第三章-①
「おはようございます、リィナさん」
「おや、ロロさん。おはようございます」
次の日の朝。リィナがいつも通りの時間に起きてくると、ロロがひとりで分厚い本を読んでいた。
「今朝はお一人で?」
「はい。レムさんがちょっと散歩に行ってくるというので、留守を任されました」
「お師匠様……」
客人に店の留守を任せるとは、なかなかどうして彼女のふてぶてしさと言うか……。
「申し訳ありません、ロロさんもお休みしたいでしょうに」
「いえ、少しでもお二人のお手伝いをしたいですから。これくらい、訳無いですよ」
「是非、お師匠様にも見習わせたいものです」
リィナは呟いて、台所へと足を向けた。
「お茶、淹れますね。いかがです?」
「じゃあ……お願いします。朝一番からリィナさんのお茶を飲めたら、きっと良い一日になるでしょうから」
「おだてないでください」
くすくす、リィナは笑いながら台所で湯を沸かす。
上機嫌になるのが、何とも不思議だった。
すぐに茶は出来上がり、ロロの分と自分の分、ふたつを持って食卓へ。
「今日のお茶は紅いんですね」
「このあたりで良く飲まれているお茶なんです。喉を痛めたときなんかに良く効くんですよ」
「ほう」
こくりこくり、とお茶を飲む音だけが静かに響く。
「今日も静かですねぇ」
「そうですね」
ロロは微笑んで、
「この町は特別、他の所より静かな気がします」
「何もない所ですからね。賑わっている訳でもないですし、争いが起きるようなこともないですからね」
「静かなのはいいことです。賑やかな場所、ちょっと苦手なんですよね」
「ふふ、分かります」
リィナも頷きながら、少しだけ思い出すように目を閉じて、
「実は私、もっと大きな都市の生まれなんです」
「大きな?」
「ベトレヘムという巨大な都市です。ここから随分西にあるんですけど……大きな教会があったり、大学があったりして、『学術都市』なんて呼ばれてるんですよね。私はそこで生まれて、学校なんかに通ってたりしてたんですけど……」
リィナは8歳までをそこで過ごし、それからエルスへ移ってここで暮らしていた。
「こっちに来てから思い返すと、向こうの暮らしは大変なことばかりでしたね……いつも人で溢れていて、勉強ばかりしていました。こっちに来てからは毎日ゆっくりしていて、すっかりほだされてしまった気分です」
こくり、お茶を飲んでリィナは笑った。
「でも、なんとなくこっちでの暮らしの方が性に合ってる気がします」
「良かったですね、この町に来られて」
「本当に」
二人で笑いあう。こうしてゆっくりと談笑を交わすことも、きっと元いた都市では出来ないことだ。このエルスの町に来てからは、時間がゆっくりと流れてゆく、その表現が比喩ではないとリィナは思っていた。
「けれど、ちょっと意外でした」
ふと、ロロが茶を飲む手を休めて呟いた。
「リィナさんは、てっきり勉強が好きな方かと思っていたので」
「そんな事ないですよ。特に向こうでは数学とか文学とか、そういう事しか教えてくれませんでしたし、魔術の勉強や職人の修業はこっちでも充分できますからね」
「ほら、やっぱり勉強が好きなんじゃないですか」
「仕事が好きなんですよ」
「僕はのんびりしてるのが好きです」
唐突にロロはにこり、と笑って目を細めた。
「何もしないで、ふらふら散歩しているのが好きですね」
「ふふ、私もそれには憧れます」
リィナも頷く。のんびりと旅をする――この世界では特別、珍しいことではない。むしろそうした人々のおかげで武器職人という職業は大きく助けられていると言ってもいい。
だから、ロロの言うようにふらふらと当ても無く放浪するような人もいるにはいる。
「けれど、お師匠様のもとにいる間は叶わない願いかもしれません」
「そうですか? 旅の途中で、行商人のように荷馬車で移動している武器職人の方を見た事がありますよ。武器職人だからと言って、定住し続けることは無いのでは?」
「私がただの武器職人だったら、そうしている未来もあるかもしれませんね」
ふっ、と悟りきったようにリィナは言った。
「けれど、私にはここにいないといけない理由があるのです」
「ほほう? お聞かせ願いましょう」
