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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第三部:五月・満開の季節、そして新しい風

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第30話:リリアン・ヴェールの「プロの流儀」

◇◆◇◆◇


【視点:リリアン・ヴェール】


 5月末。ギルドは年度末の総決算と、冒険者たちのライセンス更新、さらに大量の素材納品が重なり、1年で最も「戦場」に近い様相を呈していた。


 私は主任代行として、通常の窓口業務をこなしつつ、全スタッフの進捗状況を秒単位で管理していた。


「――リリアンさん、これ、見てください。地下の整理中に出てきたのですが……」


 アンリさんが、震える手で1枚の黄ばんだ羊皮紙を差し出してきた。

 それは、300年以上前に交わされた「ギルド敷地に関する特例権利書」の原本だった。


「……アンリさん。これに記されている法文は、現行の土地公有法と矛盾しています。つまり、解釈次第では、このギルドの敷地は『王室の直轄地』として没収される可能性があるということですね」


「そ、そうです。そして最悪なことに、王都の法務局から会計監査の役人が、すでに広場まで来ているという情報が……」


 私は左耳のアクアマリンのピアスを強く撫でた。

 

 クリフォード様が胃を押さえて机の下に隠れようとし、クラウディア主任が優雅に、しかし冷徹な微笑みを浮かべて紅茶を淹れ直す。

 私はバインダーを閉じ、背筋を伸ばした。


「エリス、ベルナール。過去10年分の固定資産税の納税証明書と、前任の土地管理人との書簡をすべて用意しなさい。……3分以内です」


 ほどなくして、ギルドの扉が乱暴に開かれた。

 現れたのは、鼻持ちならない表情をした王都の役人と、武装した数人の兵士だった。


「このギルドの土地利用権には重大な疑義がある。即座に業務を停止し、明け渡しの準備を――」


「失礼ですが、お名前と所属を。それから、その強制執行に関する勅令の謄本とうほんを提示してください」


 私はカウンターを飛び出し、彼らの前に立った。

 私の脳内にある『冒険者カタログ』と『王国法典』のデータベースが、瞬時に彼らの「弱点」を導き出していた。


「……なんだ、小娘。受付嬢に話すことなどない。責任者を――」


「私は主任代行のリリアン・ヴェール。本件に関するすべての交渉権を委任されています。……さて、あなたが手にしているその督促状。日付が昨年度のままですが? 行政手続法第14条によれば、有効期限の切れた書面による強制執行は、公権力の濫用とみなされます。……加えて、この権利書の裏面にある特殊条項、第8項をご存知ですか?」


 私はアンリが見つけた権利書を掲げた。


「ここには『ギルドが公益に資する活動を継続する限り、土地の無償提供を永続する』とあります。昨夜の嵐で私たちが500人の命を救った実績は、すでに王都の広報官に報告済みです。……つまり、今このギルドを閉鎖させることは、王室の慈悲を否定することに繋がりますが。……よろしいですね?」


 私の声は、ホール全体に響き渡った。

 役人の顔が、みるみると青ざめていく。


「……な、なんだその知識は……。ただの受付嬢が、なぜ法務にこれほど精通している……!」


「私はプロの受付嬢です。窓口を守るためには、魔物の弱点よりも、法律の矛盾を突く方が効率的だと知っているだけですよ」


 私は完璧な事務的な微笑みを浮かべ、出口を指し示した。

 

「お帰りはあちらです。……ああ、出口にナネットというメイドがおります。彼女が『掃除』を始める前に、立ち去られることをお勧めしますわ」


◇◆◇◆◇


【視点:全スタッフ】


 役人たちが尻尾を巻いて逃げ出し、扉が閉まった瞬間。

 ギルドホールに、震えるような沈黙のあと、地鳴りのような歓声が巻き起こった。


「うおおおおお! リリアンさん! 最高だぜ!」

「あの鼻持ちならない役人を、ペン一本で追い返しちまった!」


 カウンターの前では、ベテラン冒険者のガリックが拳を突き上げ、新人のトビーは涙を流して「やっぱり……リリアンさんは僕たちの女神だ!」と叫んでいる。


「ガハハ! 飯の準備はできてるぜ! 勝利の特製ジンギスカンだ!」


 厨房からボロス料理長が丸太のような腕を振り回し、エリスは感極まってリリアンに抱きつこうとして、「エリスさん、業務中です」と冷たくあしらわれていた。


 その光景を、執務室の影から見ていたクリフォード・マルソーが、眼鏡のブリッジを押し上げながら小声で呟く。


「……ねえ、クラウディア。気のせいかな。今のリリアン君、僕より100倍くらい『ギルドマスター』っぽくなかったかい?」


「あら。気のせいではなくて事実よ、クリフォード。あなたも彼女を見習って、少しは胃薬の量を減らしたらどうかしら」


 クラウディア主任が優雅に紅茶を啜りながら答える。ホールでは冒険者たちが「もうリリアンさんがマスターでいいんじゃねえか?」と冗談めかして笑い、それに賛同する声が次々と上がっていた。


 リリアンは一度だけアクアマリンのピアスに触れ、いつもの「永久凍土」の表情で事務用時計を見た。


「総員、業務に戻りなさい。まだ本日の更新作業が40パーセント残っています。……それから。本日の役人対応に伴う精神的補填として、スタッフ全員に特別手当を支給します。……財源は、クリフォード様の『今月の高級ワイン購入費』から補填しておきます。……以上、解散!!」


 刹那。

 二階のマスター室から、石造りの建物を震わせんばかりの絶叫が響き渡った。


「リ、リリアンくーーーん!! 僕が半年待ってようやく手に入れたヴィンテージ・シャトーがぁぁぁ!! 経理のベルナール君! 判を押さないでくれ! 待って、せめて一本だけは残してぇぇぇ!!」


 階段を駆け下りようとするクリフォード様の声を、ベルナールが無表情で帳簿を閉じる音が無慈悲に遮る。

 ホールは一転して爆笑の渦に包まれた。


「ガハハ! よし、ワインの代わりに俺の特製ジンギスカンを奢ってやるよ、マスター!」

「リリアンさん、最高! 一生ついていきます!」


 ホールの熱狂は、彼女の冷徹な「横領(?)宣告」によってさらに加速した。

 誰かの犠牲マスターの上に成り立つ平和。

 それもまた、この『春風の窓口』の日常の風景なのだ。


【リリアンのプロな流儀】

「プロの仕事に、喝采は不要だ。特別な英雄譚など必要ない。ただ、いつも通りの『いってらっしゃい』で1日を終え、この場所を明日へ繋ぐことができれば、それが受付嬢にとって最大の勝利なのである」


(第30話:完)


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