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6、ダンジョン②



 ドラゴンの咆哮がビリビリと鼓膜を震わせる。

 勇者を前にしてドラゴンも気合十分といったところか。


 カレンの怪力はドラゴンにも負けない。

 しかしこの場所はカレンにとって不利だ。

 天を仰ぐと、先ほどまで俺たちのいたぬかるみのフロアが見える。

 カレンの一撃で床が抜けたのだ。その瓦礫がまだボロボロと降っている。



「気を付けろカレン! これ以上暴れると本当に生き埋めになるぞ」


「分かってるけど――」



 カレンの力はドラゴンにも負けない。

 しかしカレンとは違い、ドラゴンの攻撃は単純な力だけではない。

 ドラゴンが大きく息を吸うのが分かった。カレンを抱え、瓦礫の山に身を隠す。

 瞬間、辺りが赤く照らされた。炎のブレスだ。直撃は避けたが、熱された空気が頬を焦がすのが分かった。



「気を付けろ。あんなのを直に食らったら消し炭も残らない」


「き、気を付けろって言われても」



 さすがのカレンも、あの巨大なバケモノに怯えているのか。

 肩が細かく震えているのが分かった。



「あのドラゴン見覚えない?」


「ああ、スマホで見たヤツと同じ種類だな」



 しかし今はドラゴンの種類など気にしている場合ではない。


 カレンの力は人間離れしているが、それ以外は普通の少女だ。

 戦闘訓練を受けているわけでもなく、敵の攻撃を俊敏に避けることもできない。

 だから、それは俺が引き受けるしかない。



「俺が囮になる。君は隙を見てドラゴンに一撃入れてくれ」


「ええっ!? ちょっと待って」



 カレンの悲鳴を置き去りにし、俺は瓦礫から飛び出した。

 ドラゴンの瞳がぎょろりと動く。

 ブレスはドラゴンにとっても大技。そう連発はできないはず。そうであってくれと祈る他ない。

 どうやら祈りは通じたようだが、だからといって事態は好転していない。

 ドラゴンの牙が迫る。爬虫類のそれに似た、細かい剃刀のような歯だ。俺を丸呑みにする気らしい。

 体を捻り、地面を転がるようにしてそれほど広くないフロアを逃げ回る。

 その時気付いた。

 ドラゴンの頭に古傷がある。

 ドラゴンの寿命は長い。まさかスマホに写っていたやつと同じ個体なのか。


 そんな余計なことを考えたのが良くなかったのだ。

 ドラゴンが体を捻る。マズいと思った時には、ドラゴンの太い尾がすぐ目の前に迫っていた。

 背中から瓦礫に突っ込む。肺が潰れたような痛み。息が吸えない。口の中に血の味を感じながら俺は無理やり叫んだ。



「カレン、今だ!」



 瞬間、カレンが瓦礫の山を飛び出す。

 拳を振り上げ、まっすぐにドラゴンに向かっていく。

 待っていた。ドラゴンがカレンに背を向ける瞬間を。

 しかしこの瞬間を待っていたのは俺たちだけではなかったらしい。

 瞬間、俺は作戦の失敗を悟った。

 その金の瞳がカレンの方を向いているの気付いたからだ。


 ヤツはずっとカレンが出てくるのを狙っていたのだ。

 ドラゴンが息を吸い込んだ。その大口をカレンに向ける。

 カレンが足を止めるが、今から戻っても間に合わない。いくらカレンでもブレスに対抗する手はない。

 地面を蹴ろうとするが、瓦礫に足が挟まって動かない。手を伸ばすが届かない。

 だが不甲斐ない俺に代わって黒い影が降って来た。



「ヒャン!」



 クロだ。上のフロアに取り残されていたのか。

 しかし牙と爪を抜かれた小型の魔獣とドラゴンでは勝負にならない。

 誰が見ても明らかだ。なのに、なぜかドラゴンは動きを止めた。

 金の瞳を真上に向ける。俺もつられて天を仰ぐ。

 崩れかけた天井にぶら下がったヨシザワと目が合った。



「あの、助けようと、したんですけど。怖くて飛び降りれなくて」


「無理しなくて良い! 戻れ!」


「そうしたいんですけど、手が、もう、あっ――」



 天井の破片と一緒にヨシザワが落下する。

 受け身が取れていない。このままでは地面に後頭部を打ち付ける。

 しかしその心配はすぐに解消された。

 ドラゴンが口を開く。ヨシザワは吸い込まれるようにその中へ消えて行った。

 突然のことに理解が追い付かない。



「く、食われた……?」


「サユリを返して。吐き出してよ!」



 カレンが叫ぶ。

 驚くことに返事があった。



「だ、大丈夫。食べられてないよ。まだ……」



 ヨシザワの声だ。ドラゴンの口から聞こえてくる。

 ドラゴンが頭を下げた。顎を地面につけ、口を開く。

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。

 ヨシザワがドラゴンの口から転がり出る。



「君はこの短時間でドラゴンを手なづけてみせたのか?」


「いや……なんか、最初から懐いていたみたいな……」


「そんなはずないだろ」



 思わず笑う。ヨシザワのスキルは進化を遂げている。ここに来るまでも随分と助けられた。

 しかし当の本人の自己評価は依然として低い。今も地面に座り込んだまま呆然としている。

 動いたのはカレンだった。ドラゴンの唾液で汚れるのも構わず、ヨシザワに抱き着く。



「良かった。本当に食べられちゃったかと思った」


「えっ、心配してくれたの? 嬉しいな……」


「なに笑ってんの!?」



 俺もゆっくり瓦礫から身を起こす。

 体中痛いが、奇跡的に骨は折れていないようだ。瓦礫を慎重に崩し、立ち上がる。大丈夫。まだ動ける。

 ドラゴンにも暴れる様子はない。思わず息を吐く。



「まだドラゴンがいたとはな」


「どうしてこんなところにいるんだろう。ねぇサユリ、分かる?」


「何かを守ってるとか……そんな気がする」



 控えめな、しかしどこか確信を持った言葉だった。

 やはり彼女はなにかを感じているのだ。



「ヨシザワがいれば安心だな」



 この力があれば強力な魔物と出会っても戦闘を避けられる。

 彼女たちと一緒なら、きっとダンジョンの最奥までたどり着ける。

 この場所には間違いなくなにかある。

 その男が現れたことで、予感は確信に変わった。



「どうしてここにいるの?」


「こっちのセリフだよ」



 カレンの言葉に、シノハラが呟く。

 今にも泣きそうな声だった。



「どうしてお前らがこんな場所に来ちゃうんだよ」




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