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『無能と言われた【鑑定士】、実は世界樹の管理人でした 〜パーティーを追い出されたので、辺境で伝説の聖域を作っていたら、聖女や女騎士が「泊めてくれ」と泣きついてきた〜』  作者: やまご
第2章:聖域都市・建国無双編

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第79話:最後の再構築、あるいは「さよなら」の鑑定――「幸せすぎて、俺が消える」

神の羽毛に包まれ、聖女の膝に抱かれ、魔王の番犬に体温を奪われる。

 この上ない至福。これこそが、不遇を託い、世界に復讐したアルスが辿り着いた「終着駅」のはずだった。だが、アルスの瞳の奥に映るシステムログは、冷酷なカウントダウンを刻み続けている。

『警告:自我の境界線が80%消失。……個体名「アルス」はまもなく、自律思考を持たない「愛の受信機」へと再構築されます』

(……ああ、そうか。……みんなの愛は、俺には「重すぎた」んだな)

 アルスは、自分の指を動かそうとした。だが、指一本を動かす必要さえ、今の彼にはない。動かそうとする「意志」が生じる前に、ロザリアが指先を温め、カゲロウが影で支え、アイリスがその意図を汲み取ってしまう。

 愛されている。完璧に。

 だが、それは同時に「アルス」という人間の死と同義だった。

「……マスター。今、何を鑑定されましたか?」

 リリスが、アルスの瞳のわずかな揺らぎを逃さず問いかけた。彼女の指先が、アルスのこめかみにそっと触れる。その指からは、微かな「強制沈静マインド・コントロール」の魔力が漏れ出していた。

「……リリス。……俺は、幸せだよ。……でも、このままじゃ、俺……俺じゃなくなるんだ」

「……それで良いのです、マスター。……貴方が『俺』という苦しみから解放され、ただ私たちの愛を享受するだけの存在になる。……それこそが、私が設計した、マスターのための『真の救済』ですわ」

 リリスの微笑みは、もはや聖母のそれだった。

 セレスティアも、アイリスも、他の者たちも、その言葉に深く頷く。彼女たちは、アルスを「個」として愛しているのではない。自分たちが愛を注ぎ、管理し、世話を焼くための「核」として、アルスを保存しようとしているのだ。

「……ひ、ひゃははは! 詰みだな、鑑定士! ……お前が作った女たち、お前が救った女たちが、お前を『幸せという名の棺桶』に閉じ込めようとしている! ……これ以上のざまぁ展開があるかよ!!」

 ネルガルの笑い声が、もはや遠い世界の出来事のように聞こえる。

 アルスは、残された最後の力を振り絞り、自身の魂の深淵へと【鑑定】の光を向けた。

『鑑定対象:アルスの存在意義アイデンティティ

『再構築案:……不可。……既存のすべての「縁」を維持したままの自由は、論理的に不可能です』

『唯一の選択肢:【因果の完全切除】。……彼女たちの記憶から自分を消し、この世界からも消滅し、ただの「概念」として虚空へ逃れること』

(……みんなが俺を忘れる。……俺も、みんなを忘れる。……それが、唯一の『自由』か)

 アルスの胸が締め付けられる。

 あの日、路地裏でセレスティアに救われた時の喜び。アイリスと背中を預けて戦った時の熱さ。フィオナの不器用な献身。ロザリアの冷徹な知性。カゲロウの無言の忠誠。……そして、リリスという歪な愛の形。

 それらすべてを「無」にすること。

「……リリィ。……バケツ、貸してくれないかな」

 アルスは、腕の中にいる無垢な少女に、震える声で頼んだ。

 リリィは、すべてを飲み込む「虚無の器」。彼女の力を借りて、自分自身の因果をすべて吸い込ませれば、この地獄の如き幸福から脱出できる。

「……お兄ちゃん? ……いいよ。お兄ちゃんが、お空に行きたいなら……私が、道を作ってあげる」

 リリィがバケツを持ち上げた。

 その瞬間、リリスの瞳が鋭く細まり、教会の空気が一瞬で凍りついた。

「……マスター。……リリィに何をするつもりですか? ……その『意志』、再構築して差し上げなければなりませんわね」

 リリスが手をかざすと、アルスの意識を強制的に闇へ落とすための「管理者権限」が発動した。セレスティアたちが一斉にアルスを押さえ込み、逃亡を阻止しようとする。

「……【概念再構築:……さよなら】!!」

 アルスが指を鳴らした。

 ドォォォォォォォォォン!!

 光溢れる教会の中で、アルスの存在が「白」へと塗りつぶされていく。

 

 愛する者たちの叫び声が遠ざかる。

 セレスティアの絶望した顔、アイリスの悲鳴、リリスの狂おしいまでの拒絶。

 それらすべてを置き去りにして、アルスは「幸せ」という名の重力から、ついに解き放たれた。

 ……気がつくと。

 そこは、見覚えのない、真っ白な空間だった。

「……逃げられたのか? 俺……」

 自分の手を見る。そこには魔王の爪もなく、管理者の権能も、介護による衰弱もない。

 ただの、どこにでもいる「鑑定士の少年」の姿があった。

「……あぁ、逃げられたよ。……おめでとう、アルス」

 隣に、一人の少女が座っていた。

 セレスティアでもリリスでもない。

 記憶も執着も持たない、ただの村娘としての「リリィ」。

 

「……ここはどこなんだ?」

「……何もない場所。……でも、ここなら、誰も君を縛らない。……君が誰かを『鑑定』しなくても、誰かに『再構築』されなくても、ただ、ここにいていい場所」

 アルスは、真っ白な地平線を見つめた。

 数千年のループ。狂った愛。神を椅子に変えた傲慢。

 すべてが、遠い昔の夢のようだった。

「……リリィ。……これから、何をしようか」

「……何もしなくてもいいし、何でもしていいよ。……とりあえず、お腹空いたでしょ? ……あっちに、美味しそうなリンゴの木、作ってみようか」

 アルスは、久しぶりに、心からの笑顔を浮かべた。

 

 不遇の鑑定士が、世界を二度壊し、最後に手に入れたのは。

 最強の力でも、絶世の美女たちのハーレムでもなく。

 ただの少女と、ただのリンゴを分け合う、何でもない「明日」だった。

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