第三章-②
少し経って、リィナが地下から上がってきたのを、ハルカは待ちきれない、とばかりに笑顔で迎えた。
「お待たせしました」
「おおーありがと! どれどれ~」
リィナが両手に抱えていた槍と剣をひったくるようにして、ハルカは「ふんふん」と手触りを確かめたり、重さや長さを確かめている。
「むむむ、確かにちょっと手触りが違う気がするよ!」
「やっぱり、髪の毛という身体の一部分を使ったのは大きかったですね」
満足そうにリィナは頷いて、結いあげた髪の毛を解いた。
「どこか違和感を感じるところはありますか? すぐにでも手直ししますけど」
「ううん、全然大丈夫みたいだよ! きちんと刃も研がれてるし、真っ直ぐだし……」
そこでハルカは剣を腰の鞘にしまい、槍を背中に背負いながら、
「何より、リィナの作ってくれたものだもん! 安心して命を預けられるよー」
「光栄です」
「やめなよー、私なんて全然、偉くもなんともないんだからさ」
リィナはわざとらしく頭を下げるので、ハルカもやれやれと笑う。
「――けれど、本当に気をつけてくださいね」
「ん」
真剣な調子のリィナに、ハルカは虚を突かれたように黙り込む。
「やっぱり、命の危険と隣り合わせな仕事をしている訳ですし……」
「たっははは! なんだい、今さらじゃんか」
しかし、ハルカはいつもの調子を崩さずに、気にするでもなく笑い飛ばした。
「心配ご無用! こう見えて私、結構強いんだから! 昔から一緒のリィナなら、私の身体能力の高さは誰よりも知ってるはずだよっ?」
「まぁ、それはそうなんですけど……」
確かに、生身で建物にするりと壁を越えて上ったり、屋根から屋根へ飛び移ったり、大人の男を何人も転ばしていたりと、ハルカの運動能力は小さい頃から……リィナと出会ったころから人間離れしていた。
「昔、リィナを背負って屋根に上った時、あったよね~」
「壁をひょいひょいひょいっとですね。あれは怖かったです、落ちたらどうしようかと……」
リィナはしがみつくのに夢中で、わんわん泣いていた事を思い出した。
「って、そんな思い出話はいいのですよ」
リィナは慌てたように話を元に戻し、
「ともかく、そんな深い仲の私達なんですから。心配くらいさせてくださいよ」
「んー、リィナは本当に心配性なんだから」
ぽりぽり、と頬をかきながらハルカは笑った。
「私だって、親友に心配をかけたい訳じゃないんだよ? だからこそ、無駄に体力をつけてきたわけだしね。だから全然、気にしなくたっていいのにさ」
「む……」
「それに、今までだって何だかんだ無事に帰ってこれたんだし、今回だって何とかなるよ!」
「……そのこころは?」
「もちろん、これだよ」
と、ハルカは腰の剣と、背中の槍とを指さして、
「私、ひとりで魔物と戦ってる訳じゃないもんね。……リィナが丹精込めてこしらえてくれたお守り、みっつも持ってるんだもん。おちおち負けてられますかって話だよ! だからさ、リィナも、自分が作った武器で親友の命が守られてるってことに胸張りなよ!」
「ハルカ……」
えっへん、と自分で胸を張るハルカに、リィナもぷっ、と吹き出して言った。
「頑張ってくださいね」
「おうっ、任せときなさい!」
ぐっ、と腕を突き出してハルカは歯を見せた。
リィナもそれを真似して腕を突き出してみる。ハルカに比べればかなり控えめなそれは、けれど向けた相手には充分に伝わったようだ。
「リィナさん?」
そんな風に激励を交わしていると、店の奥からひょい、とロロが顔をのぞかせた。
「ロロさん。どうかしましたか?」
「はい、レムさんがちょっと用があるということで、呼んできてほしいと」
「お師匠様が? 分かりました、すぐに戻ります」
リィナが立ち上がろうとすると、
「お、お、おおお……」
と、背後から呻くような声。
振り返ると、ハルカが驚愕を顔に浮かべて冷や汗をかいている。
「……ハルカ?」
「り、り、リィナ……」
「はい?」
「……ふっ」
