第51話:慈愛の監禁――「もう、お外は危険ですから」
工房の床に広がったアルスの黄金の血。それを啜り上げた【暴食の心臓】が、ドクンと脈打つたびに、セレスティアたちの瞳から「人間としての理性」が剥がれ落ちていく。
「……あぁ、アルス様。こんなに震えて。……可哀想に。お外は、こんなにも残酷な不純物で溢れているのですね」
セレスティアが、血のついたナイフを投げ捨て、アルスの負傷した肩をやさしく包み込んだ。彼女の指先から漏れ出す魔力は、傷を塞ぐと同時に、アルスの神経系に直接作用し、その自由を奪う「麻痺の毒」へと変質していた。
「……っ、セレスティア……やめろ……。俺は、大丈夫だ……っ」
「いいえ、大丈夫ではありませんわ。……貴方は優しすぎる。だから、私たちがお守りしなくては。……永遠に、誰の目にも触れない場所で」
アイリスが、背後からアルスの脇に手を通し、赤子を抱くように軽々と持ち上げた。彼女の腕の筋肉が、ミリミリと音を立てて再構築され、人間には不可能な剛力でアルスを固定する。
「……アイリス、放せ……っ!」
「放さない。……二度と、貴殿を泥の中に立たせはしない。……村の地下に、かつてのアルスガルドの残骸から作った『特別な部屋』がある。……そこなら、風も、汚れも、醜い男たちの視線も届かない」
アルスの意識が、セレスティアの魔力によって急速に混濁していく。
視界の端で、逃げ損ねたガレスがカゲロウの「肉の触手」によって生きたまま繭の中に閉じ込められ、工房の壁に『飾り』として埋め込まれていくのが見えた。
「……ひ、酷い……。こんなの、俺が望んだ……再構築じゃない……っ」
「主様。主様が望んだのは『平和』でしょう? ……この地下室こそが、主様にとっての究極の平和なのです」
カゲロウが耳元で囁く。その声は、かつての忠義ではなく、獲物を手に入れた蜘蛛のような悦びに満ちていた。
引きずられるようにして連れて行かれたのは、工房の地下、かつてはジャガイモの貯蔵庫だった場所。……しかし、そこは既に、アルスの知らないうちに『黄金の檻』へと作り替えられていた。
壁一面に張り巡らされた魔導回路。柔らかすぎるシルクの寝具。そして、外からは決して開かない、物理と魔法の両面で封印された重厚な扉。
「……さあ、アルス様。ここが、貴方の新しい世界です」
ドォォォォォン……。
重い扉が閉まり、静寂が訪れる。
薄暗い部屋の中で、アルスを囲む五人の美女たち。彼女たちの瞳だけが、暗闇の中で黄金色に怪しく発光している。
「……アルス様。お腹、空きましたか? ……それとも、先に『私』を召し上がりますか?」
セレスティアが、ゆっくりと服の紐を解き始める。
「……くくっ。自業自得だな、鑑定士。……お前が甘やかしたツケが、この『飼育箱』だ」
部屋の隅、影の中からネルガルが姿を現した。彼女は【暴食の心臓】を弄びながら、絶望するアルスを見下ろして嘲笑う。
「……ネルガル……。君は、こいつらとグルなのか……?」
「まさか。私はただ、面白いから見ているだけだ。……だが、一つだけ助言してやろう。……その心臓を使えば、ここから出られるぞ。……ただし、引き換えにお前の『心』の半分を、私に捧げてもらうがな」
アルスの目の前に差し出された、脈打つ呪物。
そして、服を脱ぎ捨て、熱い吐息を漏らしながら自分に這い寄ってくる妻たち。
神の座から墜ちた鑑定士に突きつけられた、究極の二択。
「人間」として愛の怪物に飼い殺されるか。
「魔王」として、全てを破壊して再び神の孤独へ戻るのか。




