第三村からの陳情が届きました
俺の屋敷にアデーレが住み始めてから日常が大きく変わった。
朝早く起きると、執務室で朝食を食べながら事務処理をこなしていく。
今日は領地内から上がってきている報告書の確認だ。
ジラール領の四方に一つずつ村が存在しており、小麦や野菜を育てている。
中心には唯一の町があって、俺の屋敷がある他、雑貨屋、鍛冶屋、各種ギルド、教会、治療院、小さい兵営などがあって、ジラール家の心臓部だといっても過言ではない。
時間をかけて各地の状況をまとめた羊皮紙を読んでいるが、税を軽くしたこともあって、今のところ反乱の兆候はない。
「ジャック様、第三村からの陳情が届きました。急ぎとのことです」
領地内の村に名前はなく、番号を振っている。
第三村とは二週間ほど前にアデーレが守った例の村のことだ。
俺と一緒にいた兵、ルートヴィヒの報告書を読んでいるので、内容はなんとなく想像できるが念のため確認しておくか。
「見せろ」
ケヴィンから羊皮紙を奪い取る。
窮地を助けてもらったお礼から始まり、魔物襲撃の被害によって収穫量の大幅減と備蓄が全滅していると報告、最後は減税についてのお願いが記載されていた。
まあ、予想の範囲内だ。
「どうされますか?」
羊皮紙から目を離してケヴィンを見る。
もしかしたら俺がどんな判断をするのか試しているのかもしれないな。
「税はいままでどおりだ」
第三村だけ完全に免除すれば喜ぶだろうが、翌年復活させたときに税に対する反感を持つだろう。
領主がいなければ、すべて自分たちの物。
そんな風に考えるきっかけを与えてしまうかもしれない。
また何かあれば税を軽減してくれる温い領主と舐められても、統治に問題が出てくる。
一時的でも税を撤廃することはしたくない。
減税したばかりなので、増税して復興用の予算を作るのも悪手。
とはいえ陳情を無視すると、村を見捨てたと噂が流れて領民の反乱コースに突入する。
対策は必要だ。
「その代わり屋敷にある備蓄を開放する。一年分の食糧を第三村に送れ」
人間は食べる物さえ与えておけば、ある程度の不満は受け入れてくれる。
その後、復興に向けて動けばいいのだ。
減税するより効果はあるはず。
「それとギルドと話し合って、大工を数人派遣する準備と復興のプランをまとめておけ」
「予算はどのぐらいを見込まれておりますか?」
「家具を売った代金で工面しろ」
ジラール家の財政は逼迫している。
クズ両親のせいで、万年赤字が続いていたのだ。
本来であれば俺が豪遊するためのお小遣いとして使う予定だったのだが、村を見捨てれば破滅の使者である勇者がやってくるかもしれない。
少し遠回りになるが、破滅フラグを回避するためには仕方ないと諦めよう。
「承知いたしました。すぐに動きます」
「もし、文句を言うヤツがいたら俺の前に連れてこい」
反抗するヤツは、裏切り者予備軍として顔と名前を覚えてくからな。
絶対に許さない。
隙があれば処刑してやろう。
「そんな領民、いないと思いますが……」
俺の考えが理解できてないような返答だな。
ケヴィンは決して頭の悪い男ではないが、当主が裏切りを警戒していると思っていないのだろう。
これは決して悪いことではない。
相手が警戒していないと言うことになるから。
「いなければそれでいい。いたら、連れてこい。それだけだ」
「かしこまりました」
深く礼をしてからケヴィンは退出した。
残りの仕事を終わらせてから席を立つ。
黙って部屋を出るとルミエがついてきた。
お互いに無言である。
昏睡する前のジャックであればケツを触っていただろうが、今は裏切りを早めるような行為は避けるべきである。
昼食を食べてから木剣を二本持つと、中庭にまで移動をする。
アデーレが一人で素振りをしていた。
「師匠。今日も訓練を頼む」
訓練をするときだけアデーレを師匠と呼ぶことにしたのだ。
特に意味はない。
ただの気まぐれである。
「はい、もう始めますか?」
「もちろんだ」
午後は稽古の時間だ。
昔は魔法を習っていたみたいだが、相手が女だったこともあってジャックがセクハラしまくって辞めたらしい。
だから一部の初級~中級の魔法は使えるという、中途半端な能力となっている。
ゲーム序盤は弱いという設定を現実に反映するとこうなるんだな、という話であった。
本来であれば弱いままジャックは日常を過ごしていたと思うが、俺は攻略知識を持っているのでそんな愚行は犯さない。
毎日のように痛みを感じ、体は悲鳴を上げているが、生き残ることには必要なのでアデーレとは激しい訓練をしている。
「ジャック様! 動きが鈍ってますよ!」
二人で模擬戦をしていたら、アデーレの木剣が俺の太ももを叩く。
全力ではないので骨折していないが、力は入らず地面に膝をついてしまった。
顔を上げると切っ先が目の前にある。
「魔力による身体能力強化にムラがありますね。まんべんなく強化できていれば、木剣を叩きつけた程度ならダメージは受けません」
「まだダメか。難しいな……」
「ジャック様の上達は早いほうですよ。安心してください」
アデーレが手を差し出したので握ると立ち上がる。
ゲーム内で最強とまで呼ばれていた彼女が保障するのであれば、真面目に訓練すれば強くなれるはず。
俺のやり方は間違っていない。
贅沢な生活をするためにも今日もがんばろうではないか。