ハルカは途端に頬を赤く染めて、恥じらうように俯いた。
「も、もうそんな年頃なんだね……家に男を入れておくなんて……」
「なっ。は、ハルカまでお師匠様と同じ事を……!」
思わずリィナまで顔を赤くする。ロロは何を言い返すでもなく「ハハハ」と苦笑しているだけだ。
ハルカは更にリィナを追い込むように、
「そ、そうだよね。リィナだってもう、女の子だもんね。好きな男の、ひとりやふたり……ねぇ」
「だ、だから違いますから!」
「ああっ、そうだよね! 隠しちゃうよね! 分かる分かる」
うんうんうん。ハルカは誰にともなく頷いて、
「ウチにもいるんだよね~、恋多き女の子がさ。普段はすっごく凛々しい子なの。ホントだよ? だけどね、たまにふっと恥じらった顔を見せるんだよねぇ。で、何かあったの? って聞いても『ななな何でもありません!』ってさ! 可愛いよねぇ~」
「……はぁ」
反論は無意味だ、とリィナは溜息をついた。
一方で、ロロはそういえば、と小声で、
「リィナさん、こちらは?」
「……元気が取り柄な、私の幼馴染です」
「幼馴染」
「はい、騎士団に所属しているんですけどね……」
ふんふむ、ロロは顎に手をあててじっとハルカを見た。
「それでさぁ? 相手の男がもうダメだ! 別れてくれ! なんて言っちゃった次の日にはもう訓練も手につかないの何ので、けれど先輩としては応援してあげたいじゃない? けれど訓練をきちんとしないとそれはそれでアレじゃない? だからこう、何とも言えない葛藤が――」
「初めまして」
「はい! 初めまして、ウチのリィナがお世話になってます!」
「なってません!」
無意味にビシッ、と右手を額に持ってきて敬礼をするハルカに、リィナの突っ込みが決まる。
ロロはふふ、と楽しそうに笑って、それからハルカに右手を差し出した。
「ロロと言います。レムさんとリィナさんにとある依頼を持ちこんだ、しがない旅の者です」
「ハルカ=セムハザです! よろしくね、ロロくん」
「よろしくお願いします、ハルカさん」
がしっ、固い握手を交わしてふたりは笑いあう。
「リィナはこう見えて、やる時はやる女の子なんで! どうか面倒を見てやってください!」
「はい、仕事を頑張っているときなんか、凄く素敵ですよ」
「ああ、ロロさんまでそんな誤解を生むような……!」
かといってイマイチ責める気にもなれない。リィナはうなだれるしかなかった。
ハルカはロロと一言二言会話をしたのち、不意にきょとん、と表情を変えて、
「そろそろ行かなくちゃ。じゃーね、リィナ! ありがとー!」
「ああ、はい、いってらっしゃい……」
「ロロくんも! リィナの面倒、ちゃんと見てあげてね~!」
「ははは……頑張ってくださいね」
ハルカはぶんぶんと大きく手を振りながら、ものすごい速さで走り去って行った。
「元気な人ですね」
「そうですね……ハハ……さ、お師匠様の所へ行きましょうか」
「ああ、そういえばそうですね」
ロロは何を気にするでもなく、自然な振る舞いをしている。
せめてもの救いだとリィナは思った。これでロロの振る舞いが変化するようなら、それはもういたたまれない。たとえそれがどのような変化だとしても、いたたまれない。
○
リィナとロロが戻ると、中には特に変わった様子の無いレムがいた。
「お師匠様、何でしょう?」
「んん~、リィナに言っておかないといけないことがあってねぇ」
レムは手に持っていた分厚い本をぱたむ、と閉じて、リィナに向き直った。
「今日は私、戻ってこないからねぇ」
「夜通しですか。なにか長丁場の仕事ですか?」
「ん~、仕事と言うか、何と言うかねぇ」
レムはゆらりゆらり、と身体を揺らしながら、
「そろそろ山菜とか、鉱石とか、備蓄品を補充しておかないといけないと思ってねぇ。ロロくんとの仕事にひと段落ついたら、夕方くらいにはもう出ようと思うんだよぉ。だから、リィナにはそれまでに戻って来て、お店の留守なんかも任せたいんだよねぇ」
「分かりました」
