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哀傷ゾルレン  作者: まじりモコ
第三章 枯野の鮮血
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三十話 空白


         5


「悪いな誡、連絡から準備まで二日もかかってしまった。だが、今日ほど絶好の日和(ひより)はもう十年とない。相変わらずお前は、タイミングがいいな」


 前方を進む射牒さんの足取りは軽い。絶好のいたずらか、サプライズを仕掛ける人間のそれと同じだ。以前はこういう様子の誰かをよく見ていた気がする。


 私たちが向かっているのは県内にある刑務所だ。


 収容定員訳六百九十名の、比較的大きい施設と言える。だが、県民の中には県内に刑務所があるとは知らない人間もいるだろう。


 そして、あまり一般人には知られていないが、刑務所にも収容者の刑期によってランクが存在する。


 受刑者は刑期や性別、初犯かどうかなどで属性を区別され、専用の符号を与えられ、受け入れ先の刑務所へと入る。


 全ての受刑者が、犯罪傾向が進んでいるかどうかでAとBに分類され、そこからさらに細かく分類されることになる。刑期が長期の場合はL級、二十六歳未満の成人はY級などに区分される。女子の場合はそのあたり細分化せず、全てWという符号が与えられる。


 そして、これから向かう刑務所に収容されているのはLB、及びB級の人間たちだ。つまり、無期刑などの長期受刑者、そして犯罪傾向の進んだ者達。全国の刑務所の中でも比較的罪の重い受刑者が集められている。

 その内半分ほどは組員なので、私の顔見知りもいたりする、らしい。そう聞くと警戒心が(やわ)らぐのでありがたい。


 しかし、私達の最終目的地は別にあった。私達が目指すのはその刑務所に隣接する、W級受刑者の収容施設。つまり、女性刑務所である。


 日本国内に十しか存在しない女性受刑者収容施設。その内の一つが、現在向かっている場所の正体だった。






 市役所から少し歩くと、その外壁は見えて来る。高い灰色のコンクリート。この絶壁に囲まれたほぼ長方形の空間が、収容者が暮らし、作業に従事する空間だ。


 しかし私達はその壁を通り過ぎ正面玄関へと向かった。職員の詰める庁舎は来客もあるため、壁の外側にある。植木の向こう側の、茶色い二階建ての横長い建物がそうだった。


 あれが庁舎だ。ここはまだ監獄の外側。日常と異常の中間地点である。そして、二つの刑務所を運営する総本山でもあった。


 射牒さんは慣れた様子で門の真ん中に仁王立ちする年若い刑務官(けいむかん)に声をかけた。


「面会の予約をしていた者だ」


 すると刑務官は射牒さんの後ろにいた私と射牒さんとを(いぶか)し気に見比べてから、顔をしかめて口を大きく開け声を張り上げた。


「しばし待たれよ!」


 なぜ古風なのだろう。


 速足に庁舎に向かう刑務官を見送りながら、射牒さんが「ふっ、若いな」とほほ笑んだ。


「……射牒さんはもう歳ですからね」


「三十代前半はまだ年寄りに分類されない! 私は経験の話をしたんだ!」


 そんなやりとりをしているうちに、今度は庁舎から先ほどの若い刑務官ともう一人、別の男性が出てきた。同じ制服に身を包んでいるが、若い方よりあきらかに階級が上だ。若い方は顔を青ざめさせている。一方、恰幅(かっぷく)のいい男性のほうは、満面の笑みを浮かべていた。


「いやあ、祇遥(ぎよう)さん、若いのがとんだ失礼をしました」


「いえ、勤勉な証拠です。急なお申し入れをしたのはこちらですから」


 営業スマイルを浮かべた二人は、握手してから事務的なやりとりをする。若い男性はその様子を恐々と(うかが)っていた。





 なにやら書類を書いてから、女性刑務官に女性刑務所へと案内される。面会は外壁の中で行われる。受刑者の脱走を阻むためだ。


「……身分を明かさなかったのはわざとですか」


 隣を歩く射牒さんにそう訊くと、師匠はどこか意地の悪い笑みを口元に浮かべて声を潜めた。


「新人が真面目すぎると相談されてね。あれで少しは物腰丁寧になるだろう」


「……交換条件ですか」


「ほう、バレていたか」


「……血縁者ではない私が、これほど簡単に面会できるのは少しおかしいです。それに、射牒さんは『準備まで二日かかった』と言った。手をまわしてくれたのでしょう」


 すると射牒さんは、仕事モードの立ち振る舞いから、また楽し気な調子にもどり人差し指を唇に合わせ、秘密だと言わんばかりにウインクする。


「なに。三か月ほど早いが、誕生日プレゼントのようなものだよ。悪いが最低限書類にはお前の名前は残る。だが、映像以外は気にしなくていい。今日詰めている上層部は全員私の知人なんだ」


          6


「私は別ルートからだ」と言われ途中で射牒さんと別れた。どこになにしに行ったのかは分からないが、私は大人しく、案内してくれる刑務官さんに付いて行く。


 そうして案内されたのは、頑丈な扉の個室だった。促されるままに中に入る。飾り気のない室内。部屋は真ん中で二分割され、下半分が机で、上半分は分厚いアクリル板で仕切られている。声が届くように、中央付近に小さな穴の列が円状に連なっていた。


