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4、大人の勇者①


「馴れ馴れしくするな」



 すり寄ってくる黒い影から距離を取る。

 ヤツとの関係をはっきりさせておかねばならない。そう思った。

 唸るように警告する。



「俺はお前を信用していない。少しでも変な真似をしたら殺すからな」


「ギルベルトさんって犬に話しかけるタイプなんですね……意外……」



 ぎくりと体が硬直する。

 扉の隙間からヨシザワが顔を覗かせていた。俺とクロを見比べている。



「聞こえてたか?」


「クロの感覚が伝わってくるんです。なにを言っているかまでは分からないけど」



 城塞都市シタデルでの事件以来、旅の荷物が一つ増えた。

 ヨシザワの連れてきた魔獣、クロだ。

 魔獣の飼育は禁じられているし、俺だってわざわざ危険な魔獣を街に連れ込むのは反対だ。

 だがヨシザワにはそのリスクを冒す価値がある。

 その能力、そして情報。


 シノハラについて、俺はできるだけ多くのことを知らなければならない。



「シノハラ君は私たちが楽しく暮らせるよう配慮してくれていたと思います。村を襲わせていたのも、その、みんなが豊かに暮らすためだからって」



 カレンに比べ、シノハラについて語るヨシザワは極めて冷静だった。

 お陰で少し踏み込んだ質問もできる。



「人が変わったようだと思うか? 誰かが成り代わっていると感じたことは?」



 それがカレンの主張だった。

 ヨシザワもそれは分かっている。



「私は前の世界でシノハラ君とはほとんど話したことがなかったのですが」



 そう前置きをしたうえで、ヨシザワはこう答えた。



「シノハラ君のスキルは炎を操ることです。他人に化けるなんて無理じゃないでしょうか」


「……本当に炎を操ることがシノハラのスキルなんだろうか」



 時計塔でシノハラと対峙した際、俺のナイフが見えない壁に阻まれた。

 あれは炎のスキルなんかじゃないはず。

 勇者のスキルは一人一つという話だ。一体どうなっているのか。

 とにかくアイツを止めなければならない。しかしロクな情報はなく、現在滞在している場所も分からない。

 少しでも手がかりが欲しいが。



「その……私も聞いて良いですか?」



 ヨシザワが切り出した。

 俺はそれを承諾するが、「あー」だの「うー」だの呻くばかりでなかなか本題に入らない。

 何度か先を促して、ようやく口を開く。



「カレンちゃんと、あの、本当に付き合ってるんですか?」



 俺はハッとした。

 城塞都市でカレンに「邪魔だ」と言われたことをまだ引きずっているのだろう。



「それはカレンが勝手に言っているだけだ。気にしなくて良い」


「気にしなくて良いんですか……?」



 ヨシザワの言葉に含みを感じたが、それどころではなくなった。

 カレンが部屋に踏み込んでくる。

 酷い形相だった。泣いているようにも見える。

 不味いことになった。迂闊なことを言ってしまった。

 いまさら口を押さえても遅い。下手をすれば二度と口を開けなくなるかもしれない。

 なにせ相手は怪力の勇者だ。ビンタ一発で首が千切れ飛ぶ。

 緊張感の中、カレンが口を開く。

 なにを言っているのか。理解が難しかった。



「充電……切れた……」



 よくよく見れば、カレンは手にスマホを握っている。しかしその板の表面にはいつものような画が浮かび上がってこない。

 緊張が緩んでいく。どうやら俺たちの会話とカレンの動揺は無関係だったらしい。


 カレンがヨシザワに縋りつく。



「サユリ~、モバイルバッテリー持ってない?」


「サユリ?」



 聞きなれない名に首を傾げると、ヨシザワが俺の服の裾を引っ張った。



「お互い名前で呼び合うことになりました。あの、良かったらギルベルトさんも……」


