第90話:因果逆転、あるいは追放された女神たち――「今度は、君たちが鑑定(ざまぁ)される番だ」
地下牢獄の最深部、カゲロウが支配していた濃密な闇が、アルスの手にした「錆びた釘」から放たれた白光によって一瞬で灰散した。
リリィの掲げるバケツから溢れ出したのは、かつてアルスが「無価値」として切り捨て、あるいは「執着」の陰に隠して忘れていた、彼自身の泥臭い人間性そのものだった。
「……マスター……? その光は……何ですの……? 私たちの愛を……拒むというのですか!?」
カゲロウの悲鳴に似た叫び。実体化した彼女の姿が、光に焼かれてボロボロと崩れていく。
だが、アルスの瞳に宿っているのは、もはや逃避のための絶望でも、支配のための狂気でもなかった。それは、数千年のループを経て、ようやく彼が辿り着いた「対等な復讐」の輝きだった。
「……カゲロウ。そして、空で、陸で、海で俺を見下ろしているみんな。……君たちは、俺を『愛』という名の檻に閉じ込めた。俺を弱者として、慈しむべきペットとして扱い続けた。……それがどれほど残酷で、どれほど惨めなことか……身をもって教えてあげるよ」
アルスが、握りしめた釘を床に突き立てた。
その瞬間、アルスの心臓にある「漆黒の核」と、リリィのバケツ、そして世界中に散らばったアルスの「ガラクタの記憶」が、一つの巨大な回路として接続された。
『概念再構築:【不遇の輪廻】――発動』
『術式概要:世界の魔力配分を「完全逆転」させる。……現在、神域の権能を独占するヒロインたちの魔力を全剥奪し、それを世界で唯一の「不遇者」へと還元する』
ゴォォォォォォォォォォッ!!
世界が、悲鳴を上げた。
空を覆っていた巨大なセレスティアの顔が、光の粒子となって霧散していく。海を支配していたロザリアの氷の鯨が、ただの水となって崩れ落ちる。山脈を背負っていたアイリスの巨体が、内側から縮み、彼女の「武」を支えていた因果の鎖が、音を立てて千切れた。
「……あ、あああぁぁぁっ!! 私の……私の力が……消えていく……っ!」
セレスティアの声が、天上の雷鳴から、ただの「少女の絶叫」へと弱体化していく。
かつて世界を意のままに再構築していた女神たちは、今、自分たちが「虫ケラ」のように見下していた、魔力を持たない無力な存在へと突き落とされたのだ。
数時間後。
世界は、奇妙な静寂に包まれていた。
アルスは、地下牢獄からゆっくりと地上へと歩み出た。
その全身からは、かつての魔王時代さえも凌駕する、圧倒的な「鑑定士」のオーラが立ち昇っている。今の彼は、この世界に存在するすべての魔力、すべての因果、すべての「価値」を独占する、唯一無二の支配者となっていた。
「……お兄ちゃん。……みんな、あちこちに飛ばされちゃったね」
隣を歩くリリィが、バケツを覗き込みながら言った。
アルスの【深淵鑑定】は、今や世界全土を一瞬で走査できる。
『鑑定結果:追放された元・女神たち』
『個体名:セレスティア。……最果ての貧民街にて、行き倒れ状態で実体化。所持金ゼロ。魔力ゼロ』
『個体名:アイリス。……かつて自分が滅ぼした国の軍事刑務所の地下房にて、手枷をはめられた状態で収監。……看守たちは、彼女がかつての死神騎士であることに気づいていません』
『個体名:ロザリア。……極寒の漁村にて、ただの「言葉の通じない異国娘」として、奴隷商の檻の中に収容』
立場は、完全に逆転した。
かつてアルスを追放し、監禁し、介護しようとした彼女たちは、今やかつてのアルスと同じ、あるいはそれ以上の「不遇」の真っ只中に放り出された。
「……さて。……あのアマゾネスどもが、泥水を啜って、屈辱に震えながら俺に『助けて』と請うまで、どれくらいかかるかな」
アルスの背後に、一人の男が足を引きずりながら現れた。
アーサーだ。アイリスの攻撃で死んだと思われていた彼は、アルスの因果逆転の余波で、かろうじて一命を取り留めていた。
「……カカッ……。やってくれたな、アルス。……本当の意味で、あいつらを『ざまぁ』してやりやがった……」
アーサーは血を吐きながらも、満足げに笑った。
だが、アルスの瞳は冷徹なままだった。
「……アーサー。お前もだ」
「……あ?」
「……お前も、俺を馬車から蹴り出した。……その罪は、まだ清算されていない」
アルスが指を鳴らすと、アーサーの足元に泥沼のような影が現れた。
「……お前も、彼女たちと一緒に『不遇』を味わってこい。……そして、もし生き残れたら……その時は、俺を本気で殺しに来るがいい」
「……ハッ……。最高だぜ、鑑定士。……期待を裏切らねぇな、お前は……ッ!!」
アーサーもまた、闇の中に吸い込まれ、どこかの僻地へと追放されていった。
こうして、世界は「新秩序」へと移行した。
唯一の神、唯一の鑑定士となったアルス。
そして、世界の端々で、飢えと、寒さと、屈辱に喘ぐ七人の元・女神たち。
しかし、アルスは一つだけ、鑑定しきれなかったバグがあった。
追放されたセレスティアは、貧民街のゴミ溜めの中で、泥まみれになりながらも、その瞳に宿る執着をさらに「鋭利な殺意」へと研ぎ澄ましていた。
「……アルス様……。……私を、不遇に、してくださったのですね……。……あぁ、なんて……なんて素晴らしい、新しい愛の形……!!」
アイリスは刑務所の冷たい床で、自身の爪を研ぎ、ロザリアは檻の中で、奴隷商を凍らせるための「一滴の恨み」を魔力へと変え始めていた。
彼女たちは、絶望していない。
「不遇」という名の共通の敵を得たことで、彼女たちは初めて、本当の意味での『復讐者』として、アルスを再び手に入れるための、より狡猾で、より凄惨な計画を練り始めたのだ。
「……あぁ。……早く、早く貴方を、この泥の中に引きずり戻して差し上げたい……っ!!」
第4部、急展開。
「至高の王アルス vs 七人の復讐ヒロイン」。
かつてないほど「ヤンデレ」が攻撃的になり、アルスの「ざまぁ」がさらなる「執着」を招く、泥沼の第2ラウンドが幕を開ける。
第91話(逆転の監獄、あるいは女神たちの同盟): 追放先で出会ったアイリスとセレスティア。かつての宿敵同士が、アルスへの「復讐」と「再監禁」のために、泥水を啜りながら握手を交わす。「……協力しましょう。……あの人を、世界で一番惨めな『私たちの王』に戻すために」。