 テレビでよく見る、典型的な面会室だ。


 面会相手が刑の軽い者なら仕切りの無い部屋に通されるらしいが、私がこれから会おうとしている人間を考えれば、適切な処置だった。


 私がこれから面会するのは無期刑で収容されている人間である。


 無期刑は、実質死刑に次ぐ重刑だった。


 マスメディアの影響で誤解されることが多いが、日本に終身刑は無い。あるのは無期刑という、期間を定めずに刑事施設に収容される刑だ。模範囚(もはんしゅう)の場合仮釈放もありえるが、最低三十年程度はそれも不可能な、重い刑である。


 無期刑者への面会は基本的に親族にしか許されない。(まれ)に刑務所所長の判断で面会が可能となることもあるらしいが、そういった例外はほぼ期待できない。


 つまり、私が今ここにいるのは全て射牒さんのおかげなのだ。誕生日プレゼントにしては規模が大きい。


 用意された椅子に座って周囲を観察していると、向こう側の扉が開いた。


 そうして入って来たのは、受刑服に身を包み、髪を短く切りそろえられた女性。


「うわぁ、ほんとにいる。久しぶり、誡ちゃん。元気だった?」


「……おかげさまで」


 六年前、連続殺人事件の犯人として逮捕され、無期刑に処された私の親友、湯苅部(ゆかりべ)仕種(しぐさ)だった。


「そして私だ」


 その後ろには射牒さんがいた。いや、なぜそっち側にいるのだ。


 しかも射牒さんは自分が中に入るとすぐに扉を閉めてしまった。こうして面会室の中は、私と仕種さんと射牒さんという謎の三人のみとなる。おかしい。看守がいない。


 仕種さんは私の正面の椅子に座り、射牒さんは部屋の隅っこで腕を組んで壁にもたれかかった。だから、そこは看守の位置ではないのか。


 私の視線に気づいたのだろう。射牒さんがにやりと笑う。


「お前も自分で言っただろう。手を回したんだ。もともと音声は録音されない。これで気にせず自由に話せるだろう」


 どういう、手を使ったら、そうなる。


「あたしも気になるなぁ。そこでどや顔してるあなた、確か刑事さんですよね」


 やはり正攻法ではないのだろう。仕種さんも射牒さんを振り向く。

 仕種さんの質問に、射牒さんが目を見張った。


「なんだ、覚えていたのか」


「えぇ、何度かお会いしましたよね。事情聴取の時、とても丁寧に接してくださいましたから」


 微笑む仕種さんの言葉に嘘はない。師匠の仕事中といえば、私は外での活動しか知らない。丁寧、というからには、そうなのだろう。あまり実感が湧かないが。


「……今日は、その記憶力を頼りにしてきました」


「あー、やっぱりそういう理由あるよね。そうでもなくちゃ誡ちゃんと再会なんてできないとは思ってたけど」


 苦笑する仕種さんが頬杖をつく。完全な私用で会うことのできるほど、仕種さんは気軽な人間ではなくなってしまった。


「なに、面会時間は三十分きっちり確保している。さっさと要件を済ませて、近況報告でもすればいい」


 口をつぐんだ私の代わりに射牒さんが答えた。誕生日プレゼント、と言った彼女の本意がようやくわかった。自由な時間。それこそが最高のプレゼントなのだろう。


「そうね。じゃあ、刑事さんのお言葉に甘えて、六年ぶりだけど全然変わってないねーとかいう話は後にしましょうか。

 その用事とやら、聞かせてくれる?」


 仕種さんに促されて私は要件を話した。射牒さんがいるので、坂野さんと直接会って話したことは濁してだ。


 六年前の路地裏で私達を襲った少年を、はたして仕種さんは覚えていた。しかもそれだけじゃない。


「ちゃんと覚えてるわよ。あの顔どっかで見たことある気がして、家に帰ってから落ち着いて思い出してたから、余計にね。うん、お役に立てそうでなによりだわ」


 そう前置きして仕種さんは目を伏せる。六年経って容姿こそ少し変わったが、彼女の雰囲気は変わらない。言葉を選ぶようにして、仕種さんは告げた。


「じっくり見たわけじゃないから、少し不鮮明だけど、確かだと思う。

 私達が通っていた精神病院、覚えてる? あの男の子の顔、あそこの待合室で一度見たことあるわ」


「…………あの病院ですか」


 精神疾患を抱える人間の内、県内のほとんどの義務教育者がお世話になっていた、あの病院だ。院長が引退し現在は取り壊され、病院の跡地には、すでに一般住宅が建っている。


 私個人として少し感じるところのある場所ではあるが、あの一件は私以外知らないはずだ。仕種さんに伝わったということもないだろう。


 私は浮かんだ言葉を飲み込んで、射牒さんに視線を向けた。


「……あそこの通院者の名簿は確か」


「ああ、警察に資料として提供されている。院長のご厚意だ。まさか本当に役に立つ日が来るとはな」


 頭を抱える射牒さんの考えも理解できる。


 精神的に不安定な人間が過ちに手を染めることは確かにある。だが、事件になるほどの事案となると、全国的に見てもそれほど多くない。健常者の犯す軽犯罪の方が圧倒的に問題だ。けれど、あの老人は自主的に名簿を提供した。そのまま墓までもっていくこともできただろうに。