「簡単なことですよ、ロロさんでも容易に予測できるはずです」
「?」
首をかしげるロロ。
リィナはことり、とカップを置いて溜息をひとつつくと、待っていたかのようにその声が聞こえてきた。
「リィナ~、ご飯~」
店の中に入ってきたのは、どこかに出かけていたらしいレムだった。ふらふら、と入って来て開口一番、そんな事を言った。
「お腹すいたぁ~」
「お師匠様、先に挨拶をして下さい」
「ん? ん~、ただいまぁ~」
のんびりと呟いて、とてとてとて、とそのまま椅子に座ってしまった。
「ね?」
「……そうですね」
この展開には、ロロも苦笑するしかなかったようだ。
○
「準備は手早く済ませますから。どうぞ、ロロさんはゆっくりしていてください」
リィナは半ば無理矢理にロロを椅子に座らせて、台所へと向かう。珍しく隣にはレムの姿もあり、リィナはほう、と感心する溜息をついた。
「珍しいですね、お師匠様が台所に入るなんて」
「んん~、今日は手早くご飯を済ませたいからね。人手は多い方が良いかなぁ、と思って」
「普段からそうしてくれると嬉しいんですけどね」
苦笑しながらも、リィナは手早く準備を済ませた。レムは食器を出したり、保冷庫から野菜を取り出したりと料理とは違った雑用をこなしている。
「じゃあ、今日のご飯は軽食でいいんですね?」
「うん、それがいいなぁ」
「分かりました。じゃあぱぱっと済ませちゃいましょう」
リィナは自然と笑顔になって、準備に取り掛かった。
軽い食事は、作る手間もだいぶ軽い。普段の準備からは考えられないほど、すぐにそれは終わった。
「そういえば、お師匠様、朝からどこへ行っていたんですか?」
準備を終え、食卓に料理を運びながらリィナは尋ねた。レムはよくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに、
「んふふ~、ちょっと騎士団の皆の所にねぇ」
「騎士団、ですか?」
「ん。遠征の話、聞いてないかな?」
遠征。リィナは記憶を探り探り、答えた。
「そういえば、ハルカが言っていた気が……東の森に魔物が出るとか」
「うむうむ、その討伐遠征ねぇ。今日の昼にも出発するらしいんだけど――それでちょっと、様子の方を見に行ってたのさぁ」
レムはいつも通りにのんびりと言うが、その顔はこころもち真剣だ。職人として、仕事の話をしている顔だ。
「様子、と言うと?」
「武具防具の類の調子をねぇ。ここら辺のやつは、みんな私達が作ってるでしょ? だから、念には念を入れて確かめに行ったんだぁ。もちろん、不具合のあるようなものは無かったけど」
「流石です」
「半分はリィナのお手柄さぁ。全部が全部、私が作ってる訳じゃないしねぇ。うむうむ、さすがは私の弟子だよぉ」
「恐れ入ります」
せっせと食事を運びながら、二人の会話は弾む。
「この調子で、いっそ魔武器も作ってくれると仕事が早く片付くんだけどねぇ」
「私に神話の偉人になれというのですか」
「はっはっは、もしもの話だよ、もしも。本当に作ってくれたら、師匠冥利に尽きるけどねぇ」
レムは笑うが、リィナはいまいち冗談に笑えないのだった。
「本当にそうだったら、確かに一番の近道ですけどねぇ……」
ほとほと呟いてしまう。そんな事は無理と分かっているが、何の手がかりも無いのなら、それもひとつかもしれない。
道が無いなら作ればよい、とは先人の言葉。しかし、この道は何とも切り拓くことが難しそうだ。
今日の食事も至って普通、山菜をパンに挟んで食べる軽食の様なもの。本当にすぐに食べ終わることが出来る大きさで、朝食の時間はあっという間に終わってしまった。
「さて、今日も頑張ろう~」
「お~」
「頑張りましょう」
三者三様の意気込みで、今日が始まる。
「じゃあ、私とロロくんは家に残るってことで」
「今日もお願いします、レムさん」
「うむむ」
レムは胸を張って答えた。
「任せたまえ~」
「じゃあ、私も教会に行くということで――」
「あ、そうそう」
「?」
言葉を遮られ、リィナは首をかしげた。
「どうしましたか、お師匠様?」
「ん、リィナもちょっとここに残っててちょうだい」
「え? どうしてまた」
