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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第三部:五月・満開の季節、そして新しい風

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第27話:トビー、真実の扉を(間違えて)開ける

◇◆◇◆◇


【視点:トビー・ピックフォード】


 今日は、解体所のハンスさんから「たまには日光を浴びてこい」と放り出された、貴重な非番の日だった。


 街のメイン通りは、春の陽気に浮かれた市民や冒険者で溢れかえっている。

 僕は市場で安売りされていたリンゴをかじりながら、なんとなく広場の方へ歩いていた。


 そこで、僕は見てしまったのだ。

 「見てはいけないもの」を。


「……えっ?」


 人混みの中に、見間違うはずのない亜麻色の夜会巻きが見えた。

 リリアンさんだ。

 

 いつも窓口で見せる完璧な制服姿ではない。

 春の風を孕んで揺れる、淡いブルーのワンピース。

 アクアマリンのピアスが、午後の光を反射してキラキラと輝いている。


 だが、衝撃はその後だった。

 彼女の隣には、穏やかな笑みを浮かべた眼鏡の男がいた。

 しかも、あろうことか。……あろうことか!

 リリアンさんが、その男の腕に、そっと手を添えているではないか。


(……リ、リリアンさんに、お、男……!?)


 目の前が真っ暗になった。

 僕の初恋が、5月の空へ溶けて消えていく音が聞こえた。

 いや、待て。落ち着け、トビー・ピックフォード。鼻の下をごしごし擦って、脳をフル回転させるんだ。


 あのリリアンさんだぞ?

 「鉄の受付嬢」と呼ばれ、なぞの威圧で荒くれ者を黙らせ、地図の等高線1つのズレも許さない、あの完璧な女性が、あんな優しそうな――言い換えれば、全力を出せば一瞬で解体できそうな――草食系の男に、本気で惹かれるはずがない。


(……そうか! わかったぞ!)


 僕は1人で納得し、リンゴの芯を握りしめた。

 

 あの男は、きっとギルドを揺るがす巨大な陰謀に関わっている「重要参考人」だ。

 あるいは、失われた伝説の地図を持つ、古代語の解読官。

 リリアンさんは今、ギルドの未来を守るために、身を挺して潜入捜査を行っているのだ。

 そうに違いない!


「リリアンさん……なんて過酷な任務を。1人で背負い込んで……!」


 僕は涙を拭い、気配を殺して(のつもりで)2人の後を追った。

 プロの解体見習いとして、リリアンさんの「捜査」を、影からサポートしなくてはならない。


◇◆◇◆◇


【視点:ナネット】


 任務の妨げとなる「不確定要素」を発見しました。


 リリアン様とユージン様の休日デート。

 その半径30メートル以内を、私は「掃除」の管轄として監視しています。

 

 路地裏に潜み、モップを仕込んだ特製パラソルを構えていた私の視界に、妙な動きをする影が入り込みました。


「リリアンさん、無理しないで……僕が、僕があの男から情報を引き抜いてあげますから……」


 ブツブツと妄想を垂れ流しながら、樽の陰でリンゴの芯を握りしめている、解体見習いのトビー様です。

 

 彼の尾行スキルは、リリアン様の「軍師の直感」を欺くにはあまりに稚拙であり、私の「暗殺術の残り香」を避けるにはあまりに無防備。

 このまま放置すれば、リリアン様の貴重な休息という名の「聖域」が汚されます。


 私は音もなくトビー様の背後に立ちました。


「――ターゲット、捕捉。任務の邪魔です」


「ひっ!? な、ナネットさん!? なんでここに……」


 私は彼の襟首を掴み、物理的に地面から引き剥がしました。

 そのまま、ゴミ袋でも運ぶような無機質な動作で、彼を路地裏の奥へと引きずっていきます。


「は、離してください! リリアンさんが危ないんです! あの眼鏡の男はきっと、王国の転覆を狙う暗殺者か何かで――」


 私は足を止め、トビー様の耳元で、絶対零度の声を囁きました。


「トビー様。本日見た『機密事項』を、もし1文字でもギルド内で口外すれば……。明日、あなたが解体所の地下排水溝から発見されることになります。文字通り『掃除』される覚悟があるのなら、ご自由にどうぞ。理解できましたか?」


「…………っ!!」


 トビー様は顔面を蒼白にさせ、激しく、何度も首を縦に振りました。

 喉が鳴る音がこちらまで聞こえてきます。


「……あれは、リリアン様の『心臓』です。傷つけることは、私が許しません」


 運ばれていくトビー様の視線の先で、リリアン様がユージン様の腕に手を添えたまま、今日一番の美しい微笑みを浮かべているのが見えました。


 トビー様はガチガチと歯を鳴らして震えながらも、その笑顔を見て、なぜか救いを得たような、あるいは過酷な隠密任務に挑む戦士を敬うような、理解しがたい「感動」の表情で涙を流していました。

 彼がどのような非論理的な結論に達したのかは興味ありませんが、機密保持の成功率は100%に達したと推測されます。


◇◆◇◆◇


【視点:リリアン・ヴェール】


「……リリアン? どうかしたかい、後ろを見て」


 ユージンが不思議そうに私を覗き込みました。


「いいえ、なんでもありません。……ただ、少しだけ大きな『ゴミ』が、風に流されていっただけのようですわ」


 私は微笑みを崩さず、そっとアクアマリンのピアスに触れました。


 背後でトビーが騒いでいたこと。

 そこでナネットが彼を瞬時に、かつ完璧に「処理」したこと。

 元軍師である私の索敵範囲から、それらが漏れるはずもありません。


(ナネット……。いつも、ありがとう)


 心の中で、忠実な弟子へ感謝を贈ります。

 彼女は自分の「日常」を守るために、私の「日常」を死守してくれている。

 

 けれど、いつまでもこれではいけない。

 いつかあの子にも、任務や掃除以外の、この花の蜜のような甘い喜びを教えてあげなければ。

 そのためには、まずは私がこの「幸せなプロ」としてのお手本を、完璧に全うしなくてはなりません。


「リリアン、あそこのカフェで新しいハーブティーが出ているみたいだよ。寄っていかないかい?」


「ええ、喜んで。……ユージン、あなたの選ぶお茶は、いつも最高に合理的で、優しい味がしますわ」


 私は彼の手をより強く引き、ナネットに運ばれながら「リリアンさんはやっぱり、ギルドの未来を守る戦士なんだ……!」と感動の涙を流しているトビーの声を、春の風の中に置き去りにしました。


【リリアンのプロな流儀】

「時に真実は、残酷なまでにシンプルだ。それを複雑な物語に書き換えるのは、ただの『未練』である。真実をありのままに受け入れる勇気こそが、大人としての、そしてプロとしての、最初の一歩なのである」


(第27話:完)


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