謝る相手は私ではないでしょ
訓練を始めて三時間ほど経った。
魔力による身体能力強化に慣れてきたが、三時間もアデーレと模擬戦をしているので体力の限界が近い。
「ハァ、ハァ……ハァ」
全身から汗が噴き出して筋肉に疲労が溜まっている。
体を動かすのが億劫だ。
一方で、俺と同じ運動量だったはずのアデーレは、汗一つかいてない。
何が楽しいのかわからないがニコニコと笑顔を浮かべている。
コイツ、Sの才能があるんじゃないか?
ゲームではもっと従順で優しい性格だと思っていたんだが、現実はちょっと違っていたようだ。
「少し、休憩しましょうか」
動けない俺に気を使って、アデーレが提案した。
これ以上の続行は難しかったので助かる。
「そうしよう」
中庭には、庭園を鑑賞するための丸いテーブルと椅子が三脚用意されていた。
アデーレと俺はそれぞれ椅子に座ると一息つく。
空は青く、雲はない。
風が吹くと熱くなった体が少しだけ冷めた気がした。
「紅茶と焼き菓子をお持ちいたしました」
ルミエがテーブルに二つのカップを置くと、お茶を入れる。
種類はわからないが柑橘系の香りがした。
焼き菓子のほうはクッキーだな。
大皿に乗っていて二人分と考えても十分な量がある。
「師匠も水分は補給しておくんだぞ」
そう言わないと、手をつけようとしないからな。
アデーレがカップを持ったので、俺はルミエが入れた紅茶を飲む。
さっぱりとした味わいと、ほんとりとした甘さが疲労にきく。
クッキーもサクサクとしてて美味い。
屋敷の料理長はなかなかの腕をしているな。
「……美味しい」
紅茶を飲んだアデーレは、尻尾を左右にゆらゆらと揺らしながら味を堪能していた。
剣術を学んでた頃から貧しい生活を続けていたので、甘味を楽しめるのが嬉しいのだろう。
クッキーですら一つ一つ、丁寧に食べるほどだ。
俺は二、三個まとめて口に入れている。
贅沢したって感じがして好きなのだ。
「沢山食べて大きくなるんだぞ」
「ありがとうございます」
カップを置いたアデーレは、両手でクッキーを持つと交互にかじりついた。
マナーとしては最悪で、昔のジャックであれば注意しただろうが、美味しそうに食べている姿を見ると文句を言う気にはならない。
きっと日本人として生きていた知識、価値観がそうさせているんだろう。
アデーレを見ながら紅茶を飲んでいると、慌てて走ってきた兵が近づいてくる。
「ジャック様ッ!」
当主を前にしていきなり話しかけるとは、礼儀がなってないな。
叱りつけようと思ったら、ルミエのほうが先に動いた。
「ルートヴィヒ! 先ずは挨拶をしなさい!」
「ご、ごめん。姉さん……」
「謝る相手は私ではないでしょ」
叱られて泣き出しそうな兵――ルートヴィヒは俺の前で跪いた。
こいつ、ルミエの弟だったのかッ!!
ルミエの両親は既に他界していて肉親は弟だけだったはず。
公の場で俺が怒れば、その噂は広がってルートヴィヒの立場は悪くなったかもしれない。
そんな大切な家族が俺のせいで居づらくなるのだ。
長く根に持ち、裏切りのきっかけとなるだろう。
先に声を出さなく良かった……。
裏切り、破滅フラグがこんな日常に潜んでいるとは思わなかったぞ。
幸運に感謝しなければ!
「ジャック様。申し訳ございませんでした」
膝をついて頭を下げたルートヴィヒが謝罪をした。
「気にしていない。で、何の用だ?」
「緊急の報告でございます。第三村から隠し畑が見つかりました。かなりの大きさのようで、税収の三分の一を誤魔化していたことになります」
畑のサイズから収穫量を予測して税を計算する方法が、この国では採用されている。
当然、把握していない畑があれば税の対象外。
そこで収穫した作物は、すべて村の利益だ。
税率が9割もあってどうやって生きていたのか不思議だったが、隠し畑があるなら納得だった。
俺に陳情を出した裏で、第三村のヤツらは脱税をしていたことになり、俺の嫌いな裏切り行為をしていたことになる。
許せるはずはないッ!
主犯だけは必ず殺してやる。
「隠し畑があると、どうしてわかった?」
「私たちが被害状況を確認している間、度々、村長の姿が消えたので気になって後をつけました」
「それで見つけたと」
「はい。隠し畑は森の中にございました」
一見すると頼りなさそうに見えるルートヴィヒたちの機転によって、裏切りが発覚したようだ。
使い捨ての駒だと思っていたが、なかなかやるじゃないか。
この働きには報いるべきだろう。
「よくやったな。見つけたヤツらには銀貨五十枚を渡そう」
「そ、そんなにいただけるので!?」
「それだけの働きをしたのだ。驚くことではない」
それに金は、見つけた畑から回収するからな。
財政は痛まない。
立ち上がるとアデーレを見る。
「問題が発生した。アデーレが助けた村人が脱税をしていたのだ。俺はこれから現地に向かう。護衛として参加してもらうぞ」
「はい! 絶対にジャック様をお守りしますッ!」
「ありがとう」
王国法に照らし合わせると、厳しい処分をしなければならない。
助けた人々を裁く可能性があると知っていても、俺を優先してくれた。
苦労してアデーレを味方に引き込んで良かったなと感じる。
「ジャック様! 恐れながらもう一つ、ご報告が」
そういえばルートヴィヒは膝をついたままだった。
不吉な報告ばかりしやがるな。
どうやら他にも問題が出ているようで、話の続きを聞くしかないようだ。




