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『無能と言われた【鑑定士】、実は世界樹の管理人でした 〜パーティーを追い出されたので、辺境で伝説の聖域を作っていたら、聖女や女騎士が「泊めてくれ」と泣きついてきた〜』  作者: やまご
第2章:聖域都市・建国無双編

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第87話:アイリスの山狩り、あるいはアーサーの特攻

ドォォォォォォォォォン!!

 鼓膜を劈く爆音と共に、アルスたちの頭上にあった山頂が消失した。

 それは噴火でも地震でもない。黒い業火を纏った「山脈サイズの巨剣」が、ただ一振りで地殻を断ち割った結果だった。洞窟の天井が剥がれ落ち、眼前に現れたのは、夜空を埋め尽くすほど巨大な――かつてアルスが誰よりも頼りにしていた、最強の女騎士アイリスの「貌」だった。

「……見つけた。……ネズミが二匹。……一匹は愛しい我が主。……もう一匹は、排除すべき不純物」

 アイリスの瞳は、燃え盛る二つの太陽のように山間を照らし出す。彼女の一呼吸ごとに、暴風が吹き荒れ、木々がなぎ倒される。神域から再分裂した彼女は、自らの「武」を「絶対的な法則」へと昇華させ、主を奪還するためだけに、世界の地形を書き換える歩く厄災と化していた。

「……っ、ハハ、冗談だろ……。あんなデカい女と、どうやって戦えってんだよ……!」

 アーサーが震える手で、刃こぼれした聖剣を構える。彼の足首には、地中から這い出してきたフィオナの細い蔦が既に絡みつき、骨を砕かんばかりに締め上げ始めていた。

「……アルス、鑑定しろ! ……あいつの弱点はどこだ!? どこを突けば、俺たちは生き残れるんだ!!」

 アルスは自身の眼球を血走らせ、極限の精神集中で【深淵鑑定】を無理やり回した。魔力が枯渇したこの世界で、その鑑定はアルスの寿命を削り、視神経を直接焼き焦がす。

『鑑定結果:第三巨人・アイリス(殲滅騎士形態)』

『弱点:……存在しません。……彼女は今、「アルスを救う」という因果そのものを肉体化しています。……物理的な攻撃はすべて、彼女の「献身」という名の防御膜に無効化されます』

「……ダメだ。弱点なんてない。……アーサー、逃げるんだ! ここにいたら、お前は一瞬で踏み潰される……っ!」

 その時、アイリスの巨剣が、ゆっくりと振り上げられた。その刃が落ちれば、この山脈ごと二人の存在は消滅する。アイリスにとって、アルスの肉体は「神域」で再構築すれば何度でも復元できるものであり、今の彼がどれほど恐怖しようとも、それは「しつけ」の範疇に過ぎなかった。

「……チッ。……おい、アルス。よく聞け」

 アーサーが、突然、アルスの襟首を掴んで自分の方へ引き寄せた。その瞳からは恐怖が消え、かつての傲慢な聖騎士が、最後に辿り着いた「最低で最高の覚悟」が宿っていた。

「……俺は、お前を馬車から蹴り出した。……お前を石像にした。……お前を裏切り続けた。……そんな俺が、お前に感謝されるなんて、虫唾が走るんだよ!!」

「アーサー……? 何を……」

「……あのアマゾネスは、お前しか見てねぇ。……だったら、俺が『最大級の挑発』をかまして、あいつの注意を引いてやる。……その隙に、お前は山の反対側の崖から『海』へ飛び込め!!」

 アーサーは懐から、かつて聖騎士団長だった頃に授かった、唯一の切り札を取り出した。それは、自らの魂を魔力へと一瞬で変換する、禁断の「自己犠牲の魔導核」。

「……いいか、ロザリア以外は海が苦手だ。……あいつらは巨大化しすぎて、深海まで追うのは時間がかかる。……行け!! 俺をここで、また独りぼっちにするなよ、アルス!!」

「待て、アーサー!! やめろ、死ぬぞ!!」

「……『死ぬまで呪え』って言っただろ!! お前の記憶の中に、一生、俺という『不快な傷』を残してやるんだよ!!」

 アーサーが咆哮と共に、アイリスの巨大な足元へと突撃を開始した。

 彼の全身が、魂を燃やす純白の光に包まれる。

「――おおぉぉぉぉッ!! 巨大女ァァ!! アルスを愛しているのは、この俺だぁぁぁッ!! 貴様なんぞに、この男の『初めての友人』の座は渡さんぞぉぉッ!!」

 それは、最悪の嘘であり、最高の挑発だった。

 アイリスの「嫉妬」が、一瞬でアーサーへと向けられる。

「……貴様……。……不純物の分際で、その口、二度と利けぬよう引き裂いてくれる……ッ!!」

 巨剣が、アーサーに向かって一閃された。

 地を割る衝撃波が、アルスの身体を後方へと吹き飛ばす。

「アーサーーーーーーーッ!!」

 アルスの叫びは、爆炎と土煙の中に消えた。

 彼は突き飛ばされた勢いのまま、断崖を転がり落ち、昏い海へと飲み込まれていく。

 水面に沈みながら、アルスの視界に最後に映ったのは。

 山を焼き尽くす黒炎の中で、ボロボロになりながらも、中指を立てて笑っているアーサーの姿だった。

『状況:個体名「アーサー」、アイリスの捕獲対象に指定。……生存確率、0.001%。……しかし、主様の脱出ルートの確保に成功しました』

 冷たい海が、アルスの意識を奪っていく。

 あの日、路地裏で孤独だった少年は。

 数千年の時を経て、初めて「自分を救って死んだ、不快な男」の温もりを、胸に刻んだ。

 海流に流され、辿り着いたのは、夜の帳が降りた極寒の海岸線。

 意識を取り戻したアルスの前に、静かに波を分けて現れたのは。

 

 巨大な「氷の鯨」に跨り、一滴も濡れずに海を渡ってきた、銀髪の王女ロザリアだった。

「……お帰りなさい、主様。……おかの者たちは、騒がしいですね。……さあ、私の『絶対零度の揺り籠』で、もう一度、深く眠りましょう……?」

 逃避行は、一時の猶予さえ許されない。

 魔力ゼロ。相棒喪失。

 アルスの絶望的なサバイバルは、極寒の深海編へと加速する。

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