第22話:春の親睦球技大会(運営地獄変)
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【視点:リリアン・ヴェール】
五月。突き抜けるような青空の下、街外れのギルド所有地では、年に一度の「春の親睦球技大会」が開催されていた。
親睦、という言葉がこれほど空虚に響くイベントも珍しい。
私の目の前では、魔力で強化された木製の球が、音速に近い速度で荒くれ者たちの間を飛び交っている。
ルールは単純だ。球を相手陣地のゴールに入れる。
だが、血気盛んな冒険者たちにとって、それは「合法的に相手を殴り倒して良い時間」と変換されているようだった。
「――おい! 今のはファウルだろ! ぶち殺すぞ!」
「ハッ、審判が見てなきゃルール無用なんだよ!」
ピッチの中央では、すでに三組のパーティが乱闘を始めていた。
審判を任されていた若手冒険者は、威圧感に気圧されて笛を吹くことさえできずに震えている。
私は審判台の最上段に立ち、騒乱の状況を脳内の『冒険者カタログ』と照合した。
(事象:競技の逸脱、および暴力行為への転化。深刻度:レベルS。原因:アルコール摂取による自制心の欠如、および審判の機能不全。解決策:……権限行使による物理的・法的鎮圧)
私は左耳のアクアマリンのピアスを一撫でし、手元にある「拡声魔法」の魔道具を起動した。
「――総員、静粛に」
私の声が、魔法によって広場全体に響き渡った。
乱闘を繰り広げていた新人戦士の一人が、苛立ちを隠さず私を睨み上げる。
「あぁん!? なんだよ受付嬢が、偉そうに指図してんじゃ――」
その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
背後にいた銀級のベテラン冒険者が、顔を土土色に変えて、新人の口を力任せに塞いだのだ。そのまま地面に組み伏せ、「……死にたいのか、この馬鹿が!」という悲鳴のような怒声が聞こえる。
私は、感情を排したアクアマリンの瞳で広場を見下ろした。
ただ、見つめるだけ。
だが、かつて戦場を統べ、幾千の生死をペン一本で裁いてきた頃の「気配」が、無意識のうちに漏れ出していたのかもしれない。
事情を知るベテランたち――ガストンやガリックたちが、一斉に武器を放り出し、直立不動の姿勢をとった。彼らの額からは、球技の汗とは質の違う冷や汗が流れている。
「……り、リリアン。今のは不適切な発言だった、いや、でした。そ、即座に競技に戻ります」
代表して声を絞り出したのは、先日引退を引き止めたばかりのガリックだった。
彼は隣で震える新人の後頭部を力一杯押さえつけ、地面に擦り付けている。
私は、にっこりと笑って、静かに言葉を続けた。
「競技規約第3条。スポーツマンシップの欠如した行為は、ギルドへの反逆と見なします。今この瞬間から、審判の判定に従わず暴力を継続する者は、本日のスコアを全剥奪します。この球技大会のスコアは、次回の冒険者ランク昇級審査における『協調性』および『集団貢献度』の評価項目として、正式な加点対象となっていることをお忘れなく。失格となれば、今後一年の昇級は絶望的です。……加えて」
事務用ペンを指揮棒のように掲げる。
「来期のライセンス更新申請を、私の権限で即座に却下します。私の『カタログ』には、あなたたちの今日の醜態が全て記録されています。……冒険者を廃業して、実家の農作業に専念したい方は、どうぞそのまま殴り合いを続けなさい。受理の準備はできています」
一瞬、広場から音が消えた。
先ほどまで殺気立っていた空気が、リリアンの発する「絶対的な上位者の威圧」によって、強制的に冷却される。
「エリスさん。スコアボードの更新を。3分ごとに集計して報告しなさい。……それと、ナネットさん。あちらの茂みで酒を隠し持っている一団を『掃除』してきて」
「了解しました。……殲滅完了まで15秒です」
