第8話 新たなる点
試合後の控え室に妹の美智が練習生達に連れられてやって来た。全く傷を負っていない亮輔だったが、美智は心配でたまらなくなり、思わず亮輔に抱きついた。
「兄ちゃん!もうやだよ!」
と泣きながら抱きつく美智に亮輔は
「大丈夫だって言ったろ?今日だってたった30秒しか戦ってねーんだぜ?兄ちゃん無敵だからよ。何にも心配することはねーよ。」
それでも泣き止まない美智に亮輔は
「どーしても倒さなきゃいけねー相手がいる。そいつは俺達の父ちゃんと母ちゃんを殺した奴だ。あいつらのおかげで俺達は異国の地で地獄に突き落とされた。どーしてもぶん殴らなきゃ気が収まらねーんだよ。あとたった1試合だ。それまで俺も美智も我慢だ。今日みたいにちゃんと勝つからよ。だから心配すんな。無敵の兄ちゃんを信じてくれよ。」
たった2人きりの歳の離れた兄妹。まだ小学生の美智にとって亮輔は唯一頼れる肉親であり、大切な家族である。そんな兄を失いたくない一心で大声で泣いていた。
程なく観客席で観ていた上司の前田と署長の松平、そして現官房審議官の織田が訪ねてくる。思わず敬礼をする亮輔に織田は
「疲れてるんだろう?休みなさいよ。」
と敬礼を解くよう言われる。織田は
「君の気持ちはわかっているよ。私も君の父親には随分命を救ってもらってたからね。君の母親はその妹さんみたいな顔でいつも心配していたのを思い出したな。」
亮輔はその母の最期をしっかりと目に焼き付けている。家の中に押し入り父を殺害した後、母は
「早く逃げて!」
と悲痛な叫びを残しながら銃で撃たれて死んでいった。亮輔がまだ小学生、美智はまだ産まれたばかりの赤ん坊だった。その赤ん坊を抱いてLAの警察に駆け込んだこと、警察と一緒に家に戻ると、両親が血まみれになって倒れていた現場まではっきりと覚えていた。その後身寄りもなく、日本へ帰る当てもなく孤児院で育てられ、差別で自らも荒んでしまい、スキッド・ロウのヤンキー達を拳でねじ伏せお山の大将となり、未来を失っていた頃、偶然柴田と出会い日本へ帰国させてもらい今の今まで面倒を見てもらっていること。おかげで高校に通い直すことが出来、美智も小学校へ無事入学させてもらえたこと。その恩返しの為にもどうしても倒さなければいけない相手がいる。
「スカイラーク親子・・・俺の親父とお袋を殺した犯人・・・!俺はこのリングで引導を渡さなきゃ気が済まねー。あいつらは俺がこの手で始末してやる!」
これは亮輔の悲願でもあり、柴田にとっても世界チャンピオンを生み出す絶好の機会でもある。そんな2人に織田は
「亮輔。気持ちはわかるけど、そいつらを殺したってお前の両親は帰って来ないんだ。それはわかるよな?それに今のお前は警察官だ。もしリングの外で殺したらお前は懲戒免職だ。もしそうなったら妹さんはどうなる?その娘の為にも必ず無事で家に帰るんだぞ。これは命令だからな。」
そう言って3人は立ち去っていった。
しばらくして観客が帰った後、3人は家に帰った。帰り際、美智に
「今日は何食べたい?兄ちゃん作ってやるよ。」
と美智に聞くが
「それよりお家に帰りたい。」
と言って聞かない。しょうがなくコンビニで弁当でも買おうかと思っていたその時、真琴にばったりと出くわした亮輔は
「・・・何だよ。この通り今日は子連れなんだ。用なら明日にしてくれ。」
と突き放そうとすると、美智が
「兄ちゃんの彼女?」
と聞いてしまう美智に
「んな訳ねーだろ!誰がこの女と!」