 もしもの可能性を、彼は予測していたことになる。

 それが、あの老人の出した人生の答えだったのだろうか。


 ため息をついた射牒さんが、眉間を押さえつつ仕種さんへかぶりを振る。


「わかった。後で連絡しておこう。──確認のためにもう何度か警察関係者が訪ねて来ると思うが、いいか」


「ええ、公権力に屈服するのは市民の義務ですし。こんな私でもお力になれるなら喜んで」


 嫌味のようにそういうが、仕種さんから危険は感じない。思ったことを素直に言っただけなのだろう。それは射牒さんにも伝わったのか、彼女は苦笑するだけだった。


 射牒さんはもともと権力を笠に着るようなタイプではない。彼女の自信は社会的地位からくるものではなく、今までの自分の努力と、そこに根差した実力から来ている。


 警察関係者には珍しいタイプと言えよう。私の見てきたのはほとんど、あの門にいた刑務官のように職務への責任感とプレッシャーを、威張り散らすことで発散させる人間ばかりだから。


「でも、話を聞いてると計画性のある事件には思えませんね。まったく、どうして衝動に任せて人を傷つけるかなぁ。その一度で人生台無しになるのに」


 計画的に犯罪を起こしここに収容された仕種さんがそう呟いた。私の視線を受けて、慌てて「私が言えることじゃないのはわかってるわよ?」と手をぱたぱたさせる。


「でも、一瞬の我慢ができずに他人を傷つける人の気持ちはやっぱりわからないな。人を傷つけるってことは、回り回って自分を傷つけることだもん。せっかく今まで生きてきたのにもったいない。

 まあ、百年程度で死ぬのにどうして必死に自分に投資するのかって言われたら言い返せないけど」


「……百年以上先まで残る何かを生み出すためでは」


「かっこいい回答だなぁ。さすが誡ちゃん。刑事さんはどう思います?」


 話を振られると思っていなかった射牒さんが少しびくりとした。完全に気を抜いていたらしい。看守の代わりとしてそれはどうだとは、言わないでおこう。


「どうして犯人は、衝動に負けて人を傷つけてしまったんでしょうね」


 改めて仕種さんが質問すると、射牒さんは少し宙に視線を向けてから、薄く笑って、


「衝動で人を傷つける理由なんて一つだろう。相手に心で負けたのさ」

 と言った。


 とても射牒さんらしい答えだ。自制心なくして警察官など務められない。その点射牒さんに警官は天職なのではないだろうか。

 常に冷静に事態を把握することに努め、さりとて人間らしい。どういう人生を送ったらこういう人間が出来上がるのか。少しだけ、興味が湧いた。






 それから時間まで、私は仕種さんと世間話をした。六年の間にあった話や、仕種さんの生活のこと。仕種さんは更科君のことや、私の学校生活のことを聴きたがった。


 三十分はあっという間に過ぎ去り、今度は本物の刑務官が仕種さんを迎えに来た。


「今日はありがとう。またいつか、会いましょう」


 特別な言葉はなくそれだけ言って、笑みを浮かべたまま仕種さんは扉の向こうに消えた。


「なんというか、前も思ったが普通の女だな、彼女は。ここの所長も、湯苅部仕種が入ってからここの雰囲気が良くなったと言っていたし。

 ん? そういう意味では普通ではないな。どこにいても変わらずにいられるのは、心が人一倍強い証拠だ」


「……そうですね」


 部屋を出て、合流した射牒さんと廊下を進みながら話す。


 仕種さんは六年前も今も、なにも変わらなかった。時が経った分より大人になってはいたが。


 私に対して隠す気はないのか、ところどころ殺気が漏れていたのはまあ、いい。私と彼女はそういう間柄だ。


「いい友人だな、彼女は」


 (うつむ)いた私の頭を優しく撫でる射牒さんを見上げて、私は呟いた。


「……親友ですから」


 窓から空を見上げる。晴れ渡った青空は太陽の光を直接地上に振り下ろす。揺れる木々に反射する光は、どこか潮騒のように(きらめ)いていた。


 眩しさに、目を細める。


 瞬間、小さな眩暈(めまい)のようなものがして、私は立ち止まった。先を歩いていた射牒さんと刑務官も、つられて立ち止まり、視線でどうしたのかと問うてくる。


 正しくは眩暈ではないと、なんとなく、私は気づいていた。


 これは、空白だ。思考の空白、ちょっとした虚無。あるべきものがないような、言葉にできない不思議な違和感。


 掴もうとした途端に、その違和感は掻き消える。

 廊下の先を見つめてみれば、それはすでに私の中にない。


 どうして立ち止まったのか、自分でもよくわからないまま、私はまた歩き出していた。




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