第49話:因縁の再会――泥を啜る勇者と、隠しきれない殺意
工房の前に倒れ込んだのは、かつてアルスを「ゴミ拾いの鑑定士」と呼び、嘲笑いながらパーティから追放した戦士・ガレスだった。
かつての黄金の重鎧はひび割れ、自慢の大剣は中ほどから折れている。そして何より、彼の右腕は肩口から無残に欠落し、包帯からは腐敗した魔力の黒い膿が滴り落ちていた。
「……アルス、なのか? 嘘だろ……その、みすぼらしい姿……」
ガレスは、ボロを纏ったアルスを見上げ、絶望と安堵が混ざったような歪な笑みを浮かべた。
「ガレス。……生きていたのか。他のメンバーはどうした?」
「……全滅だ。あの『深淵の主』の眷属に襲われてな……。俺だけが、この『呪物』を抱えて逃げ延びた……」
ガレスが震える左手で懐から取り出したのは、赤黒く拍動する「肉塊のような宝石」だった。
『鑑定結果:【暴食の心臓】』
『状態:極めて危険。……周囲の者の「執着心」を物理的なエネルギーに変換し、肉体を異形へと再構築する』
アルスの脳裏に警報が鳴り響く。これは、かつて彼が天空都市でヒロインたちに施した「過剰な魔力供給」と、極めて似た波長を持っていた。
「……アルス様。その方を、中へ入れるのですか?」
背後から、セレスティアが静かに現れた。
その手には、先ほどまでパンを切っていたナイフが握られている。彼女の瞳には、かつての聖女の慈愛など微塵もなく、ただ「自分の生活圏に侵入した異物」への、冷徹な排除の意思が宿っていた。
「セレスティア、待って。彼は怪我をしているんだ」
「……彼は、アルス様を捨てた男ですわ。アルス様を傷つけ、泥を啜らせた『不純物』。……そんなものを、この清らかな村(聖域)に入れる必要はありません」
セレスティアが一歩踏み出す。その瞬間、彼女の足元から、枯れていたはずの魔力の残滓が、黒い棘となって地面を割り始めた。
「そうだ、アルス。……こいつは殺して、その『石』だけ奪えばいい」
いつの間にか、屋根の上にアイリスが立っていた。
彼女の弓には、すでに鋭い矢が番えられている。その狙いはガレスの喉元ではなく、まるで「自分たちの秘密を知る証人を消す」かのような、迷いのない殺気だった。
「待て! 二人とも、落ち着け! ……今の俺たちは、もう『あっち側』じゃないんだ!」
アルスが必死に叫ぶが、彼女たちの耳には届かない。
ガレスが持ってきた【暴食の心臓】が、彼女たちの心の奥底に封印されていた「アルスへの独占欲」を、再び活性化させてしまったのだ。
「……あぁ、アルス様。……貴方は、優しすぎる。……だから、私たちが代わりに『お掃除』してあげますね?」
セレスティアの瞳が、一瞬だけ黄金色に濁った。
「……ヒッ、化け物……っ! お前ら、あの天空都市の……っ!!」
ガレスが腰を抜かし、後ずさる。
アルスは悟った。
彼女たちの「バグ」は、直ったのではない。
ただ、この平和な村という「新しい檻」の中で、アルスが自分たちだけを見ているという状況に、一時的に満足していただけなのだ。
一人の侵入者。一つの呪物。
それだけで、再構築されたはずの日常は、再び「血と愛」に塗れたサスペンスへと引き戻されていく。
「……やめるんだ! 【鑑定】……くっ、権能が、足りない……っ!!」
アルスが手を伸ばした瞬間、セレスティアのナイフが、ガレスの喉元へと吸い込まれるように放たれた。