「ダメダメ! 仲良くしないで! どうしても必要なときは最低限の会話をできるだけ事務的に敬語でやって!」


「わかったわかった」



 名前とはすなわち個人を識別するための記号でしかない。

 カレンの機嫌を損ねてまで呼び名を変える必要はない。

 ヨシザワが少しだけ不服そうにしたのが分かったが、彼女はカレンと違って聞き訳が良い。

 すぐに笑顔を取り戻し、カレンの問いかけに応えた。



「バッテリーは持ってないの。ごめんね」



 カレンが膝から崩れ落ちる。この世の終わりのような顔をして呻いた。



「終わりだ……もう生きていけない……」


「そもそもスマホなんてなにに使ってるの? ネットには繋がらないのに」


「決まってるでしょ。ギル君との旅を写真に収めるの!」



 子供のように言いながら、今度は俺に縋りついてくる。



「ねぇ~ギル君、充電器売ってるとこ連れてってぇ~」


「ギルベルトさんを困らせちゃダメだよ。そんなの異世界にあるわけないんだから」



 少し考えて、俺は答えた。



「いや、多分ある」


「えっ」




*****




 城塞都市シタデルから遥か北西にある小さな村。

 そこにあるのは痩せた土地とそれほど多くない村人、そして我が国最高峰の研究施設だ。



「確かにこの世界って変なとこでハイテクなものあるよね。リモコン爆弾とか」


「ああ。それも今から行く村で開発されたものだ」


「ならきっとバッテリーもあるよね。Wi-Fiも作ってくれたらネットできるのに」


「そうだな」



 その言葉の意味は良く分からないが適当に返事をする。

 カレンのスマホに対する執着には目を見張るものがある。

 かなりの長旅になったが、カレンの口からはほとんど文句が出ない。いや、少しは出ていたか。

 とにかく、目的の研究所はもうすぐそこだ。

 とはいえもうすぐそこ、からが遠い。


 連中はよほど人嫌いなのだろうか。

 馬車も通れない鬱蒼とした森の奥にその研究所はある。

 よって俺たちは近くの街に馬車を置き、張り巡らされた木の根に足を取られながら歩むことを余儀なくされた。

 俺は行軍に慣れているが、彼女たちはそうではない。

 特にヨシザワ。街を出てからずっと顔色が良くない。



「少し休むか?」


「あ、いえ。疲れてはいません。クロも運んでいただいていますから」



 ヨシザワが視線を動かす。

 魔獣であるクロを連れて歩くわけにもいかず、ヤツは俺が背負ったリュックの中でもぞもぞとしている。

 彼女の表情の理由は別のところにあるらしい。



「さっきの街で怖い話を聞いてしまいました」



 吟遊詩人だろう。

 各地の伝説を歌にして周っている連中だ。

 元となる伝説の種類は限られているが、歌う人間によってそれぞれ脚色が加えられる。

 今回ヨシザワが聞いた伝説には恐怖を呼び起こす脚色がされていたらしい。



「突然現れた賢者が色んな発明で村を発展させるんですけど、死神が来て彼を殺してしまうんです」


「ええ? ただの作り話でしょ?」


「いや、本当だ。正しくは賢者じゃなくて勇者だが」


「えっ」



 有名な伝説だ。

 とはいってもよくあるおとぎ話なんかじゃない。事実だ。これから行く研究所の成り立ちの話。


 勇者の召喚はこれまでに幾度となく行われているが、伝説に出てくるのは最初に召喚された最古の勇者だ。

 その勇者には知恵があった。この世界にはない異世界の知識で様々なものを作り、この世界に恩恵をもたらした。

 死神って言うのはなにかの比喩だろう。魔物か、災害か、あるいは病だったかもしれない

 勇者とはいえ、死からは逃げられない。それだけの話だ。


 ざっと説明すると、カレンは腕を組んで感心したようにうなずく。



「私たちの世界のものを作って売ればお金持ちになれるってわけね」


「なにか作れるものがあるのか?」


