第46話:真・再構築――「不遇の鑑定士」への回帰、そして断罪
黄金の光に満ちた天空要塞アルスガルドの最深部。六人の神子たちに魔力を吸われ、妻たちの愛という名の胃袋に溶かされ続けていたアルスの「抜け殻」が、不意に、パキリと乾いた音を立てた。
それは、神としての再構築を拒絶する、あまりに人間臭い、惨めな自我の亀裂だった。
『緊急エラー:システム・オーバーフロー。……個体名アルスの「最下層データ」が復元されました』
『復元ログ:【不遇の鑑定士】。……誰にも期待されず、ただゴミの中の価値を見出していた、あの頃の「空腹」と「孤独」』
アルスの黄金の結晶化した胸の奥から、ドクン、と汚い鼓動が跳ねた。
それは彼女たちが望んだ「神の拍動」ではない。生きるために泥水を啜り、蔑まれながらも「自分」を維持していた頃の、泥臭い人間の鼓動だ。
「……あ、あぁ……っ。……気持ち、悪い……っ」
アルスの唇が、数ヶ月ぶりに「意志」を持って動いた。
その瞬間、彼に縋り付いていたセレスティアたちが、弾かれたように身を隠した。彼女たちの本能が、目の前の「供給機」が、再び「自分たちの理解できない男」に戻ったことを察知したのだ。
「アルス様……? 何を……その、薄汚い魔力は、何……っ?」
セレスティアが震える指でアルスを指差す。
アルスの全身から溢れていた黄金の光が、急速に煤けた灰色、そして「無」の色へと塗り替えられていく。彼が【再構築】したのは、世界でも、彼女たちの肉体でもない。自分自身の**「価値」をゼロにする**という、自己否定の再構築だった。
「……みんな。俺が、間違っていたよ。……『鑑定』して、都合よく書き換えて……。君たちの『狂気』を作ったのは、俺自身だ」
アルスが立ち上がる。結晶化した皮膚が剥がれ落ち、中から現れたのは、かつての勇者パーティを追放された時のような、痩せ細り、ボロボロになった少年の姿だった。
「主様、待ってください! 行かないで、私たちを置いていかないで……っ!」
カゲロウが泣き叫び、肉の鎖を伸ばす。だが、アルスはその鎖を素手で掴むと、冷徹に呟いた。
「【逆転再構築】――すべてを、元のガラクタに戻そう」
ドォォォォォォォン!!
アルスガルド全体を包んでいた黄金の霧が、一瞬で「ただの砂」へと変わった。
世界を救った神の力も、彼女たちの異常なまでの愛も、アルスの絶倫な精力も……すべてが、アルスの「不遇」という名のブラックホールに吸い込まれていく。
「……ぁ、あぁ……。私の、神子たちが……っ、ただの『泥の人形』に……っ!!」
ネルガルが絶叫する。彼女が抱いていた黄金の赤子は、アルスの権能が消えた瞬間、命を失った土の塊へと帰り、ボロボロと崩れ落ちた。セレスティアたちの膨らんだ腹部も、まるで夢が覚めたかのように萎み、彼女たちはただの「執着心が強いだけの、普通の女」へと強制的に戻された。
アルスは、力なく座り込む彼女たちを見下ろし、悲しげに微笑んだ。
「……これで、おしまいだ。……俺は、もう君たちの『神』じゃない。……ただの、ゴミ拾いの鑑定士だ」
アルスが指を鳴らすと、天空要塞アルスガルドの浮遊機関が停止した。
巨大な都市は、ゆっくりと、しかし確実に、地上という名の「現実」へと落下を始める。
『最終警告:アルスガルド、崩壊まで残り300秒』
『アルスの能力:完全消失。……彼は今、ただの人間として死の淵に立っています』
落下する都市の中で、アルスは床に横たわった。
狂った愛から解放された彼女たちが、自分を恨むのか、それとも共に死ぬことを選ぶのか。
彼はそれさえも【鑑定】することをやめ、ただ、静かに目を閉じた。
「……あぁ、腹が減ったな……。……あの日、捨てられた時と同じくらい……」
黄金の神話は、自らの手で「ガラクタ」へと書き換えられ、終わりを迎える。
――本当の救済は、ここから始まるのかもしれない。




