6、ダンジョン③
「よくも私たちの前に姿を見せられたね!」
「待ってカレンちゃん、まずは話を――」
「話すことなんかない」
シノハラは二人の言葉を遮るようにそう吐き捨てた。
薄暗いフロアが赤く照らされる。
シノハラを中心に、輪を描くように炎が広がる。
対話の意思がないのは明らかだった。
俺はカレンとヨシザワの腕を掴む。
「逃げるぞ!」
「出ていけ!」
炎がフロアに広がるのと、俺たちが駆けだしたのはほぼ同時だった。
狭い通路をひたすら走る。背中を熱気が舐める。
なんて無茶なことをするんだ。こんな閉鎖空間で炎なんて起こしたら、空気が食われて窒息してしまう。
しかもこのフロアは迷路のように道が入り組んでいて、どこへ行けば良いのか見当もつかない。
「クソ、出口はどこだ!」
全力で走る俺たちを嘲笑うように煙が追い抜いていく。
視界が悪い。咳が止まらない。
煙から逃れようと姿勢を低くする。しかしこのままでは一向に出口へたどり着けない。
さすがの勇者たちも煙に対抗するスキルは持っていない――かと思ったが。
「今、出口作るから」
カレンが足を止める。
嫌な予感がした。
「おい、まさか」
「死んだらゴメン!」
恐ろしいことを言いながら、カレンが拳を振り上げた。
まさかと思ったがそのまさかだ。とうとうやりやがった。
カレンは高く掲げた拳を地面に振り下ろす。もともと崩落の危険があるような洞窟だ。カレンの力をもってすれば、脆くなった地面を壊すことなど容易い。
足元がぐらりと揺れ、天地がひっくり返った。
轟音の後に襲い来る浮遊感。崩れた瓦礫と共に落下していく。
確かに煙からは逃れることができた。
悪くない賭けだった。しかし残念ながら俺たちは賭けに負けたようだ。
地面の下にあったのは、広大な空間だった。
ドラゴンのいたフロアの比ではない。地面が遠い。
どう楽観視してもまず助からない高さだ。
終わったと思った。翼を持たない人間が空中でできることなどない。
だが勇者はそうでもないようだ。
思ったよりも早く背中に衝撃を感じる。
地面を撫でる。妙につるりとしていて、少し温かい。揺れている。いや、飛んでいる。
「ギルベルトさん、大丈夫ですか?」
「ああ……助かった」
こちらを覗き込むヨシザワに、辛うじて頷いた。
口を開く気にはならなかった。なにせ、ドラゴンに乗るのは初めてだったから。
カレンも呆然としている。
「このドラゴン、相当サユリのこと気に入ってるんだね。助けに来てくれるなんて」
「気に入ってるって言うか……」
せっかく助かったというのに、ヨシザワの表情は浮かない。
「私、この子に会ったことがある気がする」
俺たちがドラゴンの背中を滑り落ちるようにして地面に降り立っても、ヨシザワは動こうとしない。
ドラゴンの背に跨ったまま、怯えたように辺りを見回す。
「ねぇ、帰ろうよ。この場所すごく怖い」
「このまま逃げ出したらダメだよ!」
カレンが声を上げる。
「シノハラが私たちを追い出したのは、ここに見られたくないものがあるってことでしょ。じゃあ先に進まなきゃ」
どこまでも続くような巨大なフロア。
薄暗いせいで先を見通すことができない。
が、この先にきっとなにかある。先ほどのフロアとは空気が違う。
頬を撫でる風は湿っぽく、少し温かく、そして少し生臭い。
「行こう」
確証はないが、確信があった。
千載一遇のチャンスだ。これを逃す手はない。
俺は足を踏み出し――しかし数歩もいかないところで足を止めることになった。
「好きなように旅をしてくれて良い。でもここにだけはきてほしくなかった」
シノハラだった。もう追いつかれた。いや、転移スキルか。
酷く動揺しているようだった。震えるほど拳を握りしめ、今にも泣きそうな顔でこちらを睨む。
「今すぐにここを出て行ってくれ。そうすれば危害は加えない」
動揺しているのはこちらも同じだ。
それを隠そうとしているのだろう。カレンはあえて挑むように言った。
「聞きたいことがいっぱいある」