「いや……私たち普通の高校生だし……最初の召喚の時は大人が呼ばれたのかなぁ」



 異世界召喚された勇者は全員少年少女だったはずだ。

 彼らだって――いや。



「君たち勇者は全員同じ学校に通う生徒だそうだな」


「そうだよ? 同じクラス」


「なら教官もいただろう。どんな人間だ?」


「あー、担任? みっちゃんだよ」



 それが彼女たちの指導者の名前らしい。

 その一言で分かる。

 “みっちゃん”とやらは教え子に酷く舐められている。教官としては致命的だ。



「口うるさくてさぁ。スカートが短いだの、化粧落とせだの、会うたびに色々言ってくるの。この世界には来てないと良いなぁ」



 生徒からの評判は悪いようだが、そうはいっても大人だ。

 なら少しは協力的かもしれない。

 シノハラたち勇者が教官の言葉を聞いて改心するかも――なんて甘いことを期待しているわけじゃない。

 教官ならシノハラの情報を、もっと言えば弱点を知ってるかもしれないと思ったのだ。



「ねぇ、なに怖い顔してるの~?」



 ハッとする。

 この計画をカレンたちに悟られるわけにはいかない。行動を共にしていないとはいえ、友人だ。彼らに手を出すことを了承しないだろう。

 俺は表情を取り繕うが、カレンの言葉は俺に向けたものではなかった。



「話には続きがあってね」



 ヨシザワが顔を上げる。

 死人のような蒼褪めた顔。



「その勇者、生き返るの」


「え? それってどういう――」



 足を止める。

 振り返る。



「ちょっと、ギル君。怖がらせないでよ」


「誰かいる」


「ええ? そんなの、街の人じゃないの?」



 違う。

 街の人間なら息を殺す必要はない。木の陰に隠れてこちらをジッと見る必要も。

 俺は地面を蹴った。

 途端にガサガサと木々を掻き分ける音が聞こえてくる。

 そいつの目的は分からない。しかし追いかけて逃げるということは何か都合の悪いことがあるということだ。

 話を聞かなければ。


 どうやら相手は素人だ。

 逃げ方が雑だし、服装もなっていない。裾の長い薄手の外套を翻しながら走っている。しかも白。森の中でその色は酷く目立つ。尾行には不向きだ。

 捕まえるのは容易いはずだった。

 そいつがこちらを向いて、なにか妙なものを投げてこなければ。



「この!」



 銀色の缶。

 それが発煙弾だと気付いたときには、周囲一帯白い煙に覆われていた。

 妙な感じだ。動きは素人のくせに持っているものはプロ仕様。

 まさか研究所の人間か? そうなると逃げる理由がなおさら分からない。

 このままではずっと分からないままだ。

 その時、背中に背負った荷物がもぞもぞと動き出した。



「クロ!」



 ヨシザワの声が聞こえたのとクロが飛び出して行ったのはほぼ同時だった。

 視界を覆う白い煙をものともせず駆けていく。



「ヒャン!」


「おい! ちょっと、離してくれ!」



 クロの鳴き声と男の悲鳴。

 それを頼りに木々と煙を掻き分け進む。



「良くやった……が、調子に乗るなよ」



 尻尾を振って誇らしげにこちらを見上げるクロに唸るように言う。

 その足元でソイツは伸びていた。白い外套――白衣を着た黒髪の男。

 やはり研究所の人間だ。

 だが、ただの人間じゃない。



「うわっ、みっちゃんじゃん。なにやってんの?」


「変なあだ名で呼ぶな!」



 カレンの呼び掛けに男が反応する。

 コイツこそ、この世界に召喚された唯一大人の勇者。



「あのね先生、お願いがあるんだけど」


「嫌だ」


「いや拒否るの早すぎでしょウケる」



 カレンは冗談めかして笑うが、彼の表情は真剣そのものだった。



「私は教師をやめた。もうお前らの先生ではない!」




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