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『無能と言われた【鑑定士】、実は世界樹の管理人でした 〜パーティーを追い出されたので、辺境で伝説の聖域を作っていたら、聖女や女騎士が「泊めてくれ」と泣きついてきた〜』  作者: やまご
第2章:聖域都市・建国無双編

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第86話:泥の中の絆、あるいは巨人の足跡――「愛という名の天災から逃げろ」

ドォォォォォォン……。

 地響きが鼓膜を揺らすたび、廃村の腐った木造家屋が小刻みに震え、埃を落とす。アルスはアーサーに襟首を掴まれ、泥水が溜まった側溝へと無理やり引きずり込まれた。

「……息を殺せ、アルス。絶対に『魔力』を練ろうとするなよ。今の彼女たちは、この大気のわずかな揺らぎさえ『主様の吐息』として鑑定しやがる」

 アーサーの囁き声は、かつての傲慢な聖騎士のそれではなく、泥を啜って生き延びた野良犬の鋭さを孕んでいた。アルスは冷たい泥水に顔半分を沈めながら、割れた雲の隙間から覗く「それ」を仰ぎ見た。

 空を、巨大な「顔」が横切っていく。

 それは、神域の崩壊を経て自らを世界そのものへと再構築したセレスティアの、雲を貫くほどに巨大化した実体だった。彼女の黄金の瞳は、一つが街一つを飲み込むほどの大きさがあり、その視線が地上を舐めるたび、森はなぎ倒され、大地は熱を帯びて発火する。

「……アルス様ぁぁ……。どこ……どこに隠れていらっしゃいますの……? ……冷たい泥の中なんて、貴方の肌には合いませんわ……。さあ、わたくしの、温かな手のひらにお戻りなさい……」

 天から降り注ぐのは、慈愛に満ちた、しかし物理的な質量を持った「声」の衝撃波。

 アルスは泥の中で、かつて自分が持っていた【深淵鑑定】の残滓を、神経を削るような思いで極限まで絞り出した。魔力が使えないこの地では、脳細胞を直接燃やすような「生身の鑑定」しか残されていない。

『鑑定結果:第一巨人・セレスティア(超広域索敵形態)』

『状態:……狂乱的な執着心。現在、地上の「炭素反応」を一つずつ「主様かどうか」で照合中。……この村が視界に入るまで、残り120秒』

「……アーサー、あと二分でここも『鑑定』される。……あいつ、石ころ一つまでひっくり返して探すつもりだぞ」

「チッ、相変わらず重てぇ女だ……。おい、あっちの『呪われた洞窟』へ走るぞ。あそこは前世で魔王のお前が、自分の隠れ家にするために『因果の隠蔽』を施した場所だ。あそこなら、あの巨大な目ん玉も届かねぇ」

 二人は側溝から飛び出し、腰まである藪を掻き分けて走った。

 アルスの呼吸は浅く、脚は鉛のように重い。神域で「至福の介護」を受けていた代償として、彼の筋肉は驚くほど衰えていた。

「ハァ、ハァ……っ! 待て、アーサー……。俺、もう……足が……」

「甘えてんじゃねぇッ! お前を抱っこして運ぶのは、あいつらだけで十分だろ! ……ほら、来い!!」

 アーサーがアルスの手を掴み、強引に斜面を駆け上がる。その手のひらのタコと、脂ぎった汗の感触。それは、リリスやセレスティアが与えてくれた「完璧な清潔感」とは正反対の、吐き気がするほど生々しい「人間」の重みだった。

 洞窟の入り口に飛び込み、冷たい岩肌に背を預けた瞬間、外の世界が黄金の光に包まれた。セレスティアの視線が、今いた廃村を通過したのだ。ドォォォンと轟音が響き、廃村の残骸が光の圧力だけで粉砕される音が届く。

「……助かった……のか?」

「……いや、まだだ。見ろ、洞窟の奥を」

 アーサーが指差した先。

 そこには、暗闇の中にぼんやりと光る、無数の「深緑の脈動」があった。

「……フィオナの、蔦……?」

 それは、神域でアルスを雁字搦めにしていたあの植物の、いわば「神経系」の末端だった。セレスティアが「空」を支配しているなら、フィオナは「地」のすべてを自らの根で覆い尽くしていたのだ。

『警告:洞窟内の植物に「聴覚センサー」を確認』

『状態:……二人が発した「声」の振動を、地下のフィオナ本体へ送信中。……到達まで残り30秒』

 アルスは絶望に目を見開いた。

 この洞窟は、外界からの視線を遮る代わりに、音を立てた瞬間に「居場所」を告げる、巨大な糸電話の受話器だったのだ。

「……アーサー、喋るな。筆談だ」

 アルスは地面の砂を指でなぞった。アーサーも顔を引き攣らせ、無言で頷く。

 二人は、蔦を刺激しないよう、一センチ動くのに数分をかけるような、極限の「忍び足」で奥へと進む。

 カサッ。

 アルスの服の裾が、わずかに枯れ葉に触れた。

 その瞬間、洞窟中の蔦が一斉に「ビクン!」と跳ね、全ての先端がアルスの方を向いた。

「――アルス、様。……見つ……けた。……暗いところ、好き……。……私も、好き……。……二人で、根っこになりましょう……?」

 地底から響く、フィオナの粘つくような声。

 直後、洞窟の壁が内側から爆発し、太い木の根がアイアンメイデンのようにアルスを包囲した。

「……っ!! 【再構築:摩擦ゼロ】……ッ!!」

 アルスは反射的に、自身の「寿命」を数日分燃やして、強引に極小の魔力を生成。自身の体に纏わせた。ぬるりと蔦の包囲をすり抜け、アーサーの手を掴む。

「走れ、アーサー!! 今度は『第2の巨人』が来るぞ!!」

 洞窟の奥、地上の山を丸ごと粉砕しながら、黒い大剣を担いだ「山脈サイズのアイリス」が、アルスの匂いを嗅ぎつけて接近してくる。

 「アルスゥゥゥ!! 貴殿との『演習』の時間だぁぁぁ!!」

 山が、空が、彼女たちの愛の重圧で歪んでいく。

 不遇の鑑定士と、落ちぶれた聖騎士。

 二人の、絶対に「捕まってはいけない」地獄の追いかけっこは、まだ始まったばかりだった。

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