リィナはすんなりと頷いた。レムが夜通し店を開ける事は、別段珍しいことではない。むしろ武器職人という職業上、原材料となる鉱石などを採集・備蓄するのは当然のことだ。
「もし困ったら、ラウルちゃんにも手伝ってもらうといいよぉ」
「う~ん、本当に困ったらそうします」
「任せてください、レムさん。僕も最低限のことなら、ちゃんと手伝いますから」
何故か自信たっぷりにロロは言った。レムは「ふふん?」と満足そうに笑って、
「……ロロくんと一緒なら、リィナも苦労はしないだろうねぇ。うんうん、ふたりともよろしく頼むよぉ」
「はい」
「頑張ります」
リィナとロロが返事をして、レムは頷いた。
「さ、じゃあ今日の仕事に入ろう。リィナ、教会に行って来なさい~」
「分かりました」
昨日のように、分厚い本を塔のように抱えてリィナは教会へと歩いていた。
「よいしょ、よいしょ」
相変わらず、たくさんの本を運ぶのには神経を使う。重さ自体はそれほどでもないのだが、やはり崩れないように上手く運ぶのは難しい。教会へはそれほど遠い道のりでもないので、苦労はしないのだが。
昨日より出る時間が遅く、町は昼に向けて少しずつにぎわいをみせている。
店の準備に取り掛かる人やすでに開店して客を呼び込んでいる人が目立つ半面、もう学校や塾が始まっているのか子供や若い人の姿はまばら。リィナの様な年頃の娘が頭に三角巾を巻いて、あちらこちらとせわしく歩き回る様子も見られる。
「今日もお忙しいようで」
リィナが世間話程度に挨拶すると、あちらも足を止めて少しだけ応じてくれた。
「全くです。はぁ、うちの店長も人遣いが荒くて……」
苦笑いをする彼女は、きっと飲食店の従業員か何かだろう。昼食時へ向けて、忙しく準備をしているようだ。
「リィナさんはどちらへ?」
「ちょっと教会へ。調べなければいけないことがありまして」
「それはそれは。お互い、大変ですねぇ」
「そうですね、お互いに大変な上司を持つと」
くすくす、と笑いあう。こうした辺境の町では、人同士のつながりは意外と大切で、それを知っているからリィナはたまに道行く人に世間話を振ってみるのだった。
「では、そろそろ行きますね」
「お疲れ様です」
たたた、と駆けていく彼女に、本を崩さないようにそっと頭を下げた。
リィナは再び歩き出したが、目にするのは飲食店や八百屋といった、食品に関する店ばかり。
「そういえば」
ふとリィナは歩きながら呟いた。
「今晩はお師匠様がいないんですよね。夕食の献立をどうしましょう」
普段は山菜を中心にしたものがほとんどだが、折角客人がいるのだから、少しは奮発してもいいのかもしれない。わざわざロロにまで、自分達のほそぼそとした食事をさせる訳にもいかないだろう。
「今日は買い物でもして帰りましょうか」
ぼんやりと呟いてリィナは歩き続けた。
「よいしょ、よいしょっ……」
少し歩くと、昨日も訪れた教会が見えてきた。
リィナが扉を開けるために本を傍らに置こうとしたちょうどその時に、扉が開く。
「そろそろくるころだと思ってましたよ」
「さすがはラウルさん、細やかなお気遣い感謝します」
「修道女ですから、町の人の為に働くのは当然です。さ、中に入ってください。お茶も用意してますよ」
「はぁ、ありがとうございます」
「いえいえ。……ふふっ、ちょっと面白い話を聞いたものですから」
そこで、ラウルはふと影のあるような意味深な笑みをリィナに向けた。
「は、はぁ……」
「まぁまぁ、中へ入ろうじゃありませんか」
やけに強引にラウルが促すので、リィナはそれに従った。
○
「なんでもリィナさん、恋人がいるらしいじゃないですか」
「ぶっ」
教会の窓から差し込む光を浴びて飲む茶を吹き出し、
「な、ななな何を言ってるんですか!」
「いえ、ちょっとある人から聞いたんですよ」
ラウルは悪戯っぽく笑う。
「ハルカですね……!」
「さぁ、どうでしょうか」
小馬鹿にするようにラウルは目を細めて、リィナに微笑を向ける。
