第67話:黄金の天網――「正妻」の包囲と、空の守護者
反転重力によって、地上を焼き尽くすアイリスの炎とフィオナの蔦から逃れ、アルスはリリィを抱えたまま雲を突き抜けた。
眼下に広がるのは、燃える廃村。だが、見上げた空に広がっていたのは、絶望的なまでに美しい「黄金の幾何学模様」だった。
「……あ、あぁ……お兄ちゃん。お空に、お花が咲いてる……?」
リリィが無邪気に指差す。だが、アルスの【鑑定】は、その「お花」の正体が、空一面を覆い尽くす**【全方位探知型・捕獲結界】**であることを冷酷に告げていた。
「……あら。ようやく、空へ帰ってきてくれましたのね?」
雲の切れ間から、純白のドレスを翻し、背中に六枚の漆黒の翼を広げたセレスティアが音もなく降臨した。彼女の指先には、アルスの魂と直結した「運命の糸」が握られ、獲物を手繰り寄せるようにゆっくりと引かれている。
「セレスティア……っ! 街のギルドを買収しただけじゃ飽き足らず、空まで封鎖したのか!」
「……ええ。アルス様がどこへ飛ぼうとも、この空のすべてが私の『目』ですわ。……そして、この子のことも……すでによく見えています」
セレスティアの視線が、アルスの背中にしがみつくリリィに注がれる。その瞬間、空気が凍りついた。
「……不純物。前世の記憶を持たず、ただ純粋な善意だけでアルス様の隣にいる……。……一番、許せないタイプですわ」
「ひっ……! お姉ちゃん、目が……目が怖いよぉっ!!」
リリィがアルスの首にしがみつき、激しく震え出す。セレスティアが指を鳴らそうとしたその時。
キィィィィィィィィン!!
大気を切り裂くような鋭い風が、セレスティアの黄金の結界を一文字に切り裂いた。
「……セレスティア様。……主様の移動を妨げるのは、私の『職務』に反します」
雲を割って現れたのは、巨大な氷の鳥に跨がり、氷結の双剣を構えた銀髪の美女――ロザリアだった。
かつての魔導王女であり、前世ではアルスの「隠密・偵察」を司っていた彼女もまた、その冷徹な瞳に「千年分の熱い愛欲」を湛えて再構築されていた。
「ロザリア!? 君まで、もう追いついてきたのか!」
「……主様。……空は私の領域。……貴方が逃げ、迷うほどに、私の氷の楔が貴方の肉体に深く刻まれていく。……さあ、その『不浄な娘』を捨て、私の背に乗りなさい。……今度こそ、誰の手も届かない『絶対零度の揺り籠』へ連れて行きます」
「……ロザリアさん。……貴女まで、私に盾突くのですか?」
セレスティアの黄金と、ロザリアの白銀。
二人の巨大な魔力が空中でもつれ合い、雷鳴のような衝撃波を撒き散らす。
「……リリィ、しっかり捕まってろ! ……二人がやり合ってる隙に、雲の裂け目から降下するぞ!!」
アルスは【再構築】の残りの魔力を使い、空中で「風の反動」を作り出した。
だが、降下しようとしたアルスの視界に、新たな【鑑定】ログが走り抜ける。
『警告:地上に「カゲロウ」の影縛りを確認』
『警告:王都より「エルーシャ王女」率いる魔導戦車隊が接近中』
『結論:この世界に、逃げ場など存在しません』
「……くそっ! ……ネルガル! ネルガル、見てるんだろ!? ……何か、これ以上ないくらいの『大逆転の一手』を教えろ!!」
アルスが絶望的に叫ぶと、懐のステルス外套が怪しく赤く光り、ネルガルの嘲笑が響いた。
『……ひゃははは! しょうがねぇな! ……いいか、鑑定士。……女たちの記憶が戻っているなら、**「あいつ」の封印も解けているはずだ。……かつてお前が再構築して、そのまま忘れていた……「第1部で死んだはずの、あの男」**のな!!』
「……第1部で死んだ、あの男……? ……まさか!!」




