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4、大人の勇者③



 階下から響くカレンの悲鳴に意識が向く。

 その隙を突かれた。

 体を捻り、ミツイが駆け出す。

 ヤツのスキルを俺は知らない。森の中での行動でそのスキルが戦闘向きじゃないと判断したが、早計だったかもしれない。

 一階でなにかとんでもないことが起きているのでは。

 転がるように駆け降りるミツイを追いかける。

 一階に降りる直前、カレンの悲鳴が再び響いた。



「えー!? 先生のお嫁さんとかマジ? どこが良いの?」



 目に飛び込んできたのはカレンと金髪の女性。

 ミツイが呆然と呟く。



「エ、エリー」


「また生徒さんが来てくださったのね、先生」



 こちらを振り返ったその女性――エリーは確かにそう言った。

 彼女の言葉からは以前別の生徒がここに来たことを示している。

 まさか、シノハラが?

 俺はミツイの肩に手をおいた。



「お邪魔しています奥様。どうぞお気遣いなく」


「あら、あなたは生徒さんじゃなさそうね。今お茶を淹れます。色々お話を聞かせて」


「そんなのいい。君は帰ってくれ」



 叫び出したいのを必死に堪えているといった声だ。

 だがエリーは彼の異変に気付いていないようだった。



「そんなに怒らなくて良いじゃない。森は危ないから迎えに行くって言って来なかったのはあなたの方よ」


「いいから!」


「もう、照れなくていいのに」



 からかうようなカレンの言葉がどこか遠くに聞こえる。



「綺麗な奥さんだな」


「脅したって無駄です。あれはただの助手の一人。死んだって何とも思わない」



 言っていることは強気だが、こうも視線が泳いでしまっていては意味がない。

 嘘が下手で、そして凄まじく強情な男だ。

 しかしあの女性を使えば、口が割れるかもしれない。


 俺が手を下すまでもなくそうなった。

 エリーの悲鳴。外から響いてくる。



「一体なにを」



 こちらを睨むミツイに、俺は両手を上げ、首を振って答える。

 これは俺にとってもまったくの想定外の、しかしこの世界ではありふれた出来事。

 大きなガラス窓。そこから木のバケモノに襲われているエリーの姿が見えた。



「エリー!」


「無理だ。下手に爆弾を使えば彼女も無事では済まない」



 掛け出そうとするミツイの肩を掴む。

 彼の腕力はこの世界の一般人以下だ。近接戦闘で彼女を助けるだけの力はないだろう。

 だからこそ取り引きになる。



「助けてほしいか?」



 ミツイの耳元で囁く。



「シノハラたちの居場所を教えろ。今なら手の届く範囲の世界を守れるぞ」



 ミツイの顔がみるみる青褪めていく。

 しかし返事はなかった。逡巡している。

 ふと気になった。

 こうまでされて、なぜ口を割らないのか。

 生徒の身を案じているから?

 決して熱心な教育者には見えない彼が?



「もしかして、お前――」



 俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 そうだ。忘れていた。

 この状況でまず最初にやるべきだったのは、ミツイへの脅迫ではない。

 カレンの静止だ。

 そうしていればこの結末を防げたかどうかというのはまた別の話だが。



「任せて、先生。私が助けてあげる」


「待てカレン!」



 カレンが振り向く。しかし歩みは止まらない。



「私なら大丈夫! こんなの楽勝だって」



 カレンの心配なんてしてない。

 あの程度の魔物、それこそ楽勝だろう。だから止めたのだ。

 俺の予想は概ね当たった。

 轟音。ガラスが割れるような魔物の悲鳴。

 窓の外で繰り広げられる大立ち回り。

 エリーを救うのも時間の問題だろう。これじゃあ交渉にならない。



「はぁ……なんで大人の言うことが聞けないんだ」



 ミツイが笑ってみせる。

 強がりが透けて見える汗まみれの笑顔だった。



「彼女たちは怪物です。思い通りに動かすなんて無理ですよ」



 ミツイは彼ら彼女らの指導官だ。言葉の重みが違う。

 もしかしたら俺の境遇を一番理解してくれるのはこの男なのかもしれない。

 汗まみれの額を手で拭い、ため息と共に一息で吐き出す。



「シノハラたちはサントルという街にいるかもしれません」


「どうしたんですか急に」



 なんの見返りも求めず人助けを行うカレンに心打たれた――というわけでもないだろう。

 溺れた人間が藁を掴むような視線。



「あなたたちなら、もしかしたら彼を止められるかもしれない」



 やはり脅されているのか。

 ミツイの表情には怯えがあった。



「気を付けてください。彼は他の勇者のスキルを奪う」



 決して良い報せではなかった。

 あのバケモノじみた力を一人の人間がいくつも抱えているなんて。しかもその人間がシノハラだなんて。

 しかもヤツはそのことを周囲の人間にも隠している。嫌な感じだ。一体なにを考えているのか。



「そもそも、どうしてそんなことをあなたが知っているんですか?」


「これ以上は話せません」



 ミツイは一方的に会話を打ち切った。

 顔を上げ、部屋に入ってくるカレンを見る。



「二人してなんの話? 私の活躍ちゃんと見てた?」


「ああ、凄かった。助けてくれてありがとう。お礼にスマホの充電器はタダで良いよ」


「え? ホント!?」



 カレンは素直に目を輝かせる。

 一方、ミツイの目は虚ろだ。



「ただ、作るのに時間がかかる。色々終わったらまた来てくれ」


「色々って?」



 首を傾げるカレン。そして半開きの扉から顔を出したヨシザワに俺は静かに告げた。



「次の行き先が決まった」



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― 新着の感想 ―
[一言] 先生の若くて綺麗なお嫁さんときたら女子高生は食い付かずにはいられないですねぇ!
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