第16話 さよなら
亮輔の意識が回復してから1週間が経過していた。真琴は亮輔の見舞いに訪れると、亮輔のベッドは片付けられており、通りかかった看護師に聞くと
「別の病院へ転院したわよ?」
と話す。真琴は
「何処の病院ですか?」
と尋ねると
「私は存じませんので1階受付に聞いて下さい。」
と返答されると真琴は駆け足で1階に行く。真琴はどうしても命を助けてもらった御礼がしたかったと同時に、初めて女性として身体を張って守ってくれたのは亮輔だけだった事に気付き、女として回復するまで亮輔と美智の側にいてあげたい一心で亮輔に心底会いたがっていた。女としての本能を亮輔が気付かせてくれた事にただただ感謝しかなかった。
1階受付に着くと、医療事務の女性に
「あの、403号室の沢渡さんは今何処の病院へ行かれたのでしょうか?」
と尋ねると
「あのー、失礼ですがどちら様でしょうか?」
と聞き返されると
「沢渡の職場の同僚です。」
と答える真琴に対して
「大変申し訳ないのですが、身内の方以外に教える事は出来ないので。」
と言われショックを受ける。
取り敢えず八潮署に戻った真琴は、前田から衝撃の事実を聞かされる
「沢渡なら北海道に転勤になったよ。」
「警視庁がそうでもしないと大人しくならねーからってよ。」
「もう総合格闘技も永久追放だってよ。左肩撃たれてドクターストップもかかったからな。」
亮輔に謝罪し、同時に美智も支えようと覚悟を決めていた真琴は愕然とする。「女」としてこの八潮署の同僚を始めとして周囲のもう殆どの人物は真琴を「女」として認めてはいるが、「守るべき女」として認識してくれていたのは、後にも先にも亮輔だけだった。美智からも「憧れる優しい理想のお姉さん」と認知されており、この2人にどうしても御礼をしたかった矢先での突然の別れに真琴は腰を抜かし、崩れながら涙を流す。
「・・・あたし、どうすればいいの?もうわかんない。」
これからは亮輔のいなくなった強行犯係で残った仲間達と勤務することになるのだが、真琴の心にポッカリ大きな穴が空いてしまった。初めて自分を女として守ってくれた亮輔、コンビを組んでからいつも華奢な真琴を抱きかかえ、擁護してくれた亮輔。2度と傷つかないよう、絶対にリングへ上がらせなかった亮輔、そして、実の姉、実の母のように見てくれた美智。2人との突然の別れに対して真琴は胸が締め付けられそうでたまらなかった。真琴はいつしか年下の新米刑事、亮輔に対し恋をしていた事に気付かされた真琴は思わず
「さよならくらい言いなさいよ!沢渡!」
と泣きながら叫んでしまう。真琴はまた、たった1つ残された点になってしまった。
そして厳も格闘技界から身を引き、NGO に参加し、アフリカの発展途上国へ旅立って行った。4つの点が再びバラバラになり、それぞれの道を歩み始め、そこで四角いリングをそれぞれ形成する事になる運命に真琴だけ取り残された感覚に陥った。同僚の翼達女性警察官や、強行犯係の一同が
「あたしたちがいるじゃない。」
「あんな死神みたいな奴ほっときなさいよ。」
「俺が慰めてやるよ。だから俺と付き合ってくれよ。」
等と適当な言葉で励ます一同に
「あなた達に彼の何がわかるのよ?!」
とキレてしまい、仕事にも身が入らなくなってしまった。
程なくして真琴は警視庁の会計課へ出向することが決まった。今の真琴はまるで魂の抜けた抜け殻のように覇気がなく、捜査出来る状態ではないと判断され、異動させらてしまった。そこには八潮署の同僚みたいな仲間はおらず、かつての亮輔や巌同様
「元男だった女」
という閉鎖的で偏見を持つ者達に囲まれ、真琴という点がどんどん小さく薄くなって行くようだった。今まで通り八潮署にさえいれば、また新たな点と線で繋がるチャンスもあったことを後悔しながら、真琴はこの警視庁で4年も勤めながら、昇進試験を経て警部補まで上り詰めていった。今の真琴は、かつての栄光からも、女性に生まれ変わり女としても遠ざかり、完全な腑抜けになっていった。
一方美智は、兄、亮輔の転勤と同時に北海道、網走の小学校へ転校することになり、友達とお別れする事になったが、亮輔は未だ回復せず、しばらく学校を休んで網走の病院で亮輔の世話とリハビリを手伝うことになったのだが、亮輔から
「お前はちゃんと学校通わなきゃダメだ。兄ちゃんはお前みたいに学校も通えなかったからな。金のことは心配すんな。兄ちゃんはまだ警官は続けられるようになったからよ。」
と美智に学校へ通うよう薦めた。だが、肝心の保護者である亮輔が入院中のため円滑に転校手続きが行われず、美智が正式に転校したのは新学期が始まってからになってしまった。亮輔は意識を回復し、会話も出来るのだが、ブライアンの乗る車に跳ねられた代償は重く、全身の肋骨や鎖骨など何本か骨折し、内蔵や筋肉系の怪我も多数見つかりリハビリが必要だった。北海道警察は
「きちんと身体を治してから勤務に入るように。」
と通達を受けていた亮輔だったが、流石に何ヶ月もじっとしていられず、医者の許可なく勝手にリハビリを始めては主治医に怒られていた。あの試合でダニー達が話していた
「車に轢かれたくらいではビクともしない。」
という言葉は、実はただ亮輔がやせ我慢をしていて、こないだの試合のような事を繰り返した挙げ句に怖くて誰も近づいてこずに、時間が経ってから治ったフリをしており、本当は全身にかなりガタが来ていたようで、合わせて治療する事になっていたのだ。その結果、亮輔は内臓疾患も発覚し、退院がかなり伸びてしまっていた。毎日鍛えた強靱な身体がみるみる痩せ細っていく。亮輔はそんな自分の身体を見て。
「このままじゃマズい。」
と焦りの色を隠せなかった。この北海道の地でもまた、2つの点が消えかかろうとしていた。