影のように現れたナネットが、ラケットを手に消えていく。
私はピッチを監視しつつ、次なる事務処理――負傷者の搬送ルート確保――へと意識を向けた。
◇◆◇◆◇
【視点:ボロス・ヴァルゴス】
「ガハハ! いい飲みっぷり……じゃねえ、いい食いっぷりだ!」
俺は特設の巨大な鉄板の上で、山盛りの「猪肉のジンギスカン風」を豪快にひっくり返した。
ピッチの方はリリアンが「鉄のカーテン」を張って黙らせちまったが、こっちはこっちで戦場だ。
新人の連中は「すげえ美人だけど超怖いお姉さん」程度に思ってるだろうが、古株の連中の顔は真っ青だったぜ。
無理もねえ。リリアンがあのトーンで喋る時、こっそり殺気が漏れてやがるんだ。
ランク昇級の査定まで持ち出された日には、ベテラン連中も肝が冷えるってもんだ。
「料理長! 追加のポテトサラダ、できました! サーシャさん、運んで!」
「はいはーい! 特製『リフレッシュ・ピクルス』も追加よ! 冒険者の皆さん、野菜を摂らないとリリアンさんに後で消されますよー!」
ミアとサーシャが、湯気の上がる皿を抱えて会場を走り回っている。
この炊き出しの連携は、数日前からリリアンが緻密に組み上げた「配給計画書」に基づいている。
あいつは審判台の上で氷のような顔をして座っているが、その手元のメモ帳には、スコアだけじゃなく、俺たちのガス残量や、救護所に運ばれた野郎の「重症度別・特別食メニュー」まで書き込まれているのを、俺は知っている。
夕暮れが近づき、表彰式が終わる頃。
クタクタになった冒険者たちが、リリアンの「来年も生きてこの大会に参加しなさい」という相変わらず可愛げのない挨拶を背に、千鳥足で帰っていく。
「……ふぅ。これで全工程終了、ですね」
最後に残ったスタッフ用のテントに、リリアンがフラフラと現れた。
流石の「鉄の女」も、立ちっぱなしの運営で足に来ているらしい。
「リリアン、ご苦労さん。……ほら、座れ。お前の『特注品』は取っておいたぜ」
俺は、重厚な木製の弁当箱をあいつの前に置いた。
中身は、リリアンが事前に発注していた「スタッフ専用・回復御膳」。
たっぷりの春野菜、疲労回復に効く梅肉和え、そして、母・ルネさんから届いたジャガイモを贅沢に使った「特製マッシュポテトの肉巻き」。
「……ボロスさん。これ、発注したカロリーの1.5倍はある気がするのですが」
「気のせいだ。今日は残業代の代わりに、その肉の厚みを受け取っとけ」
リリアンは一度だけアクアマリンのピアスに触れ、それから観念したように箸を取った。
一口食べた瞬間、あいつの強張っていた肩が、ふっと緩んだ。
「……美味しいです。……明日、ベルナールさんにこの食費の稟議を通すのが少しだけ億劫になるくらいには」
「ガハハ! あいつの口は、さっきこの肉巻きを三本突っ込んで黙らせた! 心配すんな!」
ミアも、サーシャも、エリスも。
そしてナネットまでもが、同じ弁当を囲んで「あー、生き返るー!」と声を上げる。
力でねじ伏せ、ルールで縛る。それだけじゃ集団は腐っちまう。
だが、あいつが敷いた「正しいルール」の先に、この「美味いまかない」があることを、ここにいる全員が知っている。
俺は、満足そうに頬張るリリアンの横顔を見ながら、夕焼けに染まる広場を眺めた。
バラバラな奴らが一つになる瞬間。
それは英雄の演説なんかじゃなく、この一杯のスープと、一人の頑固な受付嬢の存在があるからこそ、生まれるもんなんだろうな。
【リリアンのプロな流儀】
「集団を動かすのは力ではない。明確な『ルール』と、終わった後の『美味いまかない』である。厳格な秩序という名の器に、一滴の温かな配慮を注ぐこと。それこそが、戦場を平穏な日常へと変える、受付嬢の魔法なのだ」
(第22話:完)
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