第1話 新チャンピオンはトランスジェンダー
「キックボクシング日本ライト級タイトルマッチのベルトは今、蜂須賀大樹の元から挑戦者の早乙女真琴の手に渡りました!若干21歳にして20戦20勝無敗!圧倒的な強さでチャンピオンに上り詰めました!」
早乙女真琴。満21歳。16歳からキックボクシングを始め、翌年プロライセンスを取得。それまでの戦績は20戦20勝無敗。余りの強さに顔面を打たれたことがないイケメンキックボクサーであるが・・・
インタビューを受ける真琴の一言で日本武道館が凍り付く。
「私、本当は女なんです。柴田コーチに恋をしてキックボクシングを始めました!だからコーチ、私と付き合って下さい!」
観客席から
「何言ってんだ?こいつ。」
「さっきまで男同士傷つけ合ってたろ?」
「そのマッチョな身体の何処が女なんだ?」
「意味がわからん。」
「つまりこいつは同性愛者なのか?」
セコンドに付いている柴田巌トレーナーも言葉が出ない。
「・・・真琴。お前何言ってんだ?俺はお前をチャンピオンにするために育ててきたんだぞ?」
だが真琴の意思は変わらない。
「だからご褒美としてあたしと付き合って下さい!ファイトマネーで性転換しますから、コーチのおそばにいさせて下さい!」
日本武道館の観客や放送席、お茶の間でテレビを見ていた誰もが唖然としていた。
「・・・こいつマジだ。マジでこのおっさんに告ってやがる。」
倒された日本チャンピオン、蜂須賀大樹は
「俺は女に負けたのか?」
とこちらも困惑している。
整理すると、真琴は日本チャンピオンになったらカミングアウトする気でおり、この場を借りて全てを打ち明けたのだが、余りにも唐突過ぎて言葉を失い、誰も理解が追いついていない。
一旦引き上げる新チャンピオンサイドの控え室で巌は
「真琴、どーいうつもりだ?」
と話を聞く。真琴は
「あたし身体は男でも性自認は女なんです。現役時代の巌さんに一目惚れして少しでも側にいたくて振り向いて欲しくてキックボクサーになったんです。だからあたしと付き合って下さい!」
巌は35歳になるが、生涯一度も女にモテたことはないが、同性愛の気も全くない。戸惑う巌は
「ふざけるな!俺はお前を世界チャンピオンにするために今まで組んできたんだ!それを何だと?女になって俺と付き合うだと?馬鹿なこと言ってんじゃねー!今までの俺の苦労は何だったんだ!?」
それでも真琴の瞳の輝きは乙女そのものだった。
「性適合手術を受けて女の身体になります。それなら・・・」
と話を続ける真琴に対し巌は
「俺にその気はねー!女にでも何でもなっちまえ!もうお前とのコンビは解消だ!2度と俺の前に姿を見せるな!」
そう言って巌は控え室から飛び出したっきり戻って来なかった。控え室にいたジムの後輩達も
「・・・あんたにはがっがりだ。」
「こんな奴がチャンピオンだと?」
「俺達はオメーより下かよ?」
「やる気失せたわ。」
とぞろぞろと控え室を去り、1人取り残された真琴は、チャンピオンの嬉しさ等吹っ飛び、失恋した事に1人しくしく泣いていた。
真琴は幼少期から女の子と遊んでばかりいた。父親が
「男らしくなれ!」
と叱っても、意味がわからず、母親が男物の服を買ってあげても着たがらず、よく母の横で家事を手伝っている子であった。転機は16歳になったばかりの頃、父が観ていたキックボクシングの試合に巌が出ており、世界チャンピオンになった姿を見て真琴は女として一目惚れし、同じジムを訪ねキックボクシングを始めた。因みにこの試合で巌は頭部を強打し、勝ちはしたものの再起不能の診断を受け、チャンピオンベルトを返上してしまった。そんな巌が才能を見いだし育てたのが真琴で、これまで特に大きな挫折もなく、日本チャンピオンに上り詰めた矢先の出来事だった。
家に帰った真琴は、両親にどやされる。
「この恥さらしが!勘当だ!この家から出て行け!」
「ご近所さんに顔向け出来ないわ!この親不孝者!」
ついには家族からも見捨てられ、チャンピオンの肩書きも、初恋の男性からも捨てられ、真琴は居場所が無くなってしまった。
そして半年後、真琴はタイで性適合手術を受け、身体だけは女性になれた。戸籍変更にはまだ時間がかかるが、就職先として、警察学校を出た後、品川区の八潮警察署に配属が決まった。真琴にとって第2の人生が始まろうとしていた。女性としての採用という事であり、警視庁でも
「元キックボクサーが性転換をして配属された。」
とたちまち噂が広まる。キックボクサー時代は細マッチョな身体だった真琴だが、現在は身長168cm体重48kgの痩せ型、大きな乳房と細いくびれ、真っ白な肌に生まれつき女顔、女声と美貌を持ち合わせており、たちまち署内のアイドル的存在となっていた。今の真琴は
「ナイスバディで仕事も家事もきちんとこなす大和撫子。」
として生まれ変わったのである。交通課に配属された真琴の同僚は加藤翼、福島光、平野晶、小西飛鳥。いずれも真琴の顛末を知りつつ普通の女として接している。そして早くも真琴に交際を求めている交通機動隊の白バイ警官、宇喜多達也から
「なあ、俺と付き合ってくれよ。」
と連日アプローチをかけられつつも
「あたしには心に決めた人がいるの。」
と毎回断られている。宇喜多以外にも多くの同僚や近隣に住む若い住民達、果ては上層部から見合いの話を持ちかけられてもことごとく断り続ける日々が続いた。今や絶世の美女となった真琴は、女性になり全てを失いながらも、新たな仲間達に囲まれ幸せに暮らしていた。




