第45話:神の遺物――産声と、抜け殻の王座
天空要塞アルスガルドの最深部。「聖域大浴場」も「空中庭園」も、今や粘りつくような黄金の魔力液で満たされた『巨大な子宮』へと再構築されていた。中心に鎮座するのは、かつての主アルス。しかし、その姿はもはや人間とは呼べないものへと変質していた。
アルスの肉体は半透明の黄金結晶と化し、その全身からは無数の光の触手が伸びている。その触手は、周囲を取り囲む六人の妻たちの胎内へと直接繋がり、休むことなく「命の源(魔力)」を送り込み続けていた。
「ぁ、あぁ……っ! 来たわ……アルス様の、一番純粋な『核』が、私の中に……っ!!」
セレスティアが、異常なほどに膨らみ、黄金の紋様が浮き出た腹部を抱えて絶叫した。彼女の瞳からは涙の代わりに黄金の雫が溢れ、その表情は聖女の慈愛を通り越し、捕食者の歓喜に染まっている。
ドクン、ドクン、と。
アルスガルド全体が、巨大な心臓のように脈動を始めた。
『システム:【新人類・再構築】が最終フェーズに移行』
『個体名アルスの「魂の残滓」を全ヒロインへ完全分配……。……完了』
『主の意識:消失。……代わりに、神の「器」としての機能を確認』
アイリスが、もはや物言わぬ黄金の彫像となったアルスの胸板に耳を寄せる。そこから聞こえるのは鼓動ではなく、機械的な魔力の循環音だけだ。彼女は満足げに、その結晶化した頬を愛撫した。
「アルス……。貴殿は死なない。私たちの血の中に、そして今産まれようとしている『私たちの子』の中に、貴殿は永遠に生き続けるのだ。……誰も、貴殿を外の世界へは連れて行かせない」
その瞬間、六人の妻たちが同時に、天を突くような産声を上げた。
ドォォォォォォォン!!
アルスガルドの天蓋が弾け飛び、そこから六つの「純粋な光」が天へと昇った。
産み落とされたのは、人間の赤子ではなかった。
アルスの【再構築】と【鑑定】の権能を生まれながらに持ち、母親たちの「狂気的な愛」を本能として刻み込まれた、新たなる神の雛たち。
赤子たちは産声を上げると同時に、空中を浮遊し、中心に座る「父の抜け殻」の周りを回り始めた。彼らは本能的に、黄金の結晶から溢れる魔力を啜り、自らの糧とする。
「……あぁ、なんて素晴らしい。……鑑定士、お前はついに『神』になったのだな。……自らを切り分け、世界に愛をばら撒く、意志を持たぬ『供給機』という名の神に」
ネルガルが、自身から産まれた「黒い翼を持つ黄金の幼子」を抱き、狂ったように笑う。
アルスの意識は、もはやどこにもない。
彼は、自らが愛した女性たちに食い尽くされ、分解され、その破片を新しい世界(子供たち)の礎として捧げた。
天空都市アルスガルドは、もはや「救済」の象徴ではない。
「父」という名の永遠の供物を喰らい続け、黄金の光で世界を塗りつぶしていく、美しき終末の揺り籠。
地上から見上げる人々は、空に咲いた六つの新たな太陽(子供たち)を見て、それがアルスの「最後の奇跡」だと信じて祈りを捧げる。
だが、その光の根源にあるのは、愛という名の狂気に呑み込まれ、永遠に「再構築」され続ける一人の男の無残な残滓であった。
『最終ログ:世界は正常に再構築されました。……バグ(自由意志)は、すべて排除されました』
――ハネムーンは、ここに永遠となった。




