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5、侵入③



 ヒエロンから研究所への道は平坦だが長いものだった。

 カレンもヨシザワも気丈に振る舞っているが、ぼんやりしている時間が増えたように思う。

 考える時間が多いのは必ずしも良いことではない。

 嫌なことを思い出すこともあるだろう。不安が胸をよぎることだってあるかもしれない。


 だから、できるだけ楽しい旅になるよう心掛けた。

 できるだけ賑やかな街に寄り、できるだけ美味いものを食べた。

 これ以上暗くならないよう、できるだけ明るい話題を心掛けた。


 そんな努力はいとも容易く水泡に帰す。


 研究所で俺たちを出迎えたのはミツイではなく、彼の奥方だった。

 酷く憔悴しているのが一目で分かった。

 充血した目をこちらに向け、俺たちにこう告げた。



「先生は亡くなりました」



 穏やかな死に方じゃないのはすぐに分かった。

 研究所は前に来たときよりも片付いていた。掃除したのだろう。

 しかしノートに飛び散った血痕についてはどうにもできない。水拭きするわけにはいかないからだ。



「シノハラだ。やられた」


「そんな……先生まで……」



 アイツは学友と教師を皆殺しにするつもりなのか。

 そうまでして力を手に入れて、一体なにをしようというのか。



「充電器を取りにいらっしゃったんですよね」



 奥方は憔悴しているが努めて気丈に振る舞っていた。

 俺たちを研究所に招き入れ、笑顔すら浮かべてみせる。



「あなた達が来たら渡すよう頼まれていました。取ってきますから、少し待っていて」



 さすがに優秀だ。

 既に充電器は完成されていたらしい。


 この研究所ではなく彼女の家に保管していたのは、ミツイ本人も危機を予測していたからか。



「なにやってるの?」


「彼はノートに細かく記録をつけるのが好きだったんだろう? なにかシノハラについての記載はないかと思って」



 箱を開け、中からノートを何冊か取り出す。

 俺に恥をかかせまいとしたのか。ヨシザワが気まずそうに耳打ちをする。



「それ、二百年前のノートです」


「え?」


「ほら、箱に年号が書いてある」


「分からないんだよ俺には。どれも同じ文字に見える」



 妙に古い紙束をパラパラとめくってみせる。

 サンドワームがのたくったような異世界の言語がそこには書き連ねてあった。

 もちろん俺に内容は分からない。

 が、彼女たちには分かったようだ。カレンが目を丸くして、俺の手からノートを奪う。



「どうした。なんて書いてあるんだ」


「いや……分かんないけど……」


「分からないなら紛らわしい真似するな!」


「だって、この字。こんな癖のある字、そうそういるはずない」



 カレンとヨシザワが顔を見合わせる。

 声を合わせて呟いた。



「ミツイ先生の字」



 カレンとヨシザワは恐ろしいことを言い出した。

 部屋中を埋め尽くす勢いの研究ノート。歴代の勇者たちが何百年にも渡り紡いできたそれの筆跡すべてがミツイのものだと言うのだ。



「そんなはずはないだろう。俺に君たちの文字は読めないが、紙やインクの劣化は分かる。これらは最近書かれたものじゃない」


「でも、この字は絶対絶対ミツイ先生のだよ」


「……勇者が生き返るって話と関係あるのかな」



 ヨシザワの呟きに部屋が静まり返る。

 研究所に伝わる伝説、シノハラの言葉。勇者が生き返るという話を最近やけに耳にする。

 カレンが引きつった顔に無理矢理笑みを浮かべた。



「先生だけ何百年も前に召喚されて、定期的に生き返ってるってこと? そんなまさか」


「でも、じゃあどうして――」


「あの」



 話に夢中になってしまっていたらしい。

 気がつくと、奥方が帰って来ていた。手に大きな箱のようなものを持って、気まずそうに言う。



「ごめんなさい。出直しましょうか?」


「いえ。大丈夫です。わざわざありがとう」



 問題は一つ一つ解決していくべきだ。でないとわけが分からなくなる。

 まずは神殿で見つけたスマホだ。

 カレンはなれた手付きで、箱から飛び出した紐のようなものにスマホを接続する。

 しばらくその暗くひび割れた画面を見つめていたが、やがて諦めたように首を振った。



「ダメ、充電できない。バッテリーが劣化してるのかも」


「そんな、ここまできたのに」



 しかしカレンは諦めていない。

 スマホから紐を外し、なにやら作業を始めた。

 自分のスマホも取り出し、分解している?



「なにをやってるんだ? 直せるのか?」


「このスマホ、私のと同じ機種なの。だからバッテリーを入れ替えて……」



 なにを言っているか半分も理解できなかった。とにかく、カレンのスマホの部品を神殿で見つけたスマホに付け替えているらしい。

 そして再度、バッテリーに繋げる。

 一瞬の沈黙。そして歓声へと変わる。

 画面に光がともった。



「でかした。中に何が入ってる?」


「立ち上げてるから待って。急かさなくてもスマホは逃げないよ!」



 からかうように言いながら、カレンはスマホを覗き込む。

 瞬間、彼女の顔から表情が消えた。



「カレンちゃん?」



 返事はない。

 かじりつくように画面を見つめ、しきりにその表面を撫でている。



「一体どうした。なにが入っていたんだ」


「……これ」



 カレンがヒビの入ったスマホをこちらに向ける。


 勇者の謎を解く鍵として神殿から持ってきた聖遺物。

 先代の――二百年前にこの地に召喚された勇者の持ち物だ。

 しかし謎は解けなかった。

 むしろ増えていく一方だ。


 そこに写っているのは紛れもなく勇者たちだった。

 背景に巨大なドラゴン。頭に傷のある、凛とした青竜だ。そして笑顔を浮かべた少年少女たち。

 それは紛れもなくカレンとヨシザワとシノハラ。そして、甲冑を着た騎士の男。



「なんだこれは。いつ撮ったんだ」


「私、覚えがありません」



 ヨシザワが困惑しているが、それは俺も同じだ。

 二人とは――特にカレンとはずっと一緒にいたが、この三人が仲良くドラゴンと旅をした記録はないはずだ。

 いや、そもそもこのスマホに彼らがの姿が映っていること自体がおかしい。



「君たちは数ヶ月前に召喚されてきたんじゃないのか? どうしてこの人と一緒に映っている?」


「この男性、知ってるんですか?」


「……いや」



 俺はスマホの画面から視線を上げた。



「しかしこの甲冑。昔の王国騎士団の支給品だ。時代としては二、三百年前の人間だろう」


「合成写真とかじゃないんですか? 勘違いで誰かのスマホが神殿に運び込まれちゃったとか」



 このスマホがどこで発掘されたのか、誰のものか。そういった情報を俺たちは得られていない。

 しかしスマホにはそういった情報も内包されているらしい。

 ヨシザワがスマホを覗き込む。



「メールとか開いてみて。誰のスマホか分かるかも」


「うん。もうやった。一応ね。やるまでもなく分かってたけど」



 カレンが顔を上げた。顔色が悪い。



「だって、ほぼ毎日見てるし。ずっと使ってるから傷の位置とかでさ、なんとなく分かるじゃん? でもそんなはずないから。普通に考えておかしいもんね。だから気のせいだと思って言わなかったけど、中見たらやっぱり――」


「落ち着け。どうしたんだ。ハッキリ言ってくれ」



 ひび割れ、劣化したスマホと新しいカレンのスマホ。同じ機種と言っていた。確かに全く同じ形をしている。

 それを机の上へ並べ、カレンは呆然と呟いた。



「これ、私のスマホなの」




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