「ふふふ、仕事だよぉ。ハルカちゃんが、リィナにどうしてもってさ」
「ハルカが?」
一瞬いぶかしむように呟くが、すぐにリィナには心当たりが浮かんだ。
「そっか。遠征があるんですもんね」
ハルカの持っている武器の類は、完全にリィナの手によって、ハルカの為だけに作られた特注品だ。その手入れなどは、もちろん作り主であるリィナにしか出来ない。討伐遠征という大仕事の前に、準備をきっちりと整えておきたいのだろう。
「分かりました。じゃあ、お店の方で待ってることにします」
「うむ、それがいいと思うよぉ」
レムがにこやかに言うと、ロロも笑顔でリィナを見た。
「リィナさんの仕事、ですか」
「そうですね。職人が作った武器は、職人にしか手入れが出来ないので」
と言っても、刃を研いだり磨いたりといった、基礎的な手入れを行うことはできる。
しかし、それはあくまで『表面的』な手入れ。錆びた金属の上から塗料をぶちまけて覆い隠すようなものであって、本質的な錆びをどうにかしないと本来の性能は取り戻せない。
「その内在的な部分まで手入れするのも、武器職人の仕事、という訳ですね」
「その通りです」
リィナが答えると、にやにやとした顔でレムが言った。
「ふふ~ん、リィナも一人前ぶったこと言えるようになってきたねぇ」
「もう10年ですからね」
えへん、と胸を張るリィナ。今の自分が自信を持てる、数少ない取り柄のひとつだと思った。
それを見たロロが、何気なく呟く。
「カッコいいですね、リィナさん」
「か、カッコいい、ですか……?」
「はい」
言い回しにちょっとした違和感を覚えたが、リィナは素直に褒め言葉として受け取ることにした。
最も、それはそれで照れてしまうのだが。
「ほ~らほらほら。リィナっ」
そんなリィナの浮かれた気持ちは、レムの言葉でかき消された。
「ロロくんにうつつを抜かしてる暇があるなら、さっさと仕事に行った行った」
「う、うつつを抜かしてなどいませんっ」
「またまたぁ~。良いんだよ、意地張らなくたってぇ」
わざとロロに聞こえるように言っているのが余計に意地の悪いことだ。リィナは「もうっ!」と顔を真っ赤にして、
「行ってきますっ!」
乱暴な足取りで、店の方へ向かっていった。
「ふふふふふ、やっぱりリィナは可愛いねぇ」
にやにや、とその背中を見送ったレムに、ロロが苦笑でたしなめる。
「冗談にも程がありますよ? リィナさんをからかうのも、ほどほどにして下さい」
「ふふ、若い子って言うのはからかわれて強くなるのさぁ」
黒髪を揺らして、レムは歌うように身体を揺らす。
「年寄りになると、どうしても人の言う事ってなかなか聞きたくなくなっちゃうからねぇ。若いうちに色々な事言われて、色々な事を経験して、人って成長していくんだよぉ」
「ふむふむ」
「リィナは今がちょうどその時なのだぁ。今がいちばん、からかう甲斐のある年頃だから、いっぱいからかってあげたいのさ」
レムは面白そうにそういうと、ロロに向き直って、
「――さて、キミはどうだろうねぇ?」
「……どういうことでしょう」
「さぁ、どうだろう」
ロロは紅い目を細めて、レムを見据えた。
「人は見かけによりませんからね。レムさんもきっと、そうなんでしょう」
「ロロくんも、きっとそうなんだろうねぇ」
「くふ」
堪え切れない、とでも言いたげにロロは吹き出して、
「あんまり、詮索はされたくないんですけどね。ちょっと僕の場合は特殊ですから」
「むむ?」
「レムさんみたいに、誇れるようなものじゃないってことですよ。そうじゃなきゃ」
と、そこでロロは羽織っていた外套のフードを被って顔を覆い隠した。
「こんな、あからさまに怪しい格好、しませんからね」
「……まぁ、その話はまた今度にしようかな」
「そうしていただけると、助かります」
ロロは恭しく頭を下げて、フードを外した。
レムはその様子を、面白そうに眺めてから「さて」と呟いて、
「じゃあ、ロロくん。今日もいろいろ手伝ってもらうからねぇ? 目的はあくまで『魔武器の現物』なんだから」
「……恐れ入ります。頑張りましょう」
○
リィナはぷんすか、と分かりやすく怒っていた。
「全く、お師匠様ときたら……!」
