第17話 ピリオド
亮輔は美智を連れて、北海道の網走で静養し、完治した直後に網走の機動隊に配属される。警視庁より出動は少ないが、寒い気候に耐えながらの仕事が強靭な身体を取り戻そうとしていた。雪の中での勤務やトレーニングは、亮輔にとって過酷極まりなかった。
真琴は警視庁の会計課に所属し、デスクワークの退屈な日々を過ごしながら、亮輔の世界タイトルマッチの写真を眺めながらぼーっとする日々が続いていたが、ある日、官房審議官の織田に
「君に見合いの話が何件かあるのだが受けてみないか?」
と誘われ会ってみる機会が増えた。いずれも警視庁や警察庁の官僚候補という出世街道に乗っており、成立すれば寿退社も夢ではないのだが、真琴は未だに亮輔や美智の事が気掛かりでならなかった。更にその見合い相手達も警察官とは名ばかりで、いざ犯人と対峙すると、女の真琴の影に隠れてしまう青びょうたんばかりでうんざりしていた。真琴は未だに亮輔と美智、巌に対するピリオドが打てずにいた。
美智は網走の小学校へ転校すると、その学校には過疎や少子化により児童が全校で20人しかいない小さな小学校へ入った。余りのカルチャーショックで、たった20人の子供達に格好の標的にされ、
「東京モンがデカイ顔すんな。」
と毎日苛められていた。美智は毎日泣きながらリハビリ中の亮輔に言えずに1人で抱え込み、元の塞ぎ込む女の子に戻ってしまった。更に年末のテレビで亮輔のあの恐怖の年末ゴールデンタイムの試合を観ていた子もおり、美智は
「悪魔の妹。」
と小学校でからかわれ、泣きながら立ち向かっていくと、何と美智は喧嘩で男の子に勝ってしまった。美智はこの一件以降
(自分の身は自分で守らなきゃダメだ。)
と感じ、近隣で唯一の習い事である剣道に打ち込むことになる。それ以降、美智は自分の力で初めて強くなっていく気がしていた。美智の中では
「弱かった自分と決別した。」
というピリオドが打たれていた。それ以来、美智は何処へ行っても苛められなくなり、逆にやり返して亮輔が学校に呼び出される事も増えたのだが、亮輔はそんな美智を理解し、唯一無二の味方になっていた。苛めっ子達の親に対しても
「ウチの妹に暴力振るったオタクの子供が悪い。ウチの妹にはいつも先に手を出した方が悪いと言い聞かせている。先生や妹の友達はいつも美智から手を上げることはしないと報告を受けている。問題があるのはオタクの子供じゃなくてあんたら親なんじゃないっすかね!」
ともの凄い剣幕で言い放つと、保護者から
「あんた何様のつもりなのよ!」
と逆ギレされると
「これだけど。何か?何なら署にご同行でも願いましょーか?!」
と警察手帳を見せるなりモンスターペアレンツ達は何も言い返すことが出来ずにうなだれてそそくさと帰っていった。
巌は格闘技界から完全に足を洗い、現在はアフリカ大陸南部のボツワナという国でNGO活動をしている。カラハリ砂漠が広がる内陸国で、とにかく水不足で井戸を掘る仕事に従事していた。巌は亮輔や真琴のことを1日でも早く忘れようとこの遠い国へやって来たのだった。はっきり言って、日本でこれまで自分や真琴、亮輔に課していたトレーニングとは比べ物にならない劣悪な環境と酷暑に乾燥した空気。第一水がない。強制的に減量をしているかのようだった。巌はこのボツワナの地に生涯を捧げ、数年後40歳を過ぎた辺りの頃、人知れず亡くなったという。
そしてアメリカのLAでは、スカイラーク一味の残党達が跡目争いを開始しダウンタウンを荒らしに荒らしていた。ダニーのような私立探偵は、信用出来る警官のみに情報を流し、その残党狩りに協力していた。直に麻薬密売ルートを見つけたダニーは、LA市警から賞状を贈呈されるのだが、軽く突っぱね
「いらねーよ。オメーらがたるんでっからだろーが!」
と言い放ち、LA市民も
「彼の言うとおりだ。お前らは本当に私たち市民を守ってくれるのか?」
と疑問視されていた。これでピリオドを打った人物が2人いなくなったことになる。
一方亮輔は、翌年には今度は沖縄の名護の機動隊に配属される。酷暑と台風が襲う環境へ移された亮輔と、本場の空手を習い始める美智。だが、継続的とは行かずここも1年で転勤となった。
そして更に堺、博多、三河と毎年のように配属先を転々とする亮輔だったが
「・・・まあ、あんな事したからしょーがねーよな?それにしても何で何処行っても機動隊なんだ?まあ、鍛えるの好きだからいいけど。美智に毎年転校させてすまねー事してるよな?」
と妹を心配するが
「毎日兄ちゃんが帰ってくるから大丈夫だよ。それより兄ちゃん。今度は合気道の黒帯取ったんだよ!凄いでしょ!」
と明るく振る舞っていた。美智は亮輔が転勤先に異動すると必ず習い事をして友達を増やしていった。行く先々で剣道、空手、柔道、少林寺拳法、そして今回の合気道と完全に亮輔の背中を追うような習い事をこなしていった。それと同時に亮輔も昇進試験を受け、博多に配属された時に警部補へ昇格していた。
亮輔が各地に異動を続けてから丸5年が経過していたある日、機動隊の上官から呼び出された。
「沢渡。辞令だ。警視庁から呼び戻されてる。」
亮輔は思わず
「え?何で?」
と思いながら辞令の入った一枚の封筒を渡されると、その場で中を見ようと封筒を開けようとする亮輔に
「待て。その中を見るのは誰もいない所で見てくれるか?渡した俺もクビが飛ぶ。」
と意味有り気な言葉を言われ
「何すか?それ?」
と退室した後、誰もいないトイレで封筒を開けた亮輔は、この辞令を見て
「・・・ああ。そーゆー事か。そりゃクビ飛ぶよな。でも美智にもバラしちゃ行けねーのか・・・嘘付く事になるけどしょーがねーか?」
あのスカイラーク親子殺傷事件以来、ピリオドを打った筈の小さな点が、次第に真っ黒に燃え始めた。これは悪い意味ではない。ただの点が命や炎のように意思を持ち、発火し始めたのだ。その燃えている点は、普段は国家という暖炉の中に潜んでいるが、必要に応じて取り出せる熱い火種のような存在になれたのである。亮輔は辞令を見ながら
「まだまだ人生面白くなるって事だよな?」
と誰も来ないトイレの1室で1人ニヤリと笑っていた。