「カレンやめろ!」
しかし俺の制止は届かない。
カレンが動く。拳を振り上げ、シノハラに向かっていく。
「なんでみんなを殺したの!?」
カレンの不用意な一撃はこのフロアのさらなる崩壊を起こしかねない。
しかしシノハラの動きは巧みだった。
「頼むよカレン。こんな場所で君と争いたくない」
「じゃあ質問に答えてよ!」
他の勇者たちのそれとは明らかに違う。訓練を受けた人間の動き。
カレンの大振りの攻撃をいとも容易く回避してみせる。おまけに喋る余裕まであるらしい。
「あれがみんなにとって一番幸せだった。なにも知らないままでいることが」
「なんでアンタにそんなこと決められなくちゃいけないの!?」
「なにも言っていないのは僕だけじゃないよ」
シノハラが振り向いた。明らかに敵意のこもった視線。
「また良いように使われているんだね」
こちらに手を向ける。スキルだ。薄暗い洞窟を炎が照らす。あと少し飛び退くのが遅かったらまる焦げになっていたところだ。
だがカレンを前にしながら俺に注意を向けるのは正解の行動とは言えなかったろう。
このフロアの勇者はカレンだけではないのだ。
「クロ!」
声と同時に黒い塊がシノハラに襲い掛かった。
視界の外からの攻撃。魔獣の脚力。一瞬で距離を詰める。その攻撃を避けられるはずがない。
彼が普通の人間だったなら。
「サユリの名付けはレパートリーが少ないな。ねぇアオ」
瞬きの瞬間、シノハラは消えていた。
転移スキルの応用か。それにしても凄い場所に移動したものだ。
ドラゴンに寄り添うように立っていた。しかもその体を撫でている。懐いているのか。ドラゴンに嫌がる様子はなかった。
「……ねぇ、やっぱり私たちここに来たことがあるの?」
呆然と呟いたのはヨシザワだ。
シノハラとドラゴンを見比べ、次にこちらへ視線を向ける。
「ドラゴンから伝わってくるんです。断片的な記憶が」
ヨシザワは魔物を支配できる。
そしてその感覚を共有できるとも言っていた。
彼女は今、なにかを感じている。俺たちには分からない何かを。
「ギルベルトさん、なにか知ってるんですか?」
「……いや」
「知ってることがあるなら教えてよ!」
カレンも絞り出すように声を上げる。
二人が縋るようにこちらを見ている。
もう、言わないわけにはいかなかった。
「君たちと一緒に写っていた騎士を知っている」
視線を感じる。カレンが息を呑むのが分かった。
「知ってたのに、どうして言わなかったの? 二百年前の騎士ってのは嘘なの?」
「いいや」
嘘は言っていない。
ただ、詳細を言わなかっただけだ。
不確かなことを言って不安にさせたくなかった。彼女たちは繊細だから。
とはいえ、これ以上黙ったままではいられない。
「――実は二百年前の召喚はかなり上手くいっていたんだ。勇者と王国騎士団が協力して、あと一歩のところまで魔王を追いつめた」
あとは知っての通りだ。
彼らは失敗し、史上最悪の事件が起こった。
「勇者たちが仲間うちで殺し合いを始めた。それに巻き込まれて、同行していた救国の英雄も死んだ。それがあの画像の男だ」
「なにが英雄だ」
吐き捨てるように言ったのは、シノハラだった。
「ヤツは僕たちを人間扱いしなかった」
「……なんの話をしてるの?」
「アイツは僕たちを散々利用して、こんなところにまで連れてきて、挙句魔物だらけのフロアに突き落として閉じ込めた。笑顔の写真を撮った、すぐ後にだよ」
「ねぇ、待ってよ。それって二百年前の話でしょ?」
カレンは引き攣った笑みでシノハラを見る。
彼はドラゴンの脇で頷いた。
「そうだよ。二百年前の僕らの話だ。知りたかったんだろ? その前の召喚の話もしようか? 前の前も。前の前の前も。僕は全部覚えているよ」
捲し立てるような言葉のあと、彼は一瞬声を詰まらせた。
それは多分迷いだったのだろう。
だが、結局彼は口を開いた。二人に淀んだ目を向ける。
「勇者召喚は過去何度も行われてきたけど――召喚されたのは全部僕らだ」