師匠と弟子。その上下関係を利用してか、しょっちゅう自分をああしてからかいにくる。非常に不愉快なリィナなのである。
リィナ本人としては、ロロにそうした感情がある事は一切自覚していない。だからこそ、ああして在りもしない感情を持ちだされてなおかつ自分をバカにするような言動を取られるのは甚だ不愉快であり、またやはり不愉快なのであった。
通りに面した店の椅子に腰掛けて、ぷんぷんと腕組みするリィナの姿は、道行く人々もなかなか近寄りがたい印象があるようだ。普段の印象からは想像できないようなほど、リィナの機嫌は悪かった。
折角の朝の陽気が台無しである。リィナはふぅ、と溜息をついた。
「……まぁ、いつまでも変なことで怒っていても仕方ないですよね」
ひとりごち、それから背伸びをしたり、無意味に立ち上がったり、また座ったり、そんな事をしばらく繰り返して、
「うん、やっぱりクサクサしてるのは私の性に合わないかもしれませんね」
言葉にすると、思っている事はより実行しやすい。リィナはすっかり気分を持ち直して、深呼吸をした。
しかし、どうしてレムは自分とロロの事をあそこまでからかうのだろう。ふとリィナはそんな考えに思い至った。
考えなしに、ただ面白がってからかっているのかもしれない。しかし、それにしては同じ事を引っ張り過ぎているような気もする。
「ひょっとして……」
――自覚していないだけで、自分はロロに気があるのかもしれない。
「いやいやいやいやいやいや」
ぶんぶんぶんぶん、と首を振って一生懸命に否定する。長い金髪がびしびし、顔に当たる。
「痛ぁい……」
少し涙目になりながら、リィナは改めて否定する。
「まだ、会って何日も経ってないんですから! それに、相手は仕事の依頼主ですし……」
そんな事は無い。あってはならない。
「そ、そりゃあ……確かに、ロロさんは優しいですし、不思議な方かもしれないですけど……」
それとこれとは別だ。
「で、ですよね! そんな、別に私にそんな……」
「リィナ……?」
「うひゃう!」
いきなり声を掛けられて、リィナは思わず座っていた椅子からひっくり返りそうになる。あわてて声の主を探して辺りを見回すと、
「大丈夫? さっきから一人でぶつぶつ独り言ばっかり」
「は、ハルカですか……」
「そうだよ、私だよ!」
へっへーん、と元気にハルカは片手を挙げて挨拶をした。腰の両脇に差した剣と、背中に背負った長い槍、関節や頭を守る銀色の防具。すっかり騎士団としての出で立ちだった。
「それより、ホントに何かあったの? リィナがあそこまで元気に一人で喋ってるの、初めて見たよ」
「い、いえいえ! 別に……ただの独り言ですから、気にしないでください!」
「ふふん? ほら、そういうところが怪しいんだよね」
ハルカはじとーっとした目でリィナを見て、
「普段のリィナなら『ふふ、何でも無いですわ』とか言うところだもん」
「私、そんな言葉遣いしませんから」
「はっはっは、冗談冗談。……ともかく、リィナがそこまで取り乱すなんて珍しいなぁ、と思ってさ」
「う……」
赤面。傍から見ると、相当に恥ずかしい事をしていたようだ。それが幼馴染の前でともなれば、なおさら恥ずかしい。
「わ、忘れてください……」
「ふーん? まぁ、何かあったってんならそうしよう! 細かい事を考えるのは、昔からリィナの役目だしね」
ほ、と内心でリィナは大きな溜息をついた。ハルカは話を戻して、
「それよかさ。レムさんから話、聞いてるよね?」
「は、はい。武器の手入れ、でしたよね?」
「そうそう! これから大仕事だからねー。念入りに頼みますよ、先生」
わざとおどけて言いながら、背中の槍と二本の剣をどかどか、と台に置く。
リィナはさてさて、と手際よく金髪を結いあげて、一つにまとめてしまった。職人としてのそれに、気持ちを切り替える。
「では、失礼して」
リィナはまず長い槍を手にとって、じろじろと細かいところまで見て回る。
時折、撫でてみたりこんこん、と叩いてみたり、ぶんっ、と大きく振ってみたりする。一見して意味のない行動のように見えるが、この動作のひとつひとつが武器の調子を確かめ、どこにどう手を入れればいいのかを如実に表してくれる。
「なるほど」
