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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第二部:四月・芽吹きと波乱の季節

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第21話:商人ギルドの不当要求と「鉄のカーテン」

◇◆◇◆◇


【視点:リリアン・ヴェール】


 4月30日、16時45分。


 新年度最初の1ヶ月が幕を閉じようとしている。窓口に並ぶ列は途切れないが、私の脳内の『冒険者カタログ』は、今日一日の処理をあと15分で完了させると弾き出していた。


 しかし、その平穏を切り裂くように、脂ぎった強欲の気配が受付デスクに影を落とした。街の有力商人の一人、バルトロだ。

「――リリアン・ヴェール嬢。少々、人目を忍ぶ相談がある。ここでは何だ……わかるだろう?」


 彼がカウンターの下で重々しい袋を揺らすのを見た瞬間、私の思考回路は即座に警報を鳴らした。

(事象:外部勢力による贈賄試図および不当介入の予兆。深刻度:レベルA)


 正直に言えば、今すぐ消毒液を全身に浴びたいほどの嫌悪感が胃の底からせり上がってくる。だが、私はプロだ。


「承知いたしました、バルトロ様。では、あちらの個別カウンターへご案内いたします。大切なお客様のための、特別な席でございます」


 私は、自分でも感心するほど完璧な、ひまわりが咲き誇るような満面の笑みを浮かべた。バルトロは鼻の下を伸ばし、自分が優位に立ったと誤認したようだ。


 案内したのは、銀行の秘匿相談窓口を彷彿とさせる、高いパーティションで区切られた個別ブース。外からは手元も見えず、声も漏れにくい。


「さて、改めまして。ご用件を伺います」

 私は、聖女のような微笑を維持したまま、彼の言葉を待つ。


「話が早くて助かる。……実はな、明日公示される『北街道の護衛依頼』だ。我が社の競合、マルコ商会の受理を、手続き上のミスということで3日ほど遅らせてほしい。その代わり……」


 バルトロは、ずっしりと重い金貨の袋をテーブルに置いた。

「この1000ゴールドは君のポケットに入れて構わない。君のような聡明な女性なら、賢い選択ができるはずだ」


 汚物を見るような衝動を、私は「至高の事務スマイル」の裏側に完璧に封じ込めた。左耳のアクアマリンを一撫でし、私はさらに深く、慈愛に満ちた笑みを深める。


「バルトロ様。そのお申し出、――確かに『受理』いたしました」


「おお、分かってくれたか! やはりリリアン嬢は話がわかる!」


「ええ。ギルド規約第56条『緊急特別寄付金に関する規定』に基づき、この1000ゴールドは全額『ギルド運営強化費』として正式に計上させていただきます。これほど多額の寄付、誠に恐縮でございます」


「な……っ!? 寄付だと? 違う、これは君への――」


「さっそく、この寄付金を活用させていただきます。本日の残業代に充てることで、明日予定されていた全ての護衛依頼の公示、およびマルコ商会を含む全登録者の受理手続きは、当初の予定より2時間ほど『迅速化』されます。公平な競争環境の維持に貢献いただき、深く感謝申し上げます」


 私は氷のような冷徹さを内包した満面の笑みで、バルトロの目の前で受領証(寄付用)を鮮やかに書き上げた。


「ふ、ふざけるな! 誰が寄付などと言った! その金を返せ!」

 バルトロが激昂し、立ち上がろうとしたその時。


 ブースの入り口を塞ぐように、銀色のモップを持ったナネットさんが音もなく立っていた。


「――失礼。足元に、大きな『ゴミ』の気配がしましたので」


 ナネットさんの冷徹な瞳が、バルトロを射抜く。狭い個別ブースの中で、彼女の放つ圧迫感は逃げ場のない処刑室のようだった。


「バルトロ様。これ以上の騒乱はギルド規約第105条に基づき『即時制裁』の対象となります。どうぞ、お出口はこちらです。……あ、受領証をお忘れなく」


 私は最大級の礼を以て、顔を土土色に変えて震えるバルトロを見送った。


◇◆◇◆◇

【視点:ベルナール・シューマン】


 隣の事務机でそろばんを弾いていた私は、個別ブースから這い出すように逃げてきたバルトロの姿を見て、思わず計算を止めた。

 あの大商人が、まるで幽霊でも見たかのように震え、握りしめた「寄付金の受領証」を恨めしそうに見つめている。


「……信じられないな」


 私はリリアンが戻ってくるのを待って、声をかけた。

 彼女はブースから出た瞬間に「営業用のひまわり」を仕舞い込み、今はいつもの「永久凍土」のような表情で、金貨1000ゴールドが入った袋を私のデスクに置いた。


「リリアン。君は『賄賂』という名の爆弾を、一瞬で『公的な資金』へと解体し、あまつさえ相手が最も嫌がる形に再構築して投げ返したわけだ。経理として言わせてもらえば、これほど美しく、そして残酷なマネーロンダリングは見たことがないよ」


「褒め言葉として受け取っておきます、シューマンさん。ですが、ロンダリングなどという不名誉な言葉は控えてください。私は単に、バルトロ様の『善意』をギルド規約に照らし合わせて正しく処理しただけです」


 彼女は一瞥もくれず、羽ペンを走らせる。

「それより、この1000ゴールドの記帳を。臨時収入、勘定科目は『運営強化寄付金』です。これを使って、今日中の全書類処理を完了させます。17時の鐘が鳴るまでに、貸借対照表の修正を終わらせてください。……いいですね?」


 彼女の瞳の奥に「遅れは許さない」という絶対零度の光を見た私は、反射的に背筋を伸ばした。

「……イエス、マム。残業代の出所(バルトロの金)は確保されているわけだからね。全力で計算させてもらうよ」


 彼女は一言も返さず、次の冒険者を呼ぶベルを冷徹に鳴らした。この女、やはり数字よりも恐ろしい。


◇◆◇◆◇

【視点:ミア・シレット】


「やったぁ! リリアンさん最高!」


 食堂のカウンター越しにその光景を見ていた私は、思わず持っていたジョッキを振り上げそうになった。

 あのバルトロ! いつも「俺の金がギルドを食わせてやってるんだ」なんてふんぞり返って、新人ウェイトレスを泣かせたり、高い酒をわざとこぼして掃除させたりする最低な男。


 個別ブースに連れ込まれた時は「リリアンさんが毒牙に!」って心配したけど、出てきた時のバルトロは、まるで魂を吸い取られた抜け殻みたいだった。


「見てよ、サーシャ! あのバルトロの顔! 1000ゴールドもむしり取られた挙句、天敵のマルコ商会を助けるハメになるなんて。最高のリベンジだわ!」


 隣ではサーシャが、まるで戦場記者みたいな勢いでペンを走らせている。

「『鉄のカーテン、悪徳商人を笑顔で公開処刑!』……これよ! この見出しで行くわ! 密室で何が起きたのか、ナネットさんのあの冷たい一突きがどう絡んだのか。ギルド新聞の号外決定ね!」


 エリスも、ホッとしたように胸に手を当てていた。

「リリアンさんのあの笑顔……。遠目で見ても、怒っている時のほうが何倍も綺麗で怖いですよね。まるでお花畑の向こう側に断頭台が見えるみたいで……」


 当のリリアンさんは、ホール全体の興奮なんてどこ吹く風。

 淡々と、そして優雅に次の冒険者をさばいている。彼女がペンを動かすたびに、ギルド内の空気がピリッと引き締まっていくのがわかる。


 荒くれ者が集まるこの場所で、どんな暴力よりも「規約」と「笑顔」が強いことを、彼女は教えてくれる。

 私たちの「鉄の聖女」が窓口に座っている限り、どんな汚い金もこのギルドを汚すことはできないんだわ。


【リリアンのプロな流儀】

「不衛生な悪意には、最高級の笑顔という名の消毒を。相手の毒をギルドの栄養に変え、組織の利益へと変換することこそ、プロの事務屋にのみ許された高度な錬金術である」


(第21話:完)


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