幕間、エリー・シルニア
「可愛い子たちだったわね」
エリー・シルニアは足の踏み場もない室内を器用に歩く。
二階の掃除は彼女の担当だが、何度言ってもこの研究フロアだけは触らせてもらえない。
彼女に研究のことは分からない。その箱詰めにされた古いノートに記された異世界の言葉も、似たような形のインクの染みにしか見えない。
それでも近くの街で育ったエリーは彼ら勇者が脈々と紡いできた研究の素晴らしさを知っている。
彼が以前は教師をやっていたというのには驚いた。本人はあまり話したがらないが、きっと前の世界でも立派に仕事をしていたのだろうとエリーは思う。
「前に来た男の子ともまた違った雰囲気で――」
「俺はとっくに教師失格だった」
エリーの言葉を遮るような、強い語気だった。
なぜかミツイはこの研究所に生徒が尋ねてくるとこうなる。
生徒たちを放って研究に没頭していることに後ろめたさを感じているのかもしれない。
それを慰めるのもエリーの役目だった。
「そんなことないわ。あなたが生徒さんたちから親しまれているのが分かるもの。彼らもみんな楽しそうにしているじゃない」
「違うんだ」
静かに首を横に振る。
俯いているせいで表情は見えない。泣いているのかもしれなかった。
「俺はたった今、人としても失格になった」
「そんなこと――」
「ただ、俺は手の届く範囲の世界を守りたかっただけなんだ。君と俺の世界を。それで彼女たちを巻き込んでしまった」
エリーは思わず笑う。
この異世界から来た男は、妙に子供っぽいところがある。
研究所にまつわる話。初代勇者がこの研究所を舞台に繰り広げた活躍と、そしてその死で締めくくられる伝説にミツイは異常なほど興味を示した。恐れていると言っても良い。
「あんなのおとぎ話よ」
ミツイが顔を上げる。
顔面蒼白。酷い汗だ。虚ろな視線を窓の外に投げる。
そこにはなにもない。いつもの風景が広がっているだけだ。
しかし彼の目にはなにか映っているようだった。
そしてミツイはうわごとのように呟く。
「いや、本当に来るんだ。死神が」




