されたのだ。
全面解放されたのだ。
王子は真の魔導士となったのだ。
ダンロッドは、老体に鞭打って
螺旋階段を駆け上っていた。
王子の異変…蘇りを予感し 姫の元へ走ったのだ。
「あやつら、何をしておるのだ!
姫の救出…
階下にお連れするよう命令したと言うのに!
ハア、ハア…
やはり骨が折れるわい!
だから、頼んだのに…
ハア、ハア…」
やっと最後の一段を登り切り
膝を握り大きく息をした。
「ハア、ハア、ゼェ、ゼェ、
ゴホッ、ゴホッ、うう……はあぁ〜…」
なんとか、息を整え、前を向いた途端に
大声を張り上げた。
「オイッ!何をしとるのだ!
お前たちはっ!」
キースとネイルはドアの前で座り込んでいたが
ダンロッドの呼び掛けに驚きバッっと立ち上がった。
「ダンロッド様!」
「何をしておる!
この、バカタレ供がっ!
姫さまをお連れしろと、命令しただろうが!
姫はっ⁈」
「そっ…それが…」
まだ、ドアの向こうから
王子を呼ぶ、悲痛な叫びが、止む事なく
漏れ聞こえている。
「ああっ!もう、よい!そこをどけっ!」
ダンロッドは二人がよける前に
強引にドアを開けた。
「ひっ、姫、姫さまっ!」
姫は、すぐに振り向いた。
振り向きざま、カンザシを目元にかざした。
「ダッ、ダンロッド…来ないで…
お願い…お願いします。
王子が死にそうなの…
だから、呼びかけてるの!」
「姫さま…どうぞ…カンザシを下ろして…
こちらへ…
悪いようには、しません…
王子は、もう、お亡くなりに…なりました…
ですから…:
「嘘よ!王子は生きている。
私には、わかるのよ!
王子の息する…呼吸が‥鳴り響く心の臓の鼓動が…
私には、わかるのよ!
王子は、生きている。
まだ、生きているのよ!」
姫は感覚だけで、王子を感じていたのだ。
薄汚れた窓ガラスでは
光を感じるくらいしかできない。
轟音が、何を意味したのかさへわかっていなかった。
ただ、感じただけだった。
王子の意識と遠くから近づいてくる
微かな気配を…
やはり、純血の契りが、それを可能にしていた。
「いえ…王子は、もう、人では…
人では、無くなって、おいでです。
異形の物へと、変わってしまわれた。
たとへ、生きおられても、人としては、
生きていないのです。
存在していないのです。
ですから…さあ、カンザシをこちらへ…」
「嘘よ!
でも、それが、本当なら…本当、ならば…
わたくしも…生きては…行けない…」
「姫さま…そんな事…おっしゃらないで下さい。
悲しくなって…しまいます…
さあ、どうぞ…何卒…」
ダンロッドは涙を浮かべながら
しかし、優しい眼差しで、手の平を差し出した。
そうして、ジリジリと姫との距離を縮めた。
キースとネイルも並んだ。
三人で姫を囲んだ。
「来ないで…来ないで…
刺すわよ!本当よ!
知ってるでしょ!
わたくしが…そう言う女だと言う事を…」
「だから、お願いしておるのです。
どうか、カンザシを我の手に
この手の平に、お乗せ下さい…
姫さま!
お願い申す!うううっ…」
姫は、窓を離れ壁際に立ち
カンザシを殆ど瞳に当てていた。
実際、時々それは瞳を圧迫し涙を溢れてさせていた。
悲しみと痛みの涙が頬を伝っていた。
ダンロッドがキースとネイルに目配せをした。
一気にに飛び掛かるぞ!…と、言う、合図だ。
姫は、取り囲まれ、膝を曲げ小さくなった。
いよいよ逃げ場を失っていた。
ダンロッドが一発勝負にでた。
一気に、飛び掛かった。
キースとネイルも、一瞬遅れたが後に続いた。
絡むように三人の体が重なった。
ガッシャン!
バキッ!
突然、激しいガラスと木材の破壊音がした。
三人が、その音の方に振り向いた。
ぶっ壊れた、窓枠の中心に姫の足が見えた。
後は、粉々になったガラス片と窓枠の木片が
孤を描きながら空中を落ちていく。
ダンロッドには
それが、スローモーションのように見えた。
姫が、三人の隙を突き、脇を抜け
窓に突っ込んでいた。
壁際に寄ったのは、助走を付けるためだった。
無数の釘で止められた窓を抜けるには
それしか方法は、なかった。
強行突破しかなかった。
しかし、それは、余りにも無謀な作戦だった。
自身の命を失なうだけの行為でしかなかった。
落ちながら姫が、叫んだ!
「ダンロッド!ごめんなさーい…」
もう、駆け寄る事もしなかった。
そんな気力はなかった。
「ひっ、姫さま…な…なんと…
姫様…までが…
何故に…なぜに…
若者が…死に急ぐ…
この、老ぼれを残して…
姫…さま…ひめさまーーーっ!」
続く




