第2話 修羅に落ちた少年
真琴がタイで性適合手術を受けている頃、巌はアメリカ、ラスベガスにいた。現地で総合格闘技の試合を視察し、LAから日本へ帰ろうとする前日の事であった。LAのダウンタウンにある危険区域、スキッド・ロウで地元のヤンキーに絡まれていた巌だったが、ほぼ瞬殺で全員倒したが、唯1人、大柄な日本人の少年が巌と対峙していた。
「この役立たずが!こんなオッサン1人に伸されやがって!」
この少年の名は沢渡亮輔。16歳。5年前に両親をこの地で亡くし、孤児院に預けている妹と2人きりでこのアメリカに取り残され、今ではこのスキッド・ロウのボスに君臨する少年である。身長は180cmを超える大柄な少年の眼には深い悲しみが潜んでいた。巌は少年に
「日本の小僧がこんな所で何してるんだ?」
亮輔は
「テメーに関係ねーだろーが!」
と巌に殴りかかる。巌は軽く避けながらも亮輔を殴りまくるが全く効いていない。巌はウェルター級。対する亮輔はヘビー級でも良さそうな体格をしている。だが、亮輔の拳も蹴りも巌に交わされ殴り返される始末。その内亮輔は
「・・・妹の所に行く時間だ。もう消えろ。ここはカタギが来る所じゃねー!」
と言って去って行った。
巌はあの少年の事が忘れられず、LAに滞在することにした。巌が
「あいつなら、真琴よりもっとスゲー奴になる!」
と確信したのだった。
翌日、スキッド・ロウに再び現れた巌だったが、昨日倒したヤンキー達に拳銃を向けられそうになったその時、亮輔が静止した。
「勝負はもう付いただろ?オメーら往生際が悪いんだよ!」
と元子分に対して言い放つと、ヤンキー達は走り去っていった。そして
「ここはオメーみてーなカタギが来るとこじゃねーって言っただろーが!」
と巌の胸ぐらを掴むと、巌が亮輔を表の通りに思いっきり投げ飛ばし、倒れた亮輔を三角締めに押さえた後、正拳突きを亮輔の顔面の寸でで止めると
「俺と組まねーか?俺と組んで世界一強くならねーか?」
と亮輔を誘うも
「俺は、俺達は金がねーし家もねー!国に帰る手段もねー!俺の親はここのギャング達に殺されたんだ!こーやって毎日生きてくだけで精一杯なんだよ!・・・妹も学校に通わせる事も出来ねー・・・こんな世界なんてぶっ壊れりゃいいんだ!」
この悲しい眼をした少年に巌は
「お前、もし国に帰れるとしたらどーする?」
亮輔は下を向きながら
「働くっきゃねーだろ。ここでは労働ビザなんて降りなかったからな。妹を小学校に通わせてやりてー。」
巌は更に
「働くって何して働くんだ?お前学校も通ってねーだろ?」
と尋ねると、亮輔が
「好きでこーなったんじゃねー!いちいちうるせーんだよ!テメー!」
亮輔の悲しい表情を見た巌は
「俺と一緒に日本へ帰ろう。もちろん妹も一緒にだ。ただし条件がある。お前はこれから格闘家になるんだ。そして世界チャンピオンになれ!兄貴が世界一強い男なら妹も喜ぶぞ。勝てばファイトマネーが手に入る。それでどーだ。」
亮輔は両親を奪われてから今まで人間不信に陥っていた。そして亮輔は
「条件がある。」
と言ってさっき子分が持っていた拳銃を拾う。
「この弾丸避けて俺から銃を奪って見せろ!ロシアンルーレットって奴だ。俺は毎日こーやって生きて行ってるんだ。出来なきゃオメーは死ぬぞ?」
と脅しをかける。だが、巌は全く怯まず
「来い!」
と構える。どうせ出来やしないと思っていた亮輔は自棄になり巌を撃つが、そこにはもう巌の姿は無く、拳銃を握りしめていた左手を取られ再び投げられた。亮輔はこの賭けの負けを認め
「・・・わかったよ、おっさん。今から妹のいる孤児院に行く。妹がいいって言うなら帰ってやるよ。」
と言って、徒歩で妹を預けている孤児院へ向かう。
歩くこと2時間。孤児院に着いた2人は、ボロボロのテディベアを抱え、無残にも薄汚れた妹、美智を迎えに行った。亮輔は
「美智。このオッサンが俺達を日本へ帰してくれるってよ。日本に帰りたいか?」
美智はまだ5歳で、両親の顔をほとんど覚えておらず、尚且つ
「ニッポンって何?」
と日本人であることすら理解出来ていなかった。まだ乳歯が抜けたり、小児病にかかってばかりの幼い少女に巌はにっこり笑って
「美智ちゃんとお兄ちゃんの故郷だ。美智ちゃんが大人になるまでオジさんが面倒見てあげるから一緒に帰ろう。」
と誘った。美智も亮輔同様この孤児院で差別を受けて人間不信になっており
「兄ちゃん。兄ちゃんはどうしたいの?」
と尋ねると、亮輔は
「いつまでもここにいたってしょうがねーだろ。1回日本へ帰ろう。兄ちゃんが働いて美智を学校へ通わせてあげるからよ。」
と美智を抱き上げて頭を撫でながら
「心配すんな。美智と兄ちゃんはずーっと一緒だ。」
と言いながら美智を抱き締めてしばらく離さなかった。
そして数週間後、2人のパスポートが出来て無事日本へ帰国することになった3人。亮輔もまだ16歳であり、未成年である。巌は
「お前、向こう行ったら定時制の高校にでも通え。手続きしてやるからよ。」
と提案する。亮輔はここで初めて両親の事を話す。
「・・・俺の親父はこっちの警察官でよ。SWATって部隊の隊長だったんだ。それがある日親父に恨み持っていたギャング達が家に押しかけてきて・・・親父は俺の目の前で蜂の巣にされたんだ。お袋もまだガキだった俺と産まれたばかりの美智を逃がそうとしてそいつらに殺された・・・高校出りゃ警官になれんだろ?そんなら格闘技やりながら警官に、世界最強の警官になってやる!ちゃんと世界チャンピオンにもなる!それでいいか?」
巌は安心したようで
「お前も立派な夢あるじゃねーか。いいだろう。二足の草鞋って奴だな。警官になって世界チャンピオンになって妹を守れ。そのかわり俺のしごきは地獄だからな。覚悟しとけよ。」
と言って空港から一路日本へ旅立った。