と美智にキツい言い方をしてしまった亮輔を見た真琴は
「美智ちゃん。お姉ちゃんの家においで。あたしが美味しいもの作ってあげる。」
と話すと美智が嬉しそうに
「本当!じゃあオムライス食べたい!」
と急に笑顔になる。美智は戦って血まみれになった兄の拳より、戦いから身を引き美女になった真琴の細くて柔らかい掌を選んだ。真琴は
「あなたも来なさい。減量でろくに何も食べてないんでしょ?」
と言われ
「美智に食わせてやればいいよ。俺は胃が追いついてねーんだ。」
と断るも、真琴の住むマンションへ行く。
美智は女の部屋に入るのは初めてであり、綺麗に整頓されている部屋に入るなり
「うわあ。綺麗。」
と目を輝かせている。そんな美智を見て
「・・・やっぱり兄貴より若いねーちゃんを選ぶんだな。」
と残念がる亮輔。真琴がエプロンをして
「今作るから座って待っててね。」
と話すと美智が
「あたしにも作り方教えて!」
とニコニコしながら真琴の隣に来る。真琴は快く
「はいはい。じゃあ先ず卵割ってかき混ぜててねー。」
と女同士で盛り上がっている。亮輔はふと
(あいつ・・・5年前まで男だったんだよなあ。それにしてもあの後ろ姿はどうみても元男のキックボクサーには見えねーんだよなあ。)
と思ってしまうが美智には教えていない。今後も話すつもりはないと思っていると、強行犯係の面子がぞろぞろ訪ねてきた。
「よお!沢渡!ケーキ買ってきたぞ!一緒に食おうぜ!」
「こっちはシャンパンもあるぞ!皆で飲もう!」
と誘ってくるが、亮輔の胃袋はまだそこまで受け付けない。匂いだけで戻そうとトイレに籠もってしまう亮輔を見て
「おいおい。チャンピオンがだらしねーぞ!」
と茶化されてしまう。その後翼達女性警察官達も訪れ
「美智ちゃん。お兄ちゃんかっこいいね。」
と美智を囲む。池田が
「チャンピオン。そろそろ出て来いよ!皆お前のために集まったんだぞ!」
とトイレから引き摺り出すと、亮輔はぐったりとして眠ってしまった。仕事との両立で完全にバテていたのだ。だが、そんな亮輔を他所に皆で美智を囲み楽しくパーティーを始めていた。
翌朝、亮輔が目を覚ますと
(やっべー!寝てしまったのか?)
と目を擦ると、知らないベッドの上で美智が寝ている。亮輔は真琴の家で一夜を過ごしてしまった。
(・・・よりによって元男だった奴の部屋で。)
と後悔しているが、台所から味噌汁の匂いがしてくる。真琴は既に起きており、亮輔と美智の朝御飯を作っていた。その後ろ姿を見て亮輔は一瞬
「母ちゃん?」
と言ってしまった。真琴は
「何寝ぼけた事言ってんのよ?ほら、味噌汁なら飲めるでしょ?」
と朝御飯を差し出す。次第に美智も起きて
「美智ちゃんおはよー。朝御飯もうすぐ出来るから顔洗ってきてね。」
と優しく微笑む。美智も
「ママ?」
と錯覚している。亮輔は心の中で
(こいつ元男だぞ!)
と叫ぼうとするが美智には言えない。3人で朝御飯を食べていると、美智が突然
「ねえ、いつ兄ちゃんと結婚してくれるの?」
と言ってしまい、味噌汁を吐き出す亮輔。
「おい!美智。何言ってんだよ!こいつは・・・」
と言いそうになるが途中で止めると
「あー!やっぱ兄ちゃん好きなんだー!」
とからかわれる。横で真琴が優しく微笑んで
「・・・ほんとに兄ちゃんと結婚したらどー思う?」
と美智に聞くと
「嬉しい!こんな美人なおねーちゃんが出来るんだもん!」
亮輔は最早何も言えなくなってしまった。




