6、ダンジョン④
勇者は百年以上のサイクルで幾度となく召喚されてきた。
魔王を倒せば彼らは元の世界へ帰ることができるが、それを達成できた者はいない。
どの勇者も志半ばにしてこの世界で息絶えている。そして新しい勇者が召喚される。
そう思っていた。
「リサイクルだ」
呆然とする二人に、シノハラはそう言い放った。
「よその世界から人間を連れて来るって言うのは、多分そう何度もできることじゃないんだ。死んでも記憶を消して再利用される。魔王を倒すその日まで、何度でも」
「適当なこと言わないでよ。そんなわけ――」
カレンの言葉は尻すぼみになって、やがて消えた。
その手が無意識にポケットを触っている。そこにあるのは聖堂から盗み出した聖遺物。
シノハラの話は荒唐無稽だが、現に二百年前のスマホにカレンやヨシザワが映っている。
「……じゃあ、なんでアンタはそんなこと覚えてるのよ。記憶が消されてるんでしょ?」
「先生のスキルのお陰だよ。彼はどんな些細な記憶もすぐに鮮明に取り出すことができる。そして決して忘れない」
ミツイの顔と、ノートが乱雑に散らばった研究室を思い出す。
あそこにあった膨大な数のノートにはすべて同じ筆跡の文字がつづられていた。
勇者が死んでは生き返り、研究所に戻るという伝説――いいや、伝説なんかじゃない。あれは文字通りの真実だったんだ。
「まぁ、あの人はそれを研究にしか使おうとしなかったけど」
吐き捨てるような言葉。
大人への不信感がそこにはあった。
ミツイはよほど冒険に非協力的だったのだろう。
いいや、ミツイに限った話ではない。
「僕たちは何度も何度もこの世界を守るための犠牲になってきた。なのにこの世界の人間は僕らに何をした? 君たちは覚えていないだろうけど――」
シノハラがこちらを睨む。凄まじい憎悪を感じる。
いや、これは俺に対してではない。
誰かと重ねられている。そう感じた。
「彼らは魔物がうようよいるこの洞窟に僕らを閉じ込めたんだ。爆弾で出入り口を塞いで、魔王から逃げられないようにした。転移スキルのある勇者は行方不明になっていた。きっと彼らが殺したんだ」
淡々とした話し方だった。努めて感情を出さないようにしている気がした。
「過酷な環境だった。ダンジョンの最深部にたどり着くころには、たくさんいた仲間がたった三人になっていた。誰もかれも酷い死に方をしたよ。これ以上ヤツらの思い通りに動くのはうんざりだ」
そして唐突に笑顔を浮かべた。二人を見る。
「なにもかも忘れて、僕らは楽しくこの世界で過ごすべきだ。そう思わない?」
「楽しく?」
静かに話を聞いていたカレンが、ようやく口を開いた。
唸るような声だった。
「じゃあ、なんでハナちゃんたちを殺したの?」
「……みんなはそこまで割り切れなかった。失敗したよ」
堪えきれなかったようにカレンから視線を逸らす。
言い訳がましく口を開く。
「あそこからみんなの精神を立て直すのは無理だった。早く楽にしてあげて、次の召喚に備えた方が良い」
「殺しておいて、またみんなと仲良く旅をしようって言うの?」
「そうだよ」
「そんなことさせない!」
カレンの怒声がだだっ広い空間に響く。
それが刺激になったのか。
暗闇の奥に気配がする。なにかが動いている。
しかし闇に紛れて、目を凝らしてもそれの輪郭を捉えることができない。
「二人には本当に助けられた。だから、できれば二人の願いは汲んであげたい」
二百年前、王国騎士団の英雄と勇者たちは魔王討伐の最中に死んだと伝えられている。
結局失敗してしまったが、すんでのとこにまで魔王を追いつめたのかもしれない。
つまり、この場所こそが。
シノハラは静かに微笑んで、暗闇の奥に視線を向けた。
「この先に魔王がいる。それを殺せば元の世界へ戻れるよ。どうする?」
「……そうすればみんな、元の世界に生きて戻れるの?」
「ああ」
それを聞いて、俺は歩き出した。
「ギル君!?」
「君たちの意思は関係ない。俺は行く」
足音が追いかけてくる。
カレンだ。俺の腕にしがみついてくる。
「大丈夫。私たちも行く。ね、サユリ」
返事はない。カレンが足を止め、振り向く。
「サユリ?」
振り返る。
ヨシザワは動かなかった。
「……やっぱり今回もこうなるのか」
シノハラが呟く。
辺りから気配がする。闇の中でなにかが蠢いている。
「二人が争うのは本当に嫌だ。でも仕方がないんだ。ごめん。次はきっと、もっとうまくやる」
ヨシザワのスキルは魔物を操る。
カレンの攻撃は点でしか作用しないが、ヨシザワのそれはもっと多様な使い方ができる。コントロールが難しいようだが、使い方によっては非常に有用だ。
だからこそこの場所にまでたどり着けた。
しかしここにきて、ヨシザワはゆっくりと首を横に振る。
「ごめんなさい。私は協力できません」