続いて、二本の剣も同じように調子を確かめていく。形状の似たふた振りの剣に目を凝らし、しっかりと傷を見極めていく。
「相変わらず、細かい作業だよねぇ」
リィナの邪魔にならないように、ハルカは小さく頷いた。
やがてリィナは武器に目を通し終わり、それからハルカに向き直って告げた。
「丁寧に使われてますね。流石はハルカです」
「へへーん。まぁ、リィナの武器が特別、相性がいいって言うのもあるけどね」
「それはどうも。ただ」
と、リィナは指を立ててハルカに忠告するように言った。
「細かい傷はたくさんありますね。これを機に、一気に直しちゃいます。それと、ついでだからハルカの身体に合わせて細かい調整もしておきます」
「よろしくねい。細かい事はリィナに任せるよ~」
「分かりました。それじゃあ」
と、リィナは立ち上がってハルカに手を差し出し、
「髪の毛を貰えませんか? 二、三本でいいので」
「髪の毛? なんでまた」
「持ち主の身体の一部分を用いると、その持ち主に合わせて武器の性質は微妙に変化するんです。なので、この機会にもう一度、その行程もこなしちゃいます」
「ほうほう。了解~。数本でいいんだね?」
「はい」
言うが早いか、ハルカはぷつっ、ぷつっ、と髪の毛を抜いてリィナに手渡していく。
「しかし、髪の毛を使うなんてね~。武器職人って、見れば見るほど、良く分からない世界だよ」
「起源は魔術と同じ所ですからね。そして、魔術ではなにかした媒介を用いて行使することは珍しくありませんから。――武器を体になじませるために、腕一本差しだした人もいるらしいですよ?」
「腕一本!?」
「その武器は、持ち主の身体の一部のようにしっくりと手に馴染み、生涯刃こぼれもせずに添い遂げたらしいです」
「ふええ……そりゃあ、また」
ハルカはおののいたように顔を引きつらせ、
「私にゃマネできないよ」
「マネするほうが間違ってますよ。髪の毛だけでも、充分に効果は出ますから」
「そ、そっか。そりゃあ良かった。武器を振るために腕を無くすなんて、本末転倒だもんねぇ」
冷や汗をぬぐってハルカはぎこちなく笑った。
リィナはそんな幼馴染にふふっ、と笑いかけて、
「それじゃあ、地下で作業をしてきます」
「よろしくねー。出発は正午だから、それまでに頼むよ~」
「分かりました」
頷いて、リィナは槍と二本の剣、それから髪の毛を抱えて地下へと降りて行った。
○
地下は相変わらず、ひんやりと冷たい。
リィナは心地よい落ち着きを感じながら、よしっ、と頬を軽く叩いた。
「始めましょうか」
誰にともなく宣言し、リィナは作業に取り掛かった。
地面に円を描き、その中心にふた回りほど小さな円を描く。
そこからは、完全にリィナにしか分からない領域だった。幾何学模様、幾重にも連なる文字数字の列。それらが複雑に絡み合って、しかし一つの紋章の様な不思議な美しさを体現していく。
リィナはうん、と頷いた。こうして描いた魔法陣は、美しく見えるほど作業はうまく運ぶ。つまり、
「今回は上手く行きそうですね」
円の中心を通るように槍を配置し、その円の一部分にハルカの髪の毛をそっ、と置く。
リィナは目を閉じ、円の弧の上に手を重ねる。心を落ち着けて、完成形を強く想像する。ここに全てがかかっている。こうして作りあげた武器が、ハルカの――幼馴染の命を、預かることになるのだから。
「……よしっ」
リィナは集中をそのままに目を開き、力を込める。
槍に魔力が収斂していく。
槍は青く発光して、リィナの魔力とハルカの体組織である髪の毛とを吸収し、その姿をより鋭利に、美しく研ぎ澄ましていく。
傍から見れば地味に見えるかもしれない、微々たる変化だった。
しかし、少しでも魔術を心得る者には、見違えるような変化だった。行程が終了し、リィナが槍を手にとって出来を確認する。
こんこん、と叩いてみたり、指でなぞってみたりする。どこをどうとっても申し分のない出来栄えだった。以前より少しだけ、纏う魔力が違って感ぜられるのは、ハルカの髪の毛を使った賜物か。
ともあれ、リィナは満足そうにうん、と頷いて、
「次、いきましょう」
休む間もなく、ふた振りの剣の手入れに取り掛かった。