ラウルは昔からこうだった、とリィナはふと思い返す。
「……いや、そんな事よりっ」
わなわな、とリィナは怒りに震え、カップの中の茶が揺れる。
「今度、武器の中に爆発性の魔術を仕込んでおきます……」
「まぁまぁ、おめでたい事じゃないですか。式は是非、この教会で挙げてくださいね」
「あのですねぇ……」
ほわわん、と語るラウル。修道女としての癖なのか、両手を胸の前で合わせてとろんとした瞳で微笑んでいる。
「いいですか? それはハルカの早とちりで在って、私とロロさんはそんな関係ではありません」
「と、誰しも最初は思うのですよ」
「これからも思わないですから」
「まぁまぁ、リィナは恋が分からないからそう言うのですよ」
ラウルは語り始める。
「恋なんて、ふとしたきっかけで始まってしまうものなんですよ? それはどの時代、誰であっても一緒です。そして、その小さな恋が時に世界を変えてしまう事もあるんです。ユナ王国の王族は、人間と偶然に出会って恋に落ちた天使との間に生まれた子が始祖とも言われていますから」
「むむ……って、それとこれとは関係ないじゃないですかっ」
リィナはなんとなく聞き入ってしまっていたが、それではロロが恋人だという事に頷いてしまうようで素直に聞き入れる事はしなかった。
「ふふっ、冗談はこの辺にしておきましょうか」
そんな様子まで見透かしたように、ラウルはまた、笑うのだった。
はぁ、と溜息をついて、リィナは茶を飲んだ。
「ラウルさんは昔からそうでしたね。冗談咄とか噂とか、大好きだったと思いますけど」
「修道女ですからね。町の人の話を聞いているうちに、自然と耳が肥えてきたんですよ」
確かに、大きな影響力を持つ教会は自然と町の中心になっている場合も多く、このエルスの町も例外ではないかもしれない。町の中心には人が集まり、人が集まれば話が弾む。そして、その中心に立って話を聞いている者は、自然と噂話、冗談、笑い話には詳しくなっていく。
ラウルは昔から――この教会を任せられる前からそうだった。噂話が好きだったり、他人をからかったりするのがすこぶる上手く、リィナもハルカも、よくその相手にされてきたものだ。年を経るごとに、その口はどんどん回りを良くしていき、今では町に口喧嘩で勝てる者はいない、と言われるほどだ。
さらに、ラウルはいわゆる浮いた話を聞くのも好んでいる。リィナの話にも、喜んで食いついてきたに違いない。
「だからって、私をからかうのはやめてくださいよ……」
「ふふ、リィナがここまで参ってるのも珍しい。――やっぱり、リィナも何かしら、心境の変化があるからいつもと違う一面をのぞかせるんじゃないですか?」
「むぅ……」
一理ある、かもしれない。
「確かに、ロロさんが来てからは生活に新しい要素が加わっている訳ですからね……。変化はあるかもしれないです」
「それがいつの日か……」
「実を結んだりはしませんから。絶対にです」
あまりにリィナはつん、と言い放つので、ラウルも興醒めしたように「そうですか」と呟いた。
「最近のリィナはからかい甲斐が無いですねぇ」
「昔からからかわれ甲斐があったわけじゃないです」
「まぁ、気が変わったらいつでも相談してくださいな。トリニティ教団は恋愛におおらかなのが、一つの売りなのでね」
他の宗教における聖職者、いわゆる修道女や神父のような身分は恋愛や結婚が禁じられている場合もある。このトリニティ教団は、そう言ったものに一切制約がないことで知られており、むしろその自由な気風によって発展していった面もある。
「もしそんな事になった時は、思う存分頼らせてもらいますよ」
リィナは苦笑しながら、そうとだけ言っておいた。
「ふふ、お待ちしておりますよ。――さぁ、そろそろ始めましょうか」
「今日もよろしくお願いします」
本を読みふける。
二人きりの空間ではらり、はらりと紙の擦れる音だけが響くのは、なんとも居心地が悪くなってくるものだ。リィナは読書家を自負しているものの、ひとりで読んでいる時は心地よいかさりの音が、ふたりになるとこそばゆい。
