第7話 4つの点とほどけていく線
先ず挑戦者の亮輔が入場してくる。傍らには真琴の初恋の相手、巌がいる。真琴はこの試合を最後に引退している。性自認が女だということをカミングアウトし、巌に振られた一戦でもある。フードを被りゆっくりと歩く亮輔。近くの女性達が声援を送ろうとすると、亮輔はギラリと睨み、女性達は去って行く。それくらい殺気に満ち満ちていた。遠くから妹の美智が
「兄ちゃん・・・」
と心配そうな顔で観ていた。
そして現ミドル級チャンピオンとなり、6階級制覇中の蜂須賀大樹が入場。前の席に座っていた真琴を発見し
「これ終わったら俺と一夜を過ごそーぜ!」
と余裕の笑みを浮かべる。真琴は思わず
「沢渡くーん!これ終わったらあたしと・・・」
と叫んでしまうが
「うるせー!女はすっこん出ろ!」
と怒られてしまった。
そしてリングアナウンサーから紹介される両者。だが、蜂須賀は余裕の笑みを浮かべ声援に応えていたが、亮輔はうつむき両腕をダランと落とし立ちすくんでいる。
「小僧!緊張してんのか・・・」
と野次を飛ばす観客を死神のような目つきでギラリと睨む亮輔。ここから修羅が始まるということを亮輔は誰よりもわかっていた。
そしてゴングが鳴ると同時に蜂須賀はグローブを合わせることなく亮輔に襲いかかる。真琴は
「こういうとこ何も変わってない!」
と思ったのも束の間、蜂須賀が既にダウンしてマットに這いつくばっている。亮輔はサウスポーである。蜂須賀が襲いかかると同時に亮輔が左のカウンターを合わせ、蜂須賀の顎にクリーンヒットしていた。レフェリーにニュートラルコーナーへ下がるよう指示された亮輔は死神のような眼で蜂須賀を見下ろしながら
「どーした?まだ2秒だぞ。まさかこれで終わりじゃねーよな?」
と無表情で言い放つ。すると蜂須賀はカウント8で立ち上がり、レフェリーのボックスの合図も聞かずに亮輔に再び襲いかかる。今度は亮輔の下がったガードを見て右脚のハイキックをかますが、亮輔はそのハイキックを避け、蜂須賀の股間から右腕をすり抜け、再び顎にハイキックをクロスして右のアッパーカットを炸裂させる。このパンチに場内一斉に立ち上がり
「何なんだ?今の?」
「ハイキックを交わして上へアッパー?」
「あいつまだキック使ってねーぞ?」
まだ開始20秒で2度目のダウンを取られた蜂須賀はもう後がない。更に2度共顎にクリーンヒットされて出血が止まらない。頭も揺さぶられても何とか立ち上がった蜂須賀。だが亮輔はここからが本領発揮である。
今度はレフェリーのボックスの合図で両者向かうが、蜂須賀は立っているのもやっとで眼が朦朧としていた。それとはお構いなしに亮輔が必殺の2段蹴りを放つ。左足で蜂須賀の右のこめかみを蹴り抜いた後、戻す足で踵落としで左のこめかみを振り抜く。この必殺技で起き上がれた対戦相手は未だにいない。次の瞬間蜂須賀は亮輔の踵落としの勢いでマットに踏んづけられるような形で倒れた。レフェリーがスリーノックダウンの宣告を告げ、たった30秒で試合終了。亮輔の右腕がレフェリーに掴まれ高々と上に上げられる。亮輔はこの時若干21歳。この試合が20試合目で初のチャンピオン。ここまでは真琴と同じであったが、亮輔は真琴とは全く違う言葉でベルトをあっさり返上する。
「・・・俺はこんなモンに興味はねー。俺はこのまま世界へ行く!俺が最も憎い相手が今世界ミドル級のベルトを巻いてやがる。俺はそいつを、いや、そいつらをぶっ殺す為にここにいるんだ!」
「・・・おい!おっさん!俺が女に負けるよーな奴に勝てねーって本気で思ってたのか!・・・つーかもうテメーに用はねー。ほら、ベルト返してやるよ。大事にパンツの中にでも閉まっとけよ!」
とリングにマイクを叩き付け、思い切り踏んづけてリングを去って行った。その直後蜂須賀はリング上で気がついたのだが、側にいたセコンドやレフェリー、リングアナウンサーを見るなり
「う、うわあ!た、助けてくれえ!」
と最早チャンピオンの面影もなく恐怖に苛まれながら逃げるようにリングを降り、途中で転びながらも走り去っていった。それを見た柴田は
「・・・あいつはもう終わったな。亮輔の奴、あいつに完全なる恐怖を植え付けやがった。あいつはリングどころか最早社会的にも人間的にも病んじまった・・・」
と呟く。蜂須賀は精神崩壊し、まともな生活を送れない身体になってしまった。そして側にいた真琴に
「お前は亮輔みたいな覚悟でリングに上がってたのか?あいつはいつでも目の前の敵をぶっ殺そうとしてリングに上がっている。あいつはガキの頃から殺らなきゃ殺られるという環境に置かれ、その恐怖を乗り越えながら強くなっている。警察の仕事だって同じだろう?アメリカじゃ犯人に情を持ったら殺される。あいつの父親のようにな。だから毎日真剣に戦って生きてるんだ!たった1人の妹を守るためにな。このリングは遊び場じゃねー。修羅の世界だ。だから女になったお前に絶対上がらせねーんだ。・・・本当は俺やお前の仲間達より、あいつの方がお前の事を女だと思って、守らなきゃいけない存在として気を利かせてるんじゃねーのか?・・・俺はもうお前みてーな半端な覚悟を持った奴とは関わりたくねー。あいつの側にはいいが、俺の前には2度と姿見せんな!」
そう言って真琴の前から立ち去った。
亮輔が蜂須賀を再起不能に追い込み線を断ち切った。そして今、初恋の巌から縁を絶ちきられた真琴。その真琴も蜂須賀と会うことは2度とないだろう。この4つの点が再び線となり、四角いリングを描くのはもう無理に等しい。今繋がれてるのは、亮輔と巌の信頼という絆の線と、前田が職務上強引に結びつけた亮輔と真琴の線が残され、蜂須賀の点が消滅したことと、亮輔が新たに点として認識している人物がもうじき現れる事を真琴は知らない。




