6、ダンジョン①
数多いる魔物の中でもドラゴンは最強の種族の一つだ。
凄まじい生命力と体力を兼ね備え、人間より長寿。その鱗は鋼の刃も通さず、その爪はプレートアーマーを紙のように引き裂いてしまうと聞く。
聞く、というのは、つまりこの目で見たことはないということだ。
ドラゴンの数はそれほど多くない。
魔物は魔王により生み出されているが、強い種族ほど作るのが大変なのだろう。
生息地は限られている。
そのうちの一つがここ、ヘーレ洞窟だ。
「うん、やっぱり」
カレンがスマホの画面と目の前の光景を見比べながら頷いた。
「この写真、ここで撮られたものだよ」
「ああ、そうだろうな」
スマホに映っているドラゴンの種類と背景からこの場を特定するのはそう難しいことではなかった。
大変だったのはここにまでたどり着くこと。勇者の力がなければ不可能だっただろう。なにせここは人類の領域の外にある場所だ。
そしてもしかすると、この先へ進むのはもっとずっと難しいのかもしれない。
俺は歩き出そうとするカレンの腕を掴む。
「本当に行くのか? この洞窟は危険だ」
「ここまで来てなに言ってるの? 道中だってたくさん魔物が出たけど、私たちの力でなんとかやってこれたじゃん」
「魔物がいるから、というのもあるがそれだけじゃない。ここは単純に崩落の危険があるんだ」
暗闇の奥に目を凝らす。
ここは天然の洞窟に魔物が巣を張ってできたダンジョン。
しかし二百年前に起きた“災害”で崩落が起き、地下に通じるいくつかの道は瓦礫に埋もれてしまった。今もちょっとした刺激で新たな崩落が起こる可能性が否めない。
「ねぇやっぱり危ないよ。この先に進んだって、なにか分かるとも限らないし」
「分かるかもしれないじゃん!」
カレンの声が冷たく暗い洞窟に反響する。
「せっかく手に入れたヒントなんだよ。少しでも可能性があるなら逃したくない」
この短期間に色々とあった。
だが、立ち止まり、もう取り返しがつかないと諦めるには彼女はまだ幼すぎる。
進み続けずにはいられないのだ。
それに、俺もこの土地でなにがあったのか知りたい。
なぜ二百年前のスマホに勇者たちが映っているのか。そしてなぜあの騎士が一緒に映っているのか。
「行こう」
進めば、なにかが分かるかもしれない。
そう信じていくしかない。
が、当然ながら道のりは険しい。
天然の洞窟。しかも崩落のせいで足場は非常に悪い。
時に這うように、時に腰まで水につかりながら先へ先へ進んでいく。
「ヨシザワ、魔物の気配はどうだ」
「今のところ感じません」
クロと共にぬかるみを進みながらヨシザワが怪訝な顔を周囲に向ける。
「あの、ここは魔物の巣だったんですよね? なのにどうして魔物がいないんですか?」
「ここに来るまで、いくつも廃墟を見ただろ?」
ヨシザワが不安げに頷く。
言おうか迷ったが、結局は口を開いた。
「二百年前の災害でここにいた大量の魔物が一気に外へ出た。そのせいで世界は滅びかけ、人類は広大な生存圏を失ったんだ」
「その、災害って――」
ヨシザワの疑問はカレンの悲鳴に掻き消えた。
どうやらぬかるみに足を滑らせたらしい。
今までよく頑張ったが、どうやら限界だ。
「もう嫌だ!」
泥まみれになったカレンがとうとう音を上げた。
「なんでこんなちまちま進まなくちゃいけないの? こんな洞窟、ドカーンと壊して先へ進もうよ」
「話を聞いてなかったのか? 君が考えなしに拳を振るえば瓦礫が降ってきて俺たちはペチャンコだ」
「大丈夫だよ、私が助けるから」
「ふざけてる場合じゃないぞ!」
「……あー、もう! 分かったよ」
不満げに呟く。
カレンが足を踏み外したのはその直後だった。
油断していた。
カレンは力をコントロールできていない。少し力んだだけでも、常人の数倍の力を出してしまう。
その力は崩れかけた床をすんなりと踏み抜いた。
「カレン!」
手を伸ばす。カレンの手を掴んだが、そのせいで足元がおろそかになった。
ぬかるみに足が滑る。
襲い来る浮遊感。崩れた床と共に落ちていく。
地面までの距離がそれほど遠くなかったのは不幸中の幸いと言うほかない。
……いや、幸いなんて言えるほど上等な状況ではないか。
このダンジョンにも魔物がまだ残っていたのだ。
青い鱗に巨大な体。上のフロアから落ちてきた俺たちを凛とした黄色い瞳が見ている。
対峙するのは初めてだった。なにせ強力な力を持つ種族だが個体数が少ない。
ドラゴンだ。
剣を振り抜く。
なるほど、伝説は本当だった。
その鱗は鋼の刃も通さない。俺は刃こぼれした剣を捨て、地面を蹴りドラゴンから距離を取る。
が、足りない。
もう一つの伝説はどうだろう。
その爪はプレートアーマーを紙のように引き裂いてしまうってやつだ。
どうやら自分の肉体で試すことになりそうだった。
ドラゴンの爪が迫る。
だが俺の武器はなにも剣だけじゃない。
「助けるって言ったでしょ?」
分厚く鋭い爪を受け止めながらカレンが笑顔を向ける。
俺は静かに首を振った。
「当然だろ、君が無茶したせいなんだから」