「ラウルさん」
「はい?」
「なんだか集中できませんね」
「あら偶然ですね、私もそう思っていたんです」
にこり、とラウルは悪びれるでもなく頷いた。
「不思議ですね、昨日は気にならなかったのに」
「早くも飽きてきているんじゃないですか?」
「飽きるほど仕事が出来るなら、それは幸せだと思いますけどね」
「ふふ、リィナはそうですね。私なんて、飽きていることが仕事ですから」
ラウルは一枚、ページをめくりながら笑った。
「やっぱり、ひとりでここにずっといるのはちょっと退屈です。リィナみたいに誰かと一緒にいられると、これほど楽しいことも無いと思うんですけどね」
それはラウルの口癖の様な言葉だった。
教会に複数人で暮らすのは良くあることだ。ラウルは一人でこの教会を切り盛りし、特に用事が無い時はずっとここにいる。
「その分、人がたくさん来るんじゃないですか? その方がよっぽど、楽しいと思いますが」
リィナもページをめくって、そう尋ねた。しかしラウルは「う~ん」と少し唸ってから、
「そうでもないんですよね。毎日、お祈りの為に来てくれる方もいますし、たまに旅の人が止まっていってくれる事もあるにはあるんですけど――やっぱり、ひとりの時はひとりですから」
「難しいですね」
「せめてもう一人か二人、同僚がいてくれれば面白いのかもしれません」
「同僚、ですか……」
「はい、一緒にくらす修道女でもいてくれれば、退屈は無くなるでしょう」
リィナは腕を組んだ。
修道女になるには、教会で洗礼を受け、それなりの学位が必要となる。聖職者はみな、神話を研究する『神学』を初めとした学問に一通り精通している必要があり、つまりはそれだけ優秀な人物でないと聖職に就くことはできない。
「どうでしょう? リィナなら、適任だと思うんですけど」
ラウルはにこやかに、そんな事を言った。
「最近、ラウルさんはやたらと私を入信させたがりますね」
「リィナが私に、やたらと仕事を手伝わせたがるので」
「……私に見返りを求めているんですか?」
苦笑。しかしラウルはいたって真剣な表情で、
「ベトレヘムから来たのなら、それだけで十分に学位を貰えると思いますよ。まして勤勉なリィナだから、むしろ私としては歓迎したいくらいなんですけどね」
「むぅ」
「いつでも待ってますからね?」
最後に意味深にそう告げて、ラウルは本に目を落とし始めた。
リィナもその言葉に溜息をついて、それからまた、本のページに目を向けた。
「ラウルさんには敵いません」
それからしばらく、ページをめくる音が続いた。
時折、ラウルは気を利かせて茶菓子を出したり、また世間話をしたりして適度に気をほぐしてくれる。気の利くのが修道女の本懐、などと言っていたが、
「リィナならピッタリの職分だと思うんですけどね」
などという言葉が付いて回るのがたまに瑕。
「しつこい女性は嫌われますよ?」
「素っ気ない女性は、好かれもしませんよ」
ラウルはやけににやにや、とリィナをねめつけるように笑った。
「もっと積極的にいかないと。限られた人生ですしね、我々は天使のように永劫の命を持っている訳じゃないんですから」
「だ、だから……」
はぁ、とリィナは大きくうなだれる。
「ロロさんとは、そんなんじゃ、ありません」
「あら? 誰もロロさんの話などしていませんが……何のことでしょうか」
あっけらかん。
「ぐぬぬぬぬ…………!」
「ふふふ……まだまだ若いですね、リィナ」
「同い年じゃないですかっ」
「まぁまぁ。もう言いませんから、落ち着いて」
あまりの剣幕に、ラウルも気圧されるように両手でリィナをなだめる。
「お師匠様といい、ラウルさんと言い……どうして私をそんなにからかうんですかっ」
「それだけ、リィナが愛されてるってことですよ。前向きに考えましょう」
そう言ってのんきに励ましをかけるラウルに、
「…………ふぅ」
たっぷりとリィナは、小さな溜息をつくのだった